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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
56/77

第55話 裁判 後編

 担ぎ上げられて、どこかに移動している間、抵抗はしない。

 まず、第一に俺を担ぎ上げている連中は、荒川が呼びに着た事で、99%チームメイトだと言うことだ。

 こんな事をして、あの苦い思いをする牢獄に行く可能性がある中、彼らがどうしても行動に出た事に興味が湧いた。

 何か俺に落ち度があって抗議をする為だろう。

 チームメイトとは関係は、良好と言っていいはず。今日の試合だって、俺を中心としてパスをどんどん回してくれたし、2対2だったけど、ちゃんと仲間意識を感じてチームプレイができていた。

 チームとして機能していなければ、もっと点数に差が出てもおかしくない。

 ただ、よくわからない事がある。

 俺をさらう必要があったのかという事だ。

 呼ばれれば、どこだっていくし、あんなあからさまに人がいる場所で俺を攫う必要があったようには思えない。

 抵抗しない理由は、もう一つ。暴れて落とされたら痛い思いをするのは俺だけだ。

 それで、どこか痛めでもしたら面倒な事になる。できれば俺としては今回の件穏便に済ませたい。

 一旦俺を担いでいる奴らの動きが止まり、カチャという扉を開ける音と共にまた移動を開始したようだ。

 ここまでの距離は食堂から10分程度。結構走っていた気がする。

 場所を推測すると、多分ここは視聴覚室だ。初めに着た頃の話だが一度だけミーティングで使用した事がある。

 上からスクリーンを見下ろす作りになっていたはず。

 担がれていた体がゆっくり下ろされ、体勢を整えゆっくりと何かに腰をかけたようだった。

 顔を被っていた布が剥がされる。

 

 「まぶしぃ」

 

 布をかぶせられていたせいで、急に明るい所に来たせいで目がなれておらず光が目にささる。腕で顔を被って日よけを作りたいが腕も縛られていて、顔を振ってどうにかやり過ごす。

 眼球に残った白い光がだんだんとなじみ始める。そこに映った光景は異様だった。

 

 「お前らなんでそんな格好をしているんだ?」

 

 どうやら自分が座らされた場所は壇上前。つまり視聴覚室のスクリーンが置いてある一番下の階で舞台の上だと言うことだ。

 正面には斜め上に段になった机が並ぶ、ドラマなどで見る大学の机の並びに似ている。各机の前に、白いポンチョを着て、顔には黒の三角頭巾。目のところは丸くくりぬかれている。多分彼らが主張しているイメージは特撮ヒーローなどで出てくる秘密結社の団員だと言いたいのだろう。

 俺の真正面の最上階の机には3名の、多分今回の首謀者らしき人物が立っていた。

 

 「ようこそ、彼我君」

 「荒川なんだろ?なんでこん・・」

 「私は君の言う荒川という人間ではない!」

 「だって声と体格がさ」

 「ち、違うといっている。まぁ、いい。これより裁判を開始する。全員起立!」

 

 芝居かかったセリフを言いながら、それにあわせてほかのメンバーも起立する。

 

 「これより、第一回BM団による彼我大輔の裁判を行う」

 「「おおおーーー!」」

 

 まるで練習してあったかのように、揃って右腕を前に大声をあげる。

 その間、俺はここにいるメンバーの数を数えていた。全部で20人ほどだ。

 おお結構いるなと関心しながら、ここに集まったって事は同じ気持ちを共有して俺に言いたい事があるってことだよな?と思うがそれに該当する理由を俺はもっていない。いや、考えられる理由はBM団というフレーズに隠された何かだろう。

 それでも首をかしげる俺は、このままよくわからない裁判の進行を待つしかない。 進行役の荒川(違うと言い張っているが)が座れの合図を出し、団員達は席に着席。

 

 「では早速、彼我君の罪について審議していこうではないか」

 「罪って?俺はお前らに何かした覚えはないが」

 「そう、我々ではない。ある方に対して君の影響が今回の審議に値するとメンバーで判断された為だ」

 「ある方?影響?」

 

 まったく身に覚えがない。さっき食べた夕飯でおなかが一杯になっていて、担ぎ上げられて揺られてきたせいだろうか、げっぷを出しながら、とりあえず思いつく事を考えてみる。

 

 「俺の周りにいる奴っていえば、ベニートか、アビラだよな」

 「そう。我々が憧れてやまないあの方だ」

 

 はぁっとため息が出る。ベニートか。アビラがこれだけの人数から憧れを持たれる存在だとは思えない。いや悪気はないんだよ。

 俺がベニートにどんな影響を与えたというのだ。さっぱりわからん。

 これは直接聞くしかないなと、質問をしてみる。

 

 「俺がベニートにどんな影響を与えたんだよ?」

 「”げきおこぷんぷんまる”」

 「またそれか」

 

 この会話のやり取りだけで、とりあえず情報を整理していく。なぜ情報を整理する必要があるか。この連中はどうやら俺がベニートに、あのよくわからない日本語を教えたと思っているらしい。

 彼らの疑問を一つ一つ解決していく為には、しっかりとした理に適った反論が必要だ。なぜなら、今後もこんなことを仕掛けてくる可能性があるからである。

 彼らは俺がベニートのそばにいる日本人というだけで、俺からベニートが日本文化を吸収していると勘違いしているようなので、ここでしっかり反論できれば今後こんなわけのわからん事に時間を費やされる事もないだろう。

 というわけで、情報がある程度整理されると、次の荒川の言葉を待つ。

 

