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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
44/77

第43話 負けられない戦いがそこにある

 「うぉぉぉぉっぉぉぉーーー!!」

 

 真っ赤な顔をしたベニートが急に彼我の部屋を飛び出し、そのまま帰ってくる気配はない。呆然とその様子を見ながら、何が起こったんだと考えるが、ふと時計を見ると21時半になっており、そろそろミーティングに行くかと支度をする。

 廊下を出た所で、こっちを見て自分を待っていたかのように手を振ってくる中町に会う。

 

 「どうしたんだ?待ってたのか?呼んでくれればいいのに」

 「いぃぃぃややや。待ってない、待ってないよ~」

 「何そんなに動揺してるんだよ?」

 「そんな事ないしぃ~」

 

 頬を膨らませ、自分は君の指摘どおりの事なんて何も考えてないんだからと主張するが、どう見ても今着て偶然居合わせた感じではない。

 あまり突っ込むのもかわいそうかなと、そのままスルーする。

 

 「そうか」

 「・・けどちょっと独房に入ったから心配だったんだ」

 「ああぁ~あれはやばかったわ。動いてないと水の落ちる音がさ・・・」

 

 などと言いながらミーティングルームに2人横に並んで歩いていく。

 

 (彼我は僕がどれだけ心配したかわかってないんだ)

 

 自分が心配しているのに気がついてもらい得ない事に腹を立てるが、彼我からしてみれば結構理不尽な要求であり、そんな中町を気にした様子もなく会話を続ける彼我にイライラするが、意外と元気そうでよかったとも思う。

 ほっとした所に不意打ちのように彼我が、気にしていた話題を振ってくる。

 

 「しかし、また一緒のチームになったな」

 「そ、そうだね」

 「これも何かの縁かもしれないな」

 「え、縁?!」

 「さっきから何どもってるんだよ?」

 「どもってないよ!」

 「お、おう。そうか」

 

 さっきから様子がおかしい中町にどう接していいのかわからないので、口数が減ってしまう。

 そんな中唐突に中町から少しボリュームのある声で質問が来る。

 

 「さっきベニートが大声を上げならが飛んでいったけど、どうしたの?」

 「ああ、俺もよくわからんのだが、あいつも心配して来てくれたみたいでさ」

 「ふ~ん」

 

 明らかに不機嫌になる中町に、今日は色々ありすぎだと嘆く。

 ミーティングルームに入ると、チームメイトが何人か座っており、その中に箕河の姿もあった。

 

 「箕河帰ってたんだな」

 「ああ、俺も独房解放だとよ」

 「しかし、やばかったな」

 「正直、今回のことで人を殴ってはいけないとよくわかった」

 「殴られてないけどな」

 

 そんな2人を横目で見る中町の顔は能面のようにどこか、作り物のように冷たい目をしていた。

 そんな中町をほって、2人は共通の話題が出来たように独房での話しで盛り上がり、周りは中町からにじみ出る冷気で表情が固まっていく。

 緊張が破裂しそうな雰囲気に皆口が彼我に声をかける。

 

 「しかし、よかった。2人とも元気でさ。うんうん」

 「皆口急にどうしたんだ?」

 「どうもしねーよ。そろそろ監督達が来るようだしさ、あ、彼我、あそこ(中町の隣)に座ってくれよ。他の席は予約済みなんだ」

 「予約って。まぁ別にいいけど」

 

 彼我が中町の隣に座ると、冷気が収まっていきその場にいた選手達がほっとする。

 

 (あいつって結構天然だよな?)

 (あいつだけじゃねーよ、あまてらす様も天然過ぎるわ。怖くてしかたなかったぜ)

 

 彼らの間だけで呼ばれている中町に共通のあだ名がつけれれており、男子だけの世界で緩衝材としてちょっとしたアイドルのような扱いになっている事から、おちゃめなあだ名がつけられているが、光差す神からご乱心すると絶対零度の冷気を発するツンデレとして、最近は見られ始めている。

 あまてらす様がご乱心する時は、ほぼ彼我がらみであり周りから見ても、たぶん”そう”なんだろうなと思われている部分がある。

 それからミーティング開始10分前には全員席に座って監督達を待つ。

 喜多島、武田と部屋に入って来て続いてスタッフが定位置に着く。

 

 「急なミーティングに付き合ってもらってありがとう。次の練習試合の内容が少し変更されたので早めに発表したくてね」

 

 喜多島の軽めの挨拶と共に、試合の内容が発表される。

 13対11の試合内容を確認し、挙手が上がる。

 

