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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
42/77

第41話 価値観

 「ここが・・・」

 

 彼我がいる場所、4畳ほどで内装はつるりとしたねずみ色の冷たそうな色をしたコンクリートで覆われており、もちろん床も周りの壁と同じ仕様で出口は今入ってきた入り口だけ。

 この部屋にあるのはガラスが張られた鉄格子てつごうしの窓と、駅のトイレで見る白い洗面台、後むき出しの旧タイプ(ウォシュレットが付いてない便座タイプ)の洋式トイレと備え付けのベット。トイレは綺麗に清掃されているようだが、むき出しと言うこともあり、イメージ的に臭ってきそうで、想像したアンモニアの臭いが幻覚のように香ってくるようである。

 洗面台の蛇口から水が表面張力に耐えれなくなった瞬間1滴滴り落ちる。

 ピチョーン。

 水が排水溝に落ちる音が、この部屋の不気味さをより引き立てる。

 戸惑う状況に口をあけ、乾いた唇を舌で湿らすと、入ってすぐの右に設置されたベットに腰を下ろす。

 ここでもギィィという錆びたスプリングの音が部屋のBGMとして恐怖心を掻き立てる。

 

 「まるでホラーハウスだな」

 

 恐怖心を口に出す事で緩和する作戦に出るが、口に出した事で余計に意識してしまい、静まりかえった部屋で幻聴が聞こえてきてもおかしくないとさらに、自分を追い込んでしまう。

 ピチョーン。

 滴り落ちる水の不気味さに耐えられず、ベットを立つと蛇口ハンドルを閉める方向へ回す。

 ハンドルは変えたばかりなのか、まだ新しいのだが、蛇口自体は少しサビが目立っており、どれだけきつくハンドルを回そうとも、水が止まる気配はない。

 ただ、さっきより心持ち水が落ちるスピードに変化があったかなと思う程度である。

 ため息しか出てこない。

 

 「・・・これが独房か」

 

 支給された唯一のアイテム、サッカーボール。

 周りの壁を良く見ると丸いカタが付いており、ここでの生活がいかに精神的にきついものかを物語っていた。

 

 「1日だけの辛抱」

 

 気を紛らわす為、大道芸のピエロがお手玉をするように、ボールをコントロールし、リフティングを続ける。

 なぜこんな状況になったのかを考えながらでも一度もボールを床に落とさない。

 軽くつま先からボールを左右の足でリズムよく蹴り、膝、肩、頭などで色々な組み合わせのリフティングを繰り返す。

 この状況になったのは、チーム編成があって3日後のことである。

 試合に向けてチーム練習を行っていたのだが、彼我が出したパスに箕河が追いつけず、ちょっとした口論になってしまった。

 

 「彼我今のはきついって」

 「そんな事はないと思うがな」

 

 2人の様子がおかしいと選手達が集まってくる。

 彼我の否定に、箕河と同じ意見を持った選手達が確かに最近パスの要求きついんじゃねーの?など声が上がる。

 日本人選手だけにとどまらず、アルゼンチン選手達からも同じような意見が出ている事から、そんなにきついパスを出していたのかと認識を改めようとするが、ある人物なら追いついてくれると、心が周りからの意見を認めようとしない。

 

 (あいつなら、当たり前のように追い着いてゴールまで突っ込んでくれるはずなんだ)

 

 心の声が出そうになるが、それは個人の力量を攻めているようで、さすがに出すのを控える。

 しかし、次に出てきた言葉は、つい自分の立場が周りから攻められている気分になったのか、ベニートならという気持ちが変換されて出てきたモノなのかわからないが、批判的な音域を含んだものだった。

 

 「真剣に練習しているのか?」

 「ぁ?当たり前だろ。チーム編成があってこれから面白くなってくるのに、スタメンで試合に出なけりゃ意味ねーじゃん。ベンチを暖めてなんになるんだ?」

 

 彼我の一言でかなり箕河と険悪な雰囲気になり、一旦はチームメイトの仲裁で別れはしたのだが、練習を再開しさっきと同じようなスピードでパスを出す彼我に、箕河がキレた。

 

 「喧嘩売ってるのか?!」

 「そんなつもりはないんだが」

 「じゃあなんなんだよ!!」

 

 箕河が彼我の胸倉を掴み、殴りかかろうとした瞬間、箕河の右腕が弾いた状態で止まる。

 

 「そこまでだ」

 

 武田監督補佐に箕河の腕は掴まれて、止めてもらった事により箕河が状況に冷めたのか、顔が白くなる。

 

 「お互い熱くなるのは判るが、その熱さは本来試合で発揮されるべきではないのか?」

 

 武田の言葉に何も言えず、二人は黙って話を聞くしかなく下を向いて反省をした顔をする。

 

 「頭を冷やす為に一日、独房入りと次の試合はスタメンからはずす。いいな?」

 

