第51話 練習試合 13対11 その6
スタートの笛が鳴るが、笛が吹かれたのは2回目。
今回の笛はリスタートを告げる合図だった。リスタートでボールを蹴ったのはBチーム。
後半戦が始まって動いた時間はたったの1分半だった。
「まさか、1分半で点を入れられるなんて」
Bチームのゴールキーパー荒川は、ゴールを決められた瞬間、あまりの悔しさに地面にきつく左手を叩き付けた。
荒川の前でシュートを決めた選手が彼に興味なく見下ろしている。
ベニート・ミロ。
左サイドから攻め込み、5人の選手を交わして、角度のほとんどない位置からゴールにボールを突き刺した。
言葉にすればたったそれだけの事だが、周りの選手に与えたインパクトは大きい。
Bチームはもちろんの事だが、Aチームにも影響を与えていた。
「前半よりベニートの動きが確実に良くなってる。前半あれだけ走っていたのに、どうして・・。」
観客席から見ていた中町は、ベニートがシュートを決めた瞬間、体が悲鳴を上げている事も忘れ、立ち上がり、驚きの声をあげていた。
前半戦の30分から攻勢をかけていた自分達にほとんど守備で対応しなければならない状況で、ベニートは攻守に惜しみなく走り、フィールドを後にする際は、息を少し切らしていたはず。
たった10分程度のハーフタイムで呼吸を整え、いきなり5人を抜き去りゴールを決める。
思わす、そのあまりに非常識な動きに笑いがこみ上げてくる。
「ほんとうに、化け物なんだね」
そのままAチームがペースを掴むかと思われたが、パスは前線に繋がるのだが、なかなかフィニッシュまで持っていくことができずにいた。
もちろん、Bチームの危機的意識で集中力と運動量が増し、Aチームの攻撃を防いでいるのだが、Bチームも守備だけでは勝てない事がわかっており、一進一退のハイレベルな攻防が続いていた。
後半戦からのメンバー交代
”俺達野郎Aチーム”
CF(左) ベニート・ミロ 身長181cm 体重68kg
CF(右) 花形 智明 身長173cm 体重62kg
ST 倉見市 俊治 身長172cm 体重60kg
OMF シジネイ・ルシオ 身長175cm 体重58kg
SMF(左) カミロ・アビラ 身長168cm 体重48kg
SMF(右) 水八 陽一 身長174cm 体重59kg
DMF 倉石 登 身長173cm 体重60kg
CB(左) 下塚 騰児 身長170cm 体重58kg
CB(中) 片磐 重道 身長170cm 体重53kg
CB(右) 下市 庄司身長171cm 体重56kg
GK 重林 大成身長177cm 体重68kg
ベンチ
MF 林 茉耶身長173cm 体重63kg
GK 御津島 修三身長180cm 体重65kg
交代後 ベンチ外
CMF 川上 雅士 身長172cm 体重58kg
DMF(左) セルディア・バジョ 身長176cm 体重62kg
DMF(右) マルニャ・アバスカル 身長176cm 体重63kg
”カレーが大好きBチーム”
CF ベレンゲル・ニッセン 身長179cm 体重65kg
ST アルバート・ロペス 身長180cm 体重65kg
OMF(中) 大河 智治 身長175cm 体重59kg
OMF(左) 青木 撤兵 身長173cm 体重63kg
OMF(右) 佐藤 雅身長170cm 体重55kg
CMF 彼我 大輔 身長173cm 体重59kg
SMF(左) 箕河 春樹 身長175cm 体重62kg
SMF(右) セサル・ノゲイラ 身長174cm 体重63kg
DMF アーロン・オルネラス 身長176cm 体重60kg
CB(左) アルビアル・ベルグラーノ 身長174cm 体重60kg
CB(中) 皆口 雄介 身長173cm 体重63kg
CB(右) ディオニシオ・モタ 身長185cm 体重75kg
GK 荒川 修司身長185cm 体重73kg
ベンチ
DF 池華 益雄 身長176cm 体重63kg
DF 檀乃 琴伴 身長170cm 体重53kg
DF 合田 憲次 身長175cm 体重59kg
交代後 ベンチ外
CF 中町 葉柄 身長171cm 体重55kg
Aチームはハーフタイムに話をしていた通り、従来どおりの布陣でバランス重視のチーム構成で、Bチームは2人を追加して中盤から前線を一気に固める。
後半戦始まってすぐに、点を取られた事で、喜多島はこの布陣にした事は間違ったかと思ったが、後半30分が経ち、どちらかといえば攻め込んでいる状況に、一安心というところだった。
その後も数的有利な状況にBチームは押せてはいるのだが、前半うまくいっていた隙を突く彼我のスルーパスがなぜかうまく機能しない。
彼我もパスに集中するような動きではなく、自分で持ち込んでクロスをあげたりなどを気持ちを切り替え試合の中で、新しいプレイスタイルを試している。
器用にスタイルを変更していく彼我に、Bチームの中盤選手達は対応できていないが、ベニートとアビラだけが対応できており、Aチームの前線の戦力が減らされている。
今はサイドミッドフィルダーのアビラではあるが、ユース時代は実は中盤を任される事が多かった。
体の成長と共に、足が速くなっていき、トップスピードからの急ストップ、急発進を得意とするサイドプレイヤーとして、サイドバック、サイドミッドフィルダーの経験が多くなり、今はそのイメージが定着している。
