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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
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第49話 練習試合 13対11 その4

 各チームはすでにフィールドを離れて、ハーフタイムの為、控え室に来ていた。Aチーム控え室ではお通夜のような静けさで、なんともいえない空気が流れていた。

 その中で、監督の上杉が口を開く。

 

 「正直、まさかの展開だ。前半戦で3点は取れるプランを提示したはずだが?」

 

 上杉がミーティングを重ねて、練習にも組み込んだ数の上で圧倒するプランは非常によくできており、サイドから崩して相手のスタミナを消費させて、前半で点数を稼ぎ、後半でも数が増えたBチームとはいえ主力選手の動きが鈍っている事を想定して組み上げられたものだった。

 相手陣の中からでも、ベニートという化け物を相手に1人で抑えられるとは、頭にはあったが、気持ちの上で8割はないと思っている部分もあった。

 上杉はそんな自分の油断があった事も含めて、今は選手達を奮起させる為にあえて冷たく当たっている。

 ため息しか出てこない状況に、上杉に誰もが反論できない。

 しかも、相手は数の上で有利な自分達を圧倒したことで、勢いがついている。

 後半戦、厳しい戦いが予想される中、後半戦のプランがなかなか、上杉の中でまとまらない。

 厳しい言葉をまくし立てても、選手達がこれ以上メンタルが向上するとは思えない。さっき言った言葉で十分だと口をつぐむ。

 必死に、罵声を吐き出したい気持ちを抑えながら、上杉は交代する選手を告げる。


 「次の後半戦で、まず外れてもらう2名はDMFのセルディア・バジョと、マルニャ・アバスカルだ」

 

 二人は不満そうに上杉を睨みつける。

 

 「セルディアとマルニャはどちらかと言えばDMFとしては攻撃的な選手だ。守備より攻撃に参加するほうがお前らは好きだろう?」

 

 上杉の指摘に、2人はう~んとうなり声を上げる。

 

 「後半戦からは攻撃的というよりバランス的な布陣で攻める。これ以上相手に点数を入れさせるわけにはいかん。前半戦で数で有利な状況だった事が、むしろ俺達のサッカーを壊していたような気がする」

 「どういうことですか?」

 

 重林が手を上げて発言すると、それに同調するように他の選手も上杉を見る。

 

 「油断だな。数的有利な状況、そしてベニートもこちらにいる。絶対点数を入れて当たり前の状況から出た心の隙が、動きを制限していたのではと思う。実際ボールを取りにプレスに掛けるタイミングが少しずれて本来行かなくていいポジションにいる奴がプレスを行い2~3人とボールに向かってスペースが開いていた。そこを彼我にうまく狙われた形となった。後半攻めなければならないが、攻撃的な選手を入れて、スペースをあけるより、バランスを取れる選手を入れることで無駄な動きをなくし、意識をもっと高い位置に持っていく。お互いの位置の把握などを他人任せにするのではなく、自分で行うように後半戦は望んでほしい。後、そういう理由からCMFの川上を変えて視野の広いDMFの倉石に交代させる」

 「わかりました」

 

 倉石と川上がお互いに目を合わ自分達を意識した瞬間、目をぎゅっとつぶり眉をひそめて、何かをこらえた顔をする。

 交代する事に対する何か深い感情的なものなのかと一瞬思われたが、我慢できないと破顔し始め、おなかを抱えて笑い出す。

 他の日本人選手達も、それに合わせて噴出し初め、笑い声が控え室にあふれ出す。

 いきなりの笑い声に、アルゼンチンの選手達はどうしたのだ?この状況に頭がどうにかなったのかと、心配そうな顔をするが、実はそうではない。

 日本人選手達はある一幕を思い出して、過呼吸になるほど苦しそうに笑い続ける。それを上杉は本当はとがめないといけないのだが、頭をかきため息だけで見ている。

 意味がわからないアルゼンチン選手達はただ呆然とその様子を見ているだけで、おかしな空気が控え室に流れていた。

 その笑いの原因となった一幕は、前半終了後直後に起こった。

 

 「中町大丈夫か?!」

 

 駆け寄った彼我に肩を借りながら、大丈夫と答えるが、顔面蒼白になっており言葉どおりに受け取れる状況ではない。

 タンカーが本当はいいのだろうが、中町は歩けるからと、彼我の肩を借りてフィールドを移動し始める。

 ちょっとうれしそうに下を向く中町と、心配そうに肩を貸す彼我に後ろから声がかけられる。

 

 「おい」

 

 彼我達が振り向くと、ベニートが眉間にシワをいつもより5倍ぐらいは寄せており、怖い顔で立っていた。

 

 「どうしたベニート?今から中町を保健室に連れて行かないといけないんだが?」 

 「なぜ、お前がそれをやる必要がある?」

 「なぜって、確かに俺じゃなくてもいいが、別に俺でもいいだろ?」

 「それはフェアじゃない」

 「さっきから何言ってるんだ?」

 

 ベニートが何に怒っているのかさっぱりわからない彼我は、中町をつれてその場を去ろうとする。

 するとそれを羨ましそうに見ていたベニートが彼我に向かって胸で両手をキュっとさせ大声で叫び出す。

 

 「俺はもう”げきおこぷんぷんまる”なんだぞ!!」

 

