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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
55/77

第54話 裁判 前編

 試合終了直後、彼我は空を見上げていた。

 スタミナは、まだ残っていたがハーフタイムをはさんで休憩したとはいえ、90分走りぱっなしで、少しだけ肩で息をしていた。

 冬空のせいで、まだ15時にもならない時間だが、ゆっくりと日を落とし始めており、なぜだろうか胸中にせつなさを感じる。

 試合結果は2対2。

 練習試合なので延長戦はなく、選手達はグランドを後にしていく。

 いつもなら、ベニートがチラチラとこちらを見ながら、彼我から声をかけてもらうのを待っているのだが、今日はもうグランドにはいない。

 珍しいなと思う気持ちが湧いてくる前に、何か心に引っかかる。

 

 「あれ?なんだったかな?」

 

 疲れのせいなのか、うまく頭が廻らず体を冷やして疲れた筋肉を傷つける前に、もう一度体に少し火を入れ、それからストレッチを行うために、試合用のグランドから、元3軍のグランドだったオープングランドへ移動する。

 試合用グランドを出るゲートを出たところで、後ろから声をかけられる。

 

 「お疲れ様」

 

 まだ声変わりしていない、少女とも、少年とも聞き取れる中性的な声を持つ主、中町が待っていた。

 両脇に松葉杖、ユニフォームから着替えた赤色のジャージを着て、声をかけてからすぐに、両脇の松葉杖を使って器用に近づいてくる。

 あまりに器用に使いこなしているようで、あ、そういえばと思い出す。

 

 (前にもゾーンを使って体を酷使したせいで松葉杖を使っていたんだっけ?)

 

 つい先日の事なのに、彼我はあまり覚えておらず、中町の松葉杖姿を見て思いだす。さすがに、その事を口に出したら怒られそうだと、一瞬口から漏れそうになるが、ベニートとの日ごろのやり取りで学習していた彼我は、思いとどまる事ができた。

 

 (あいつも、いちいち細かい事で、すぐに怒るんだよな)

 

 彼我もかなり、細かい部分でベニートに指摘する事があるが、自分の事は完全に棚にあげている。

 

 「体は大丈夫なのか?」

 「うん。大丈夫だよ。心配した?」

 「まぁ、そりゃするだろ」

 「へへ」

 

 ちょっとうれしそうにはにかむ中町を見ていると、無意識に彼我の右手が伸びる。

 ぴと。なでなで。

 さらっとした髪質なのか、なでると髪がサラサラと綺麗に流れ落ちていく。

 

 (あれ?俺一体何してるんだっけ?)

 

 何回かなでなでした後に、意識が急に鮮明になる。中町の頭に置かれた手。

 真っ赤になって下を向く中町。

 

 「うぉーーー!!」

 

 彼我はびっくりしてすぐに手を離し、変なポーズで静止する。中町はぷるぷると体を震わせ、顔をバッと上げるを涙目になりながら、真っ赤な顔で彼我を見る。

 

 「ばかばか、バカーーーーーーー!!」

 

 中町は松葉杖を抱えて、ものすごい勢いで走っていく。

 その中町の後姿を見ながら、やってしまったと彼我はため息をつく。はにかむ中町の顔が従兄弟の5歳になる娘に見えて、つい彼女が喜ぶので、頭をなでなでしていた事を思い出していたら、無意識に手が伸びてしまった。そりゃ、子供扱いされたら怒るわと、後悔を感じながら、今度会ったら謝らないとなと考えた所で、冷たい風が吹き、自分が何をするべきだったかを思い出す。

 中町が走って逃げた方向には彼我が行く予定のオープングランドがあり、しばらく走ってそのグランド前で止まる。

 

 (あ、あんな場所で、あ、あんな事されたら・・・・僕はどうしたらいいんだーーー)

 

 喜びと、恥ずかしさで頭を両手で抱えて、心の声を叫びたかったが、誰かが聞いていたらという羞恥心はあったようで、口からは出ていない。

 ちょっと、気持ちを落ち着ける為に、筋トレフロアーなどがある複合施設に足を向ける。

 彼我は今、中町がいる場所とは別のゲートからグランドに入り、先に来て走っている選手達がいた。

 

 「おぅ~彼我も着たのか?」

 

 入り口ゲートから入って着た彼我を見つけると、グランド脇でストレッチしていた同じチームメイトの皆口が声をかけてくる。

 

 「あぁ。しっかりクールダウンしとかないと、自分で体のマッサージした時にしっくり来ないんだよな」

 「あれ~しかし、今日は一人なのか?」

 「今日はって、いつもベニートがいるといいたいのか?」

 「いや~誰もそんな事は言ってないが、そうか~ベニートっていつもそばにいるのか?」

 

 判っていて聞いてくる皆口に彼我はヘッドロックをお見舞いしながら、ギブギブと腕を叩かれる。

 

