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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
45/77

第44話 招待1

 今から2ヶ月前の事、一通の手紙がポストに入っており裏を見て差出人を確認すると、日本サッカー協会と書かれていた。

 

 「なんだこれ?」

 

 サッカー協会との契約はすでに切れており、この手紙に不安を覚える。

 前回ワールドカップの元日本代表監督の通訳としての役目を終え、今はフリーのサッカーコメンテーターとして仕事をしており、レギュラーはないにせよ単発だけの仕事が多いが軌道としてはまあまあ順調といった所だろうか。サッカー関係者との繋がりが広く、色んな番組に呼んでもらっている。

 通訳の仕事は今はしておらず、ワールドカップを通して得た知識で食べていけるだけの稼ぎがあるので問題はない。

 

 「何かミスったのか?」

 

 ワールドカップが始まる4年前から元日本代表監督との関係は親密にさせてもらって、粗相はなかったはずだ。それにいまさらミスを指摘される言われはないし、日本サッカー協会からの手紙が送られてくる事に覚えがない。

 考えても仕方ないと、手紙の封をちぎって開け1枚だけの薄い用紙に目を通す。

 仕事の依頼だった。

 ただ詳細など書かれておらず、気になれば連絡がほしいとの事だった。

 サッカー協会から仕事の依頼なので、また通訳なのか?と思う部分もあるが、現在の日本代表監督にはもう別の通訳がついており、関係者の話を聞く限りでは、その通訳に不満の声は聞こえてこない。

 悩んでも仕方ないし、仕事が増える事はありがたい話だ。早速スマホを手に、手紙に記載された連絡先に電話をかける。

 2コールして、もしもしと女性の声が聞こえてくる。

 

 「私、梯橋はしばし智明ともあきと申しますが」

 「お世話になっております。伺っておりますので、少々お待ち下さい。」

 

 こちらが返事をする前に、和やかな保留音が聞こえる。

 意外と早い展開に、驚きつつ保留音が止まって聞こえてきたのは覚えのある声だった。

 

 「久しぶり1年ぐらいか、梯橋君」

 「石丸さん、お久しぶりです」

 

 石丸さんは、サッカー協会の事務方の人間でテレビで監督就任の説明などを行っている人物である。よく間違ったイメージをもたれているが、この人が”責任者”ではない。

 あくまでも説明役として、テレビに出て面の顔として目立っているので、視聴者からは関係者=責任者というイメージがあるが、この人は簡単に”切れる”尻尾のような人間だ。

 本来の”責任者”は絶対に表に出ない。出たとしてもちらっと画面端に映る程度である。

 石丸さんの後ろにいる人物を想像して、いやな予感はするが、それに見合っただけの報酬も用意されている事が多いので、警戒しながらもその報酬金額を想像して話を進めていく。

 

 「直接あって話がしたいのだが、ここ数日で開いている日はある?」

 「え~と、明日なら開いていると思いますが」

 

 実は今日も開いているが、がっついているようで、余裕を見せるように明日と回答する。

 

 「今日は無理?」

 「う~ん、予定をつめれば空けられない事はありませんが」

 

 ここは、無理をしているフリをして、貸しのような展開にして話を優位に進められるようにもって行く。

 

 「わかった。できればこの話は早いほうがいいんだ。無理を言ってすまないが17時にこちらまでこれそうかな?」

 「わかりました。17時に伺わせていただきます」

 

