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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
40/77

第39話 軌道修正

 -------実況解説 -------

 ジュン:「U-17との試合すべて終了しました。今回の試合と、全試合の感想を聞かせていただけますでしょうか?」

 喜多島:「今回のレギュラーチームとの試合ですが、本当に惜しい場面ばかりで、このまま決まってしまうのではと思ったのですが、よく見ると、ディフェンス陣の動きのおかげでシュートコースを限定されてしまってU-17としては撃たされたという気持ちが強いんではと思いますね」

 ジュン:「シュート数、ポゼッションも前半と同じ、U-17が押しているデータが出ていますね。チャンスの中、決定的な場面で決めきれないのはどういった部分だと感じましたでしょうか?」

 喜多島:「決定的な場面で決めきれない弱さも確かにあるんですが、この場合はレギュラーチームの力の差がそのまま出てしまったのではと思いますね」

 ジュン:「力の差という事ですが、データ上では悪い状況ではないんですよね?それは個々の力ということでしょうか?」

 喜多島:「今回の試合に限りですが、レギュラーチームの個の力はU-17に封じられていましたし、そうとは言い切れないでしょうね。僕が感じたのはチーム全体の精神的な力とでもいうのでしょうか?負けられない何かを背負う気持ちのようなものを感じました」

 ジュン:「PKもはずしてしまいましたし、これからのU-17として課題が多く残る試合ではと思うのですが?」

 喜多島:「PKをはずしたと言うより、彼我選手のね、もう本当にびっくりするセービングのおかげだったと思いますね。相良選手のキッカーとしての資質よりも、そこは感じましたね。後U-17としての課題ですが、ここから全試合の話に繋がるのですが、パスが横、後ろが目立って、縦に対する意識が薄いのではと思いますね。非常に縦にパスを入れる技術は難しいのですけどね。やっぱりボールを獲られるという意識がありますから、なかなか前に出せない所なんですがね」

 ジュン:「フル代表でもそこの改善に向けての取り組みがされている部分ですよね」

 喜多島:「そうなんですよね。タッチ制限から前へと運ぶ意識をつけていくという取り組みで、相手ディフェンスの隙間を突破できる選手が必要になってくる中、さらに突破した後にチャンスを生かせる選手となると本当に限られてきますから、下の年代から意識改革はやっていくべきでしょうね」

 ジュン:「そういう前へ行こうとする意識は、この施設のチーム全体で見られる傾向だと思いますがどうでしょう?」

 喜多島:「各監督が海外で活躍していた選手ですからね。ゴールに対する意識が縦へと繋がる動きを重視して練習しているんだと思いますね」

 ジュン:「ボールタッチ数は少ないですし、ポゼッションも試合の印象から見て、これぐらいだったかなというデータですが、チーム全体で前へ出て攻撃しているイメージがあるので、最後に決めて目立ってしまう選手はいてますが、そこに繋げるタッチワークでチームとして強いという印象がありますよね?」

 喜多島:「そうですよね。ああ~だからですかね。U-17と同じ運動量に見えて、少ないボールタッチで前に運べる分、瞬間的な前への動きだけでよくて、無駄な動きが少ない分スタミナに余裕があったのかもしれないですね。見えない技術の差かもしれません」

 ジュン:「なるほど~。レギュラーチームのプレスから高い位置ボールを奪う事が多く見受けられましたけど、後ろから奪ってそこから攻める時と比べると走る距離が大きく、スタミナに影響がありますからね。最後のレギュラーチームとの試合で、どうしてもベニート選手を抑える為にディフェンス主体のフォーメーションになってしまって、ボールを奪ってから後ろから攻めるカウンターを狙っていたわけですが、サイドを走る選手の動きがやっぱり前半と比べると落ちていましたし、中盤も大きく開けていたので、走らざるえない状況になっていたので、相良選手などは終盤辛かったのでは?」

 喜多島:「きつかったと思います。後ろで奪ってカウンターでロングボールでもいいんですけど、奪われる可能性が非常に高くなりますし、U-17のパスコースもうまく読まれていたので、なかなか前にロングボールを蹴りだしにくかったと思います。その中でよくあれだけがんばっていたんですけどね」

 ジュン:「U-17に縦への意識が付けば、今後楽しみになってくるのではