第42話 親友
ゴンゴンゴン。ゴンゴンゴン。
空洞ある鉄板の扉を叩く音が聞こえる。リフティングを始めて何時間たっただろう?
ここに入ってからずっと先が見えない考え事とリフティングを続けて、そこにいきなり扉の叩く音が聞こえ集中していたせいで体がビクッ!と跳ね上がる。
「おお。びっくりした」
恐怖を言葉に出したおかげで、少し気分がはれボールを置いて扉に近づき警戒心なく、ノブを回す。
そこには予想していない人物が立っていた。
「喜多島監督?」
「こんばんわ、ちょっとこの部屋に興味があってね、中に入れてもらってもいいかな?」
喜多島は右手を縦にして笑顔で軽く挨拶を交わし部屋に入ってくる。
彼我は、時間的に考えて食事が運ばれてきたのだと思っていたのだが、思わぬ人物に何も言えず、勝手に部屋に入ってくる喜多島を中に入れるしかなかった。
「へ~こんな風になっているんだ」
顔を回しながら、部屋の様子に子供のような好奇心が感じられる声色で、独り言をつぶやき、彼我に向き直る。
「うん。もういいや。さぁいこうか」
「はぁ?」
展開が急過ぎて話についていくことができず、困惑する彼我に手招きで呼び出し廊下に出るとそのまま施設の出口へと歩いていく。
その後を追いかけて、何事もなく独房施設を抜け食堂のある建物へと向かっていく。
食堂に入ると喜多島は適当なテーブルに腰をかけ、自分の前席に座るように指示をする。
「腹減ってるだろ?適当に食べなよ。話は食べながら聞いてもらっていいからさ」
よくわからい状況だが、喜多島の指摘どおりおなかもすいているし、じゃあと立ち上がり厳さんに日替わりディナーを頼んで手早く作ってもらい、豚肉の野菜炒めが乗ったトレーに熱々の白ご飯と味噌汁をよそって席に戻る。
手を合わせて、食事をし始めると喜多島の話が開始される。
「とりあえず、今回の独房入りの件はおしまいだ」
「おしまい?」
「そう。ちょっと事情が変わってね。君が次の試合で必要になったので、小田さん、武田さんと話しをしてスタメン落ちもなくしてもらった。」
「事情ですか?」
彼我の中では少し、今の話でほっとした部分があって一呼吸つく。リフティングをしている間、ネガティブな想像もしてしまい、喜多島の後ろを着いていく間、もしかしたら日本に帰国させられてしまうのではというちょっと行き過ぎた考えもあったのだが、今の話から自分はまだここにいることができるとわかり胸をなでおろす。もちろん喜多島の前でそんな姿は見せないが。
「次の練習試合が変則ルールで行われることになったんだ」
「変則ルールですか?」
「13対11で練習試合を行う」
「どういうことなんですか?」
詳しい説明を喜多島が始める。
今回の練習試合は13対11で行い、前半Aチーム13人対Bチーム11人で行い、後半は逆でAチーム11人対Bチーム13人で行う。
前半が終わってAチームの13名のうち2名は後半使えないので、そのまま使い捨てで、後半のベンチ選手としても扱わない。
後半は逆にBチーム13人で絶対にベンチから2名追加しないといけない。
後はサッカーの基本ルールと同じで、前後半で人数だけが変更されると説明を受けた彼我はなぜ自分がここに呼ばれたのかわかっていなかった。
「今の話を聞くと、後半から出れる俺を独房から出す理由がいまいちわからないのですが?」
「簡単な話しさ。前半から君を使いたいからだよ。それとも何かい?まだ独房にいたかったの?」
「いや、それはないですけど、俺を使いたいってどういうことです?」
「いったままの意味だよ。22時からBチームのミーティングを行うんだが、そこで彼我君が必要な理由を教えてあげるよ」
時計を見ると今は20時を少し過ぎた所。
説明を受けている間、食事を進めていたのでトレーには食材はほとんど残っていない。
喜多島はミーティング場所を告げるとそのまま席を立ち、後で会おうと言いながらその場を後にする。