 「ったく。俺とベニートはそんなんじゃねーよ」

 「そんなんって?」

 「友達だけど、たまには一緒にいない事もあるだろ?」

 「ふ~ん」

 「なんだよ。その意味深なふ~んは?」

 

 彼我が話ながら、ヘッドロックの練習をすると、両手を前に皆口はすまんすまんとアピールする。

 

 「ま、どうでもいいけど、仲直りは速くしたほうがいいぞ」

 「ん?仲直り?どういうことだ?」

 「はぁ?本気で聞いているのか?」

 「なんだよ?本気って?」

 「お前覚えてねーのかよ?ベニートのアノ発言」

 「アノ発言?」

 「”げきおこぷんぷんまる”」

 「あ」

 

 皆口と話をしながら、座って体をひねってストレッチをしていた彼我の動きが止まる。

 

 (・・・・思い出した)

 

 皆口が回答をくれた事で、のど仏に刺さった骨が取れるように脳内がクリアーになったが、思い出したくない別の問題が浮上する。

 

 (そもそも、げきおこぷんぷんまるってなんなんだよ。意味わかんねーよ)

 

 止まっていたストレッチを再開しながら、思考の闇にはまっていく。

 

 (日本にいたときだって聞いた事ねーぞ。オタク系なのか、それともギャル語か?問題はそこじゃねーけど)

 

 そこで思い浮かべたベニートの部屋。

 日本の少年漫画、青年漫画がずらりと並び、子供の頃に見たことあるタイトルは勿論、彼我の知らないようなタイトルまである。

 それとは違う並びの本棚に並ぶピンク色の背表紙。少女漫画コーナーでちらっと見たことあるタイトルが並ぶ。アニメ化していた事もあり、記憶にはあったが、自ら手にとって見ようとは思わない。

 正直な感想は、いつ読んでいるのかである。

 少女漫画を持っている事に違和感はあるのだが、人の趣味に文句なんてつけるものじゃないし、ベニートの中でそれが生き抜きになっているなら、必要な事だと思う。

 ただ、サッカーの練習時間、俺といる時間、筋トレをしている時間などを考えるとほとんど、空き時間がベニートにあるのか想像できない。

 グランドを考えながら周回していると空はすでに赤焼けて、周りには誰もいなくなっていた。

 グランドに設置されているシャワーを浴びて、一旦自室も戻る。

 誰かいるかなと思ったが入ってみて、いつもの自分の部屋になぜか寂しさを感じる。

 

 「これが普通なのにな・・・・」

 「何が普通なんだ?」

 

 彼我は後ろから急に声をかけられ、うぉーーーと驚いた声が出しながら腰を抜かす。

 そこに立っていたのは、腰にバスタオルを巻いてハンドタオルで頭を拭いているベニートだった。

 

 「な、な、なんでここにいるんだよ!」

 「そりゃいつ来てもいいと言ったのはお前だ」

 「そ、そりゃそうだけど」

 「座ってないで立ったらどうだ?」

 

 ベニートに手を掴まれ、立ち上がらせてもらう。

 前にもこんな事があった気がすると思いつつ、いつも寝ている彼我のベットの上に、ベニートの着替えが置かれており、それを手にとって着替えるベニート。

 そのさも当たり前なベニートの振る舞いに急に笑いがこみ上げてくる。彼我は口をふさぎながらでも、漏れてくる笑いを耳にしたのかベニートが振り向く。

 

 「何を笑っている?」

 「いや、だっておかしいだろ?ここは俺の部屋だぞ」

 「その通りだが?」

 「・・・もういいよ、それ着替えたら飯食いにいこうぜ」

 「いい提案だ」

 

 ベニートの着替え終わるのを待って、食堂へ向かう途中、廊下でアビラが待っている。

 

 「なんでいつもお前は兄貴のそばにいるんだよ!!」

 「なんでだろうな・・?」

 「くぅ~~~~羨ましくな・・・いわけねーじゃねーか!」

 

 強がってみようとしたが、アビラには無理だった。自分の隣で話かけてくれるベニートを想像して、いつもそんな事をしている彼我が羨ましくないわけない。

 いつもどおり3人で食堂に入ると、ざわめきが起こる。

 

 (なんだ?いつもより視線が熱い気がするが?)

 

 食堂で食事する時はいつも、それなりに視線は感じている。

 しかし、今日の視線は何か良くない予感をひしひしと肌で受ける。

 いつもの日替わりを頼み、食事を終わらせると、一人の選手がこちらに向かって歩いてくる。

 

 「荒川どうした?」

 「いや、彼我少し時間いいか?あっちで話がしたいんだが?」

 「あぁ、いいけど?」

 

 席を立ち、荒川と食堂を出ると、壁に隠れていた何人かの選手に口をふさがれ、顔を布か何かで覆われると、そのまま担ぎ上げられ、その場から連れ去られる。

 

 (まじ、どうなってんだーーー?!)

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