 あまり渋っても、いい事がないと会話の流れを使って答える。

 石丸さんがここまで押してくるという事は結構切羽詰っている案件なのだろうと、期待感が膨らむ。それだけの緊急性がある仕事に安いはずはないだろう。

 今自分がいる場所から新幹線を使って2時間ほどかかる予定だが、運賃とホテル代を払っても見返りが取れるとふみ、彼の質問に躊躇なく答える。

 早速、一日分の宿泊用意をし、本当に予定がなかったかを確認。

 ここで予定があったとしても、今日はキャンセルだ。

 テレビの仕事は入ってなかったと記憶しているし、取材の仕事も入っていない。

 手帳を確認し、一件女性との会食の予定が入っていたが、病欠という事でキャンセルにする。

 新幹線の予約をネットで行い、タクシーに乗り込んで駅に向かう。

 30分ほどで、駅に着きそこで少し期待する事がある。

 一般人から声をかけられないかと。

 これでも、テレビで顔を出すことがあり認知度としては低いが、自分ではそれなりに顔映りは悪くないと思っている。

 自分では出しているつもりはないが、内からにじみ出る”俺有名人”というミーハーな気分を抑える事はできない。

 しかし誰も俺に気に留める事無く行き交い、まだまだだなと首を鳴らし、初めから期待してなかったしと心で言う。

 芸能人とまではいかないが、テレビに出てる自分に優越感を感じているのは確かだ。

 旅行バックを片手にみどりの窓口でキップを購入して、新幹線に乗り込む。

 グリーン車の窓際の席を押さえていたので、景色を見ながらキオスクで買った駅弁を口にする。

 11時に出発して着いたのが13時を少し過ぎた頃だった。

 乗り物で寝ることが出来ない俺は、景色を見ていつも過ごす。

 もし、寝てる間に財布を盗まれたり、事件に巻き込まれたらとつい考えてしまい、睡魔が襲ってこない。となりでいびきをかきながら寝るサラリーマン風の50歳前後のおっさんを見るとおき楽でいいもんだと悪態をつく。

 ようやくうるさい雑音から開放され、新幹線の駅に降り立つと、独特な高揚感を感じる。

 市営電車で移動するのと違い、新幹線に乗ると特別な場所に来たような感覚になり、大きく息を吸い込む。

 空気の旨さなどわかるはずもないのだが、違う土地に来たことを感じ、そこからタクシーで、日本サッカー協会近くの繁華街のホテルにチェックインする。

 荷物を置き、約束の17時まで時間があるので猫カフェで一服。

 猫に癒されながら移動する時間になり17時の10分前に協会に到着。

 ロビーで受付嬢に名前を伝えて、打ち合わせルームに移動し、17時の10分を過ぎた頃に石丸さんがルームに入ってくる。

 

 「遅れてすまないね。ちょっと会議が長引いてしまって」

 「いえいえ。それよりこちらを」

 

 石丸さんに遠慮は不要と、交通費とホテルの宿泊代が書かれた領収書を渡す。

 

 「ふふ。相変わらずだね」

 「急な呼び出しでしたし、私も今日予定をつめてきましたのでこれぐらいは」

 「わかったよ。上に通しておく」

 

 石丸さんは俺からの領収書を受け取り、意外とすんなり通った事に驚きを覚える。

 企業契約している相手でもないし、フリーの俺が出す領収書が通るとは思えない。

 しかし、否定的な反応がない所を見るとかえってそれが不安感に繋がり、気前がいいと言う事はそれだけ、相手が優位に話を進めていく手段になる。

 

 (出すタイミングを間違えたか?)

 

 結局領収書はどこかで出す予定だったが、今回相手の出方を見るために、初めに出した。

 どこまで、相手の懐に余裕があるのかを確認するために。

 渋るようなそぶりがあるなら、そこまでの案件だと踏んで断ることも考えるが、今回は相当に金額的な部分に余裕があると見える。

 それだけ危険度が増すのだが。

 

 「さて、そろそろ本題に入ろうか?」

 

 石丸さんが手元から15センチほど厚い資料を取り出しこちらに渡してくる。

 

 「確認させていただきます」

 

 ことわりを入れてから資料に目を通していく。

 そこに書かれていたのは、国外でのサッカー選手の育成を目的としたクラブチームの内容だった。

 

 「これは?」

 「現在、2チーム国外で日本人選手の育成を行っていてね。サッカー協会のトップしか知らない内容なんだ。この話を現時点で知ってしまった君には、口外した場合かなりのペナルティがあるから」

 「ペナルティですか?」

 「多分今の仕事が出来なくなると思ってもらっていいよ」

 

 言葉が出なくなる。

 フリーの俺に脅しとも取れる内容を言ってくるって、この情報社会の仕組みをわかっているのか?