 厳格なイメージのあるベニートから放たれた少女漫画風の言葉にどうしていいのかわからず、選手達は何も言うことができない。

 さらにベニートは”ぷんぷん”といい続けながらフィールドを去っていく。

 フィールドには、中町を心配した選手のほかにAチームの面々も残っており、ベニートの大声を聞いていた。

 ベニートが言った時は何を言っているのか脳が理解できていなかったが、だんだんと気持ちが落ち着き整理がついてくると、もう笑いをこらえる事はできなかった。

 原因を作った本人はというと、そんな笑い声を気にした様子もなく頭を濡れタオルで隠し、ひたすら次の後半戦に向けてイメージを膨らませていた。

 現在おかれている状況は2点取られて、後半戦は数的不利な状況で戦わなければならない。

 そんな状況に陥った事は、片手より少ないかもしれない。

 常にユース時代でも自分がまず得点をあげ、有利な状況で後半を折り返す事が多く、久々の窮地である。

 負けた記憶といえばユース時代、記憶を探るほうが難しいほどである。勝利か引き分けが多く、この状況に逆にベニートは喜んでいた。

 彼我という存在を見つけ、彼の成長に喜びを感じている。

 ライバルという存在が自身を高めるのに必要だと感じていたベニートは、このクラブチームに入った時から自分と同等のサッカーができる存在を探していた。

 おごりではなく、素人同然だった彼我が確かに自分が関わった事で急成長をしていると感じている。そんな彼我のパスを今までは自分とアビラしか取れなかった優越感があったが、今日ほかの選手に取られて、ちょっとジェラシーも感じていた。

 

 (これからはもっときつく練習をしていかなければ)

 

 それと、さっき彼我が中町に肩を貸していたビジョンが頭に呼びかえり、怒気を含めたオーラが体から立ちこめる。

 それを見た日本人選手達は、笑いすぎたと勘違いし、急速に雰囲気が凍り付いていく。アビラですらベニートが機嫌が悪いと近づく事ができずただ見ているだけだった。

 

 

 彼我が中町を保健室に連れて行った後、チームの控え室に戻り、Bチーム監督補佐である武田に中町の容態を伝える。

 

 「最後に放ったシュート直前にゾーンに目覚めたらしく、ゾーンの開放時間が短かった為、大事にはいたりませんでしたが、また1週間は安静という事です」

 「そうか。しかし、あの場面でゾーンを無理やり開放する必要はなかったはずだが」

 「本人からは無意識だったと聞いてます」

 

 彼我からは自分をめぐって、点数勝負をしていてなんて言えるはずもなく、また俺の為に無理をしてゾーンに入ったなんて、自意識過剰な事は思っていない。

 男と男の勝負で、最大限の力で相手をねじ伏せにいった結果だと思っている。

 彼我が戻って、Bチームの控え室では、”げきおこぷんぷんまる”事件は一旦おいておいて(後で彼我に対して強引に事情聴取を行う事に決定している)後半戦に向けてBチーム監督の喜多島からプランの提示があり、それに対する意見交換を行っていた。

 

 「後半戦は数的有利な状況とはいえ、守るにも、攻めるにも難しくなると思う」

 「どういうことですか?」

 

 OMFの大河が喜多島の言葉に反応して答えを求める。

 

 「Aチームからなぜ2点取れたかという話をしよう。簡単な話で相手に油断があったからだ」

 「油断ですか?やっていて、かなりきつかったと思います。2点取れたのは彼我があのパスを出してくれなければ、流れは俺達に来ていなかったと思うのですが?」

 「それは確かにあるんだが、じゃあパスを出せるスペースがなぜ開いたのか?」

 

 大河達には正直な所、開いたスペースなんてほとんどなかったように思える。瞬間的に開いたスペースはできるのだが、すぐ元に戻り、その一瞬を見逃さずパスを出せる彼我の才能が異常だと思っている。

 

 「数的有利な状況はどうしても心に隙を作り出してしまう。そこで無駄に本来かけなくていい人数をボールを取りにいく事でスペースができてしまう」

 「俺達も同じように、心の隙で、スペースを空けてしまうって事ですか?じゃあ、そうしないように意識すれば?」

 「これは意識だけでどうにかできる問題じゃないんだ。ものすごい練習が必要なんだ。小田さんはこの辺りを考えて今回の練習試合を組んだんじゃないかな。本当にやらしい人だよ。まったく」

 「では後半戦どうすれば?」

 「13人だが11人でやっているとイメージして戦ってほしい。いつもどおりの感覚で。多分それが一番”自然”にサッカーができると僕は思っている」

 

 喜多島の言葉に選手達が納得したように頷き、ゴールキーパーの荒川からそのイメージで攻めることを提案する。

 

 「Aチームが、このまま何もせずに黙って負けてくれるような奴らじゃないと思っています。後1点決まれば3点以上取らなければならないというプレッシャーから、動きに乱れが出始めると思うんです。状況は俺達に傾いています。監督攻める方向でいいですよね?」

 「守備意識は持ち続けないといけないが、荒川の言う通り攻めるサッカーを僕も見てみたい。後45分だ。攻めて勝とう!!」

 

 全員が腕を上げ大声で叫ぶが、その中で彼我だけは迷っていた。

 あの負けず嫌いのベニートが、このままなはずはないと。自分がなんとかして彼を抑えないと2点だろうが3点だろうがひっくり返されて負けるかもしれないと不安が押し寄せてきていた。

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