 「憧れの存在が、汚されていくのを黙ってみているわけにはいかぬ」

 「その前に、俺はあいつを汚したという証拠はあるのか?」

 「となりにいるだけで十分証拠になると思うが?」

 

 過激な事をする奴はどうして、いつも決め付けるんだ?もっといろんな要因があってもおかしくないだろう?小学生の頃もそうだった。外で遊びたくないというと決まって俺の事が嫌いだからだろという。表も裏もなく、正直に”外で遊びたくない”といっている。なぜそれを湾曲して理解するのか、俺にはわからない。

 かと言ってそんな奴に限って自分にとって都合のいい事は素直に受け取る。

 例えば、好きだという言葉を女の子から言われたら、その裏にある心理は考えず、うれしくなって僕も好きと答えるだろう。

 自分が否定された言葉は、素直に受けいる事ができず、肯定されれば素直に受け入れる。

 そんな、友達付き合いの輪を少し離れた場所で見てきた俺は、今回の解決方法を知っている。

 肯定して素直に受け入れる体制を相手に作ればいい。

 しかし、相手が求めている肯定の言葉は俺がベニートを汚しているという事実だ。

 しかも、ここにいる全員がベニートを憧れの対象と見ている。日本のオタク文化っぽい”げきおこぷんぷんまる”という言葉はベニートが自ら得た知識だという事は考えていないだろう。

 お、いい事を考えた。こうやって頭で整理していく事で活路が見えてくるものだ。

 

 「所で”げきおこぷんぷんまる”とはなんなんだ?」

 「はぁ?どういうことだ?」

 

 相手は、俺が今回の原因となった言葉の意味を理解していると思っている。しかし俺はこの言葉の意味をしっかり理解していない。

 たまにオタク世界には隠語という隠れた意味を持つ言葉が存在する。

 ”おこ”というフレーズと”ぷんぷん”という怒っている時に使用する擬音から怒っているんだという理解はできるのだが、本当の意味はそれじゃなかったらどうする?

 と俺は投げかけてみた。

 視聴覚室に今まであった熱気が少し冷めた空気が流れた気がする。

 

 「ま、惑わされるな、これは彼我が仕掛けた言い逃れだ!」

 

 司会者(荒川)がセリフ口調を忘れ、焦った声を出す。

 ここでもう一押ししてみる。

 

 「荒川、ベニートがその言葉を使ってきた場面を覚えているか?」

 「場面?」

 「そう、確か、中町がゾーンを使用して体を酷使した為に俺が保健室に行く時に言った言葉だよな?」

 「・・・・そうだったはずだが」

 「日本文化を知っているあいつが、オタク語かギャル語か、わけのわからない知らない言葉を無理して使うだろうか?しっかり日本語を理解していた場合、”俺は怒っているんだぞ”って言えば十分伝わったんじゃないのか?」

 「だから、それはお前がおしえ・・・」

 「もし、”しっかりとした言葉の理解”が”げきおこぷんぷんまる”だったら?」

 「何が言いたい?」

 「アノ言葉がサブカルチャーの間で使われている言葉だとして、日本文化を知らないだろうとふざけて俺が教えたとしてばれた時に、あいつはマジで激怒するだろう。文化をふざけて教えるのは紳士的じゃないからな。そんなデメリットを含んだ行動に、何のメリットがある?お前らは知らないだろうが、あいつ怒ると結構面倒なんだぜ」

 「誰が面倒だ」

 

 入り口玄関に、少し額に汗をかいたベニートが立っていた。

 ここにいる団員が驚いたような雰囲気と、さっきまであった熱気が完全に冷気に変わっている。

 ベニートが階段をおりながら、俺に近づいてくる。

 

 「どこに言ったかと思えば、こんな所で油を売っていたとは」

 「だれも油を売ってねーよ。それより探してくれていたのか?」

 「ふん。たまたま通りがかっただけだ。まぁ、いい。それより今から練習だ」

 「しかし、こんな格好だしな」

 「ふん!」

 

 どこから出したのかはさみで、縛られている両手のロープを切ると、足のロープもはさみで切ってくれる。

 

 「貴様ら、こんなことをしてわかっているのか?」

 

 ベニートが後ろに顔をそっと向けながら瞳の光に怒気が混じる。ビクゥ!となった団員達は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、のどにつばがうまく通らない。

 

 「俺は”げきおこぷんぷんまる”だ!」

 

 渋い声で発音される”げきおこぷんぷんまる”が面白すぎて、つい噴出してしまう。

 

 「だからさ、”げきおこぷんぷんまる”ってなんなんだよ?」

 「怒っている時の表現方法だろう?」

 「ま~たぶんそうなんだろうな、あんまり聞いたことないけどな」

 「お前が聞いた事がないだけだ。都会では使われている」

 

 俺達が言い合いをしながら視聴覚室を出ると、団員達はその場でへたり込み、ベニートの睨みから開放され緊張が解ける。

 

 「こ、怖かったな」

 「あれは、やばいわ」

 「しかしかっこいいよな。”げきおこぷんぷんまる”か。これから俺達のスタンダードだ!」

 「「異議なし!!」」

 

 こうしてよくわからないまま、何一つ解決していない裁判は終わった。

 今回の件は、誰も傷ついていないし、実は、あの団員の中にBチームの武田監督が混じっており、終始自体を見ていたおかげで、チームメイトが交流を深めたという事でまるく収まった。

 

 「まったく、馬鹿な奴らばっかりだ。しかし、ここまでベニートが人気があるとはな~」

 

 武田は自室に戻り、チーム作りに必要な新たな一手を考えるのであった。

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