彼我もそのつもりでいたが、目の前にいるディフェンス力が高いアビラに手を焼かされている。
「お前ってこんなに出来るやつだったっけ?」
「隠し玉の一つや二つもっていないとベニートの兄貴においてかれるだろ」
互いに体をぶつけながらボールを取り合い、駆け引きで負けた彼我はアビラにボールを取られてしまい、前線にボールを蹴りこまれる。
AチームのST倉見市がアビラからのボールを胸でトラップすると、そのまま前を向いた瞬間、閃いたゴールラインをイメージにシュートする。
無回転のボールはそのままゴール枠を捉えており、大きくジャンプした荒川が、右手を必死に伸ばし、ボールを捉えるが、そのままキャッチとは行かず弾かれたボールはゴールまで1mほどの先に転がる。
走りこんでいた花形がボールを捉えようとした瞬間、BチームCBの皆口にスライディングでボールを弾かれ、クリアーされる。
後半40分。
1点取ってから40分間走り続けて、ようやくできた山場が今のシーンだった。何とか作り出した最大のチャンスをモノにできず、スタミナも消費が激しい花形は、両脇に手を置き、上を向いてはぁはぁと呼吸を整えるが、なかなか整えるのことができない。
その花形の状況を見て、上杉は負けてもこの試合はこのまま行くつもりだった。監督としては間違った判断だ。しかし、時として負けて得られるものもあると言い聞かせる。
ベニートに至っては負けた事があるのか検討が着かない。そのせいで彼が、スランプに陥る可能性もある。それでもここで得た経験は必ず次に繋がる道だと信じている。だが、勝てる可能性も残っている。交代できる選手は残っている。上杉は葛藤の中揺れ動いていた。名将と言われた過去もある。
それは勝ち続けないといけないクラブの状況と勝利を天秤にかけた。次の試合に勝つためスタミナを温存させる為にわざと負けを選んだ非情の決断をした事もある。
今はまだ16~7の少年達の成長を考えて、そんな事を考慮しなくてもいいはず。だがこの状況で勝つ事は選手達の自信に繋がるのではないだろうかという考えもよぎる。気がつけば上杉は、ベンチの林を呼んで、交代を告げていた。
(すまない花形。チームが勝つ事と選手が成長する事は決してイコールではないかもしれない。ダメな監督と罵ってくれてもいい)
選手の成長より、チームが勝つ事を選んだ上杉は後悔の念にかられていた。
STの倉見市をCF(右)にあげて、林をSTに入れる。花形は悔しそうな顔でフィールドを後にした。
Aチーム全体で疲れている。交代させても、ゴールフィニッシュに繋がる道筋が描けるかわからない。
上杉は目を閉じ、勝つ事に集中する。
(俺はこのチームを信じている。可能性を閉じる事こそ選手達の成長を妨げる事だ!)
しかし、交代しても流れは動かず、五分五分の試合展開から動こうとしない。
後半45分。
告げられるロスタイムは2分。後2分で試合が動く気配はない。
Bチームもここで抑えれば勝てると、前線の選手も守備に下がってくる。
今ボールをもっているのはAチーム。Aチームの選手の誰もが最後のチャンスだと感じていた。
じっくり時間を使いながらパスを繋いでいく。
AチームCMFの川上がボールを受けた瞬間、ゾクゥと体に悪寒が走る。
目の前には彼我が立っていた。
「ひがーーーー!!」
体を当てられ、逃げることができない状況を作られ、ボールを奪いにくる彼我を必死で、肩で押し返そうとする。もちろんボールに意識をはずす事ができない。
(こいつこんなに上手かったのか!?)
知っていた事だが、改めて彼我のその動きに驚かされる。
(と、取られる?!)
思った瞬間、生暖かい風が川上を襲う。
ボールを取られたと思った瞬間、前にボールもって走っていく選手の後ろ姿。
ベニート・ミロ。
二人の間に割って入り、ボールをさらって行く。
「ちぃぃぃい!!」
悔しそうに彼我は、川上から離れてベニートを追おうとするが、川上は条件反射のように彼我の体の前に自分の体を刷り込ませる。
それをよける為の瞬間で十分だった。
すでにベニートはゴール真正面約10mまで接近していた。
Aチームの選手達は叫ぶ。
「いけーーーーー!!」
しかし、ベニートはその選手達の大声は聞こえていない。
今、彼は真っ白な世界にいた。
(これがあの中町がいる世界か・・・)
ベニートは川上と彼我のやり取りを見て、時間が迫っている状況で、負けると感じた瞬間に、気がつくとこの世界にいた。
見えているのはボールと、ゴールのみ。
軽く蹴り出した右足はボールを捉え、スローモーションのようにボールが流れその軌道がよく見える。
そのままゴールに吸い込まれていき、ゴールネットを揺らした。直後景色が色を伴って帰ってきて、周りの大声が聞こえてくる。
その場にうなだれるBチームの選手達と、喜びを体で表現する選手達。
ゴールネットに絡みついたボールを手に淡々と走ってセンターサークルに置く一人の選手。
彼我大輔。
ボールをセンターサークルに運び終えると、誰もがまだ試合が続いている事に気がつく。
今日これと同じシーンを見たとデジャブ感が選手達に生まれ、全員が位置に着くと笛が吹かれ、試合が再開されたと同時に終了の長い笛が吹かれ終わりを迎える。