 「青木君どうぞ」

 「内容は理解しましたが、どうしてそんな試合をやることになったんですか?」

 「いい質問だね。前回U-17との試合で旧レギュラーチームが守りに徹した彼らになかなか点数を上げられなかった事は覚えがあるよね?」

 「はい」

 「つまり、同じような状況で少ない人数で試合を行い点を取っていく為の練習を行うことになったんだ」

 「では11対9でもいいのでは?」

 「できるだけ、チームとして機能している状態11メンバーで、2人多い相手チームに対してこの練習を行う事に意味があるんだよ。その意味は実際体験してみないとわからない事もあるが、簡単にいうと”楽”になるんだよ」

 「”楽”になる?」

 「う~ん、さっきも言ったけど体験してみるのが一番わかりやすいんだけど言葉で表すとしたらスキーでいきなり頂上から滑り降りて、その後低い所ですべると楽になるって言えばいいのかな?」

 「難しい事をこなした後に、普通に戻すと楽になると言うことですね」

 「そういうことだね。そしてまずは難しい方の13人を相手にするわけだが、僕としては勝ちに行くためにあえて、この前半で点を取ろうと思う」

 「どうやってですか?」

 「キーマンは彼我君だよ。そのために彼に今回の処分を取り下げてスタメンに入ってもらう事にしたんだ」

 「彼我にですか?」

 

 本人以外の視線が一気に注目する。詳細を何も聞いていない彼我にとっては説明しろ的な視線を投げられてもなんともいえないわけで、喜多島がそんな雰囲気に説明を始める。

 

 「彼は何も知らないよ。まだ何も話してないからね。何から話をしようかな。とりあえず、彼のパスが取れない事から話をしようか。彼は闇雲にパスを出しているわけじゃないんだよ。あのパスを取れる選手がいるとしたら?」

 

 喜多島の問いかけに、アルバートが答える。

 

 「・・・ベニートですか?」

 「そう、正解。後もう一人カミロ・アビラ。彼らと彼我君はよく3人で練習をしている。常に限界ギリギリを一歩超えた練習ばっかりだ」

 「限界ではなく?」

 「そう、昨日取れなかったパスが、今日取れるようになる。今日のパスは取れなくても明日取れるように工夫する。そんなことばかりしているんだ。もちろんパスだけではなく、トラップ、シュート、ドリブル常に前だけ見てひたすら走り続ける。もちろん君たちも同じような事をしていると思うが、レベルの高い選手が全力以上の練習をしているんだ。当然レベルの上がる速度が速い。僕から見れば、君たちは凡人の域だよ」

 

 重い空気がミーティングルームに立ち込める。

 そんな重い空気を作った本人が、少し緩和させる。

 

 「しかし、君たちはこのクラブチームで”まだやっている”。あの気の短い小田さんが必要としているんだ。君たちにしかない何かを感じているはずだし、まだそれは僕にはわからない。だから君達を現在の時点でもっと上に引き上げて上げる事ができないのが残念だよ」

 「俺達にしかないなにかですか?」

 

 アルバートが口にした言葉に優しく喜多島が答える。

 

 「僕は小田さんとの付き合いが長いからね。あの人はサッカーにとことん紳士的だ。だから妥協は許さない。不要なものは、ばんばん切り捨てていくのがあの人のスタイルなんだ。そんな彼が誰も切り捨てていない。信じていいと思うよ。あの人の事は」

 

 さっきまでの重たい空気ではなく、喜多島の言葉に信じて次に繋げていこうとする選手達の目を見て、ああこれかもと喜多島は思う。

 誰もが、強い心を持ち続けられるわけではない。特にプロという世界で時には本来自分が持つパフォーマンスを出し切れない事もあるだろう。しかし、それでもプロである限りは前を向き追い続けてるしかない。

 弱い心と向き合いまっすぐに進める選手達を集めたんだなと感じていた。

 

 「そんな小田さんは一つだけ天邪鬼な部分があってね。気に入っている選手はとことん、苦境をぶつけて来るんだよ。その苦境を乗り越えると必ず一皮向ける。今回選ばれたのが彼我君なんだ。この試合をする前に、反省をする意味で独房に入った彼に対して、切り捨てろ的な発言をしていたけど、本心でもない事を口にするときに出る癖、つめを噛んでいたからね。ああ~これは彼我君をぜひ使えということだろうと僕は感じたんだ」

 「という事は彼我のあのパスがカギになるわけですね」

 「そうだろうね。速く、正確なんだよ実は。”受けられる選手”がいれば必ずチャンスが生まれるはずだよ。どんなに相手に人数がいてもね」

 

 選手達からやる気の炎が見える。それを見て武田は、頭を掻いていた。

 

 (喜多島さんよ。あんた十分監督としての素質があるじゃないか。ここまで選手をひきつけられる人間はそうはいねーぜ。認めるよあんたのこと。けど俺は負けてねーけどな)

 

 どこか負けた気分になりながら、同じ監督の立場として負けるわけには行かない武田は厳しい顔を喜多島に向けながら、自身も監督として向上していく決意をするのだった。

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