 何かを言おうと顔を上げる箕河だったが、武田の顔を見た瞬間何も言えず、再度下を向くしかなかった。

 彼我もため息と共に、武田の言葉を受け入れる。

 練習をそのまま切り上げて、2人は係員にかなり離れた場所につれてこられる。

 その間、2人は話をする事なく係員の後についていく。

 着いた場所は、林を抜け小高い丘のような斜面を上がり目の前に立つボロボロの建物。

 所々にヒビが入り、補強でその上からコンクリートを塗っているようだが、補強されているようには見えない。

 はっきり言って、リアルオバケ屋敷と言っていいだろう。

 建物の玄関をあけ天井には、むき出しの白熱灯がいくつかぶら下げられており、そのうちの一つが切れかけているのか、不規則にチカチカと点滅する。

 どこからともなく聞こえてくる水の落ちる音。

 係員が先頭で歩いていき、それについていく。

 もうこの頃には、2人にはさっきまでのわだかまりなどはなく、ただ恐怖を共有する友に変わっていた。

 自分達はここまで精神的に追い込まれる罪をおかしたのだろうかと、さっきからのどの渇きが尋常じゃなく何度も生唾を飲み込む。

 係員が急に止まり、ゆっくりこっちを向くと、箕河を指名し独房に入るよう促される。

 涙目の箕河は彼我を見て、助けを求めるが彼我は左右にそっと首を振り、目で会話をする。

 

 (すまん俺が悪かった)

 (気にするな彼我。生きて帰ったらゆっくり分かり合おう)

 

 2人は頷きアイコンタクトでそんな会話をした気がした。

 ギィィと鳴る独房の扉を閉められる間、隙間から箕河の泣きそうな顔が忘れられない。

 彼我がつれてこられた独房は、箕河からかなり離れた場所の部屋だった。

 今まで歩いてきた中に結構部屋があったはず、なぜここまで離れる必要があるのか?そういった心理が、恐怖心をさらに加速させる。

 

 「では、これを」

 

 渡されたボールを受け取り、最後にご飯が配膳される時間を告げられ扉が閉められる。

 バタン!と風の勢いなのか係員が力の加減を間違えたのか、それとも意図的なのかわからないが、急に扉を閉められて、ビクゥと体が反応する。

 ここで冒頭の話に戻るわけだが、彼我はリフティングをしながら2回目の今回原因となったパスについて考えていた。

 パスを出す瞬間、ベニートの幻影が見えたような気がして、つい力が入りきつめのパスを出してしまったのである。

 チーム編成があった日の夜からベニートとアビラと3人での練習がさらにきつくなったが、彼らが要求する練習内容の濃さに疲れながらも何とか着いていけるようになっていた彼我は、チーム練習で他の選手と”合わせられない現象”が起きていたのだった。

 少しずつベニートとの練習で蓄積されたサッカーセンスは、彼我が自分で思っている以上に、他の選手より先に行っているのである。

 その自覚がないまま、U-17とレギュラチームとの試合で、ベニートに出した最後のパスが彼我の中で大きく”信頼”に繋がっており、困難を切り開ける選手として脳が認識してしまった事で、彼に並び立つ選手としてセンスを磨かねばと前向き差がさらに加速し、彼我に急成長期をもたらしているのである。

 しかし、彼我は自分は下手になったんじゃないだろうか?と不安な気持ちになっていた。今までうまくいけていた事が急にできなくなりスランプに陥っているのではと必死に戦っているのである。

 本当は彼我の急成長は喜ばしい事のはずなのだが、チームとしてのバランスを狂わせ、練習を見て来た喜多島は、頭を抱えていた。

 

 「チームの要となる彼我選手が、スタメン落ちとは」

 「気がついていると思うが、彼我の突出したセンスは今のチームでは扱いが非常に難しい」

 「中町選手とはいけそうですが?」

 「中盤を得意とする彼我とフォワードの中町がコンビで回せると思っているのか?他の選手をしっかり使っていかなければ、歪が生まれてチームが崩壊する。だが喜多島さんよ、初日に伝えたと思うがあんたはチームの戦術だけを考えてくれればいい。俺があいつらを鍛える。この方針に変更はない。今否定した中町と彼我のコンビプランが最善だと思うなら実行すればいい」

 「その前にこの件を総監督の小田さんに話をしておきたいのですが」

 「もう耳には入っていると思うがね」

 

 2人は総監督の執務室に向かい、20分後扉の前に立つ。

 喜多島がノックし、扉の奥から・・・どうぞという声が聞こえる。

 挨拶をしながら入ると、何人かの係員から説明を受けているような小田を見て、改めたほうがいいかと聞くが、問題ないとのことなので、少しソファで待っていると小田が目の前のソファに腰をかける。

 

 「大体用件はわかっているが、彼我についてか?」

 「話が早くて助かります。率直にお聞きしていいですか?」

 

 小田が喜多島の質問に頷き、今まで聞きたかったことをそのまま声に出す。

 

 「なぜベニートと彼我を同じチームでやらせないんですか?」

 「それは日本のためになるのか」

 

 短い回答の中に色々な含みを感じ喜多島は次の言葉が出てこない。

 

 「喜多島、我々はチーム運営が目的ではない。日本サッカーを根底から変革しワールドカップの優勝が目的だ。イタリアリーグでのチーム運営は手段であって目的ではない。もちろん結果があっての手段だが、彼我一人がチームを動かしているわけではない。合わせられないならそれまでの男だということだ」

 

 喜多島の悩みをそのまま、見てきたかのように受け取り、そして切り捨てる事も判断だという。

 しかし、小田の言葉に本心ではないような気がして、喜多島が新しい答えを導きだす事に期待しているような風にも感じる。

 

 「今、悩める事のすべては喜多島に取ってオランダリーグで絶対に必要になる。俺達から送れる最高のプレゼントだと思ってがんばってくれ」

 

 俺にはそんな優しい事言ったことねーじゃんと武田は思ったが口には出さない。

 

 「武田。お前には言わなくても解決方法がわかっているはずだろうが」

 「俺の顔から心の声を読むんじゃねーよ」

 

 にやける2人の間で喜多島は小田から言われた言葉をかみ締めていた。

 

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