彼我も食べ終わって、汗を掻いたTシャツの袖を伸ばしてかぐとおじいちゃんのような皺が出来た顔を作り、一旦自室に戻ってシャワーを浴び服を着替える。
頭をハンドタオルで拭いていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえる。
「開いてるよ~」
扉を開け部屋に入ってきた人物は予想していた通りベニートだった。
(ああ、最近俺ノックの音でこいつと予想できるようになっちまったよ)
ちょっと不機嫌なベニートが入ってきて、背もたれがついたパイプ椅子に座ると、腕と長い足を組み睨みつけてくる。
そんなベニートに声をかけるのが面倒だなと思いながら、それでも話をしないと進まなそうなので、話しを振ってみる。
「なんだよ?」
「どうして今日は練習に来なかった」
「ああ、独房にいたんだよ。それでさっき開放された所だ」
「何をしたんだ?」
ちょっと心配そうに聞いてくるベニートに、意外と気を使ってくれる事があるんだなと、ここでなんでもねーよと言うとすねるので素直にあった事を話す。
「それでお前はどうしたいんだ?他の奴らに合わせるのか?」
「合わせるって合わせられないから独房に入ったんじゃねーか」
どっかかみ合っていない会話に違和感を感じながら、ベニートの言葉に彼我が驚く。
「お前は勘違いをしている。”お前が合わせられないんじゃない相手が合わせられないんだ”」
「ん?どういうことだ?」
「俺は説明が下手だし、遠まわしな言い方はできん。なので気を悪くする言い方になるがいいか?」
「ああ」
「レベルが低いと言っている」
「あいつらのか?」
「そうだ」
「けど、それって・・・。そういうことか。だから俺に”合わせるのか?”と聞いたのか」
彼我が思い至ったのが、自分のレベルが100と考えた時に、ベニートの言うとおり、他の選手のレベルが80だったり90だったりした場合、彼らに合わせてレベルを落とすプレイをするのかという事だった。
しかし、自分がそのレベル100と言う考えはなかった。
どちらかといえば自分のレベルが低いから合わせられない、合わないと感じているものだとばかり思っていたのだが、ベニートの話で少し自分の見方が変わった気がする。
そういう考え方もあると。
ただやはり、サッカー経験の浅い彼我にとって自分のレベルが高く、相手が低いという考え方は薄く頭に入ってこない。仮にベニートの話を受けて”相手に合わせる”ことになれば、自分はうまくできるのだろうか?
と言う考えが顔に出たのか、ベニートが思考の隙間から声をかけてくる。
「相手にうまく合わせて立ち回る必要はない。俺達はひたすら前を向き走り、着いて来れない奴はそれまでだ」
「仮にそうだとしても、孤立してしまっては・・」
「彼我、お前は何の為にここにいる?」
「それはワールドカップを優勝する為だ」
「誰の為に」
「自分の為に」
「答えは出ているじゃないか」
何でこいつの前ではこんなに素直に言葉が出てくるのだろうか?そしてほしい答えが返ってくるのだろうか?それは同じ目線で同じモノを見ているからなのだろうか?
ベニートの問いに即答で答えつつも、彼と同じチームでワールドカップの舞台に立つことのできないなんともいえない寂しさを感じつつ、それでもライバルとして同じ舞台に向かうことの喜びもあり表現しづらい感情が心の中で渦巻く。
「どんなに国を背負って戦うといっても、戦うのは個人個人だ。能力に差があるのは仕方ない。サッカーはチームで行いその能力を何倍にも高めるスポーツだが、同時に最後に”個”の力が必要になる場合がある。そこがサッカーの魅力でもある」
ストイックなほど、前を向き続け自分を高めるベニートの言葉に彼我は、尊敬しつつどこか悲しげな気分になり、質問する。
「ベニートお前は寂しくなったりはしないのか?」
「お前がいれば問題はない。最後に俺の前に現れるのはお前だと確信している」
こんな化け物みたいな奴がここまで言ってくれてるんだ。やらないわけにはいかないと笑顔で彼我はベニートに答えを返す。
「有難うよ親友」