 世間を味方につければ、そんな脅しは解除されるはず。

 脅されたとツィッターなどで公開すれば、拡散され非難されるのはサッカー協会のほうだ。

 石丸さんが、そのリスクを知らないわけがない。

 しかし彼の顔から、それも踏まえて余裕を感じる。

 

 (これは気を引き締めたほうがよさそうだな)

 「案件としては、君にこのクラブチームのコメンテーターとして常駐してもらう事なんだけど、普通に生活する分には規制はないんだけど、情報規制にはうるさくてね。その分この金額になってるんだがね」

 

 別資料を差し出され、今回の案件で発生する金額の詳細内訳が書かれた内容を確認し、目を見張る。

 

 「ほ、本当にコメンテーターだけの仕事でこれだけいただけるのですか?」

 「ああ、協会うちから出すお金ではなく、向こうのクラブチームから出資される内容になっててね現在、ジュン・カビラエルと喜多島 郷が向こうでコメンテーターをやっているのだけど、諸事情があってね」

 「諸事情?」

 「ああ、喜多島君にオランダリーグの監督としてオファーをしてもいいかと向こうのクラブチームから打診があったんだ」

 「へ~喜多島さんが監督としてですか。興味ありますね」

 「う~ん。うちも悪い話ではないし、本人が判断する事で、なんともいえない状況でね」

 「どうしたんですか?煮えたぎらない顔ですね」

 「大きな声ではいえないのだけど、彼が移動するのは困るのだよ」

 

 石丸さんの雰囲気が少し悪い方向に変わるのを感じる。

 きな臭くなってきたなと思うが、提示された金額は魅力的で、席を立つことが出来ない。

 

 「さっきも言ったけど、情報規制ということで向こうから送られてくる情報が少なくてね」

 「けど協会主導の組織なんですよね?」

 「それがそうでもないんだよ。会長は彼らを自由にやらせていく方針みたいなのだけど、役員がそれを許すはずもないんだよね」

 「その役員の方々は常に状況を把握したいということですか?」

 「ぶっちゃけおいしい所をほかの役員にもっていかれたくないんだよね。僕の上司は彼らの状況が手柄に繋がるなら自分の駒として置いておきたいみたいなんだ」

 

 かなりぶっちゃけたなと思う所がある。

 ようは、そのクラブチームの選手がワールドカップに出れるような選手に育った時、自分が目をかけてきた選手だと言える状況を作り、協会内での地位を確立させる為の駒として手元においておきたいということなんだろう。

 

 (こりゃ内部派閥の争いがあるな)

 

 「君には、小さな情報でもできるだけ僕におろしてほしいんだよ」

 「ようはスパイって事ですか?」

 「それは君が考える今回の案件に対する気持ちであって我々はそう思っていない。サッカー協会に情報を開示するのは当たり前のことのはずだからね」

 

 石丸さんはスパイ活動を否定するが、手元から別の資料を取り出し俺に手渡してくる。

 

 「これは?」

 「大変な案件だと思うからね。うちから少しだが上乗せさせていただこうと思っていてね」

 

 資料を見て鼻の穴が膨らむ。

 しかし、そこまでの案件なのかと疑ってしまう。

 初めに目を通した資料では問題は情報規制と拘束期間だけで、生活面では支障を感じない。むしろ待遇はいいほうだ。そしてどんなに情報規制があったとしてもどこかに穴があるはず。

 今までテレビ関係者から色々な抜け道の話も聞いてきたし、俺にとって甘味しか感じないイージーな仕事だ。

 

 「大変そうですが、わかりました。私と石丸さんの仲ですし、受けさせていただきますよ」

 「助かるよ。それと今まで以上の情報がほしい。頼むね」

 「出発はいつですか?」

 

 石丸さんにこれはちょっとした借りというニュアンスを含ませてから、条件面の確認を綿密に行い、満足する条件で本日見送りの誰もいない空港で、安全な空の旅になることを祈りながら、日本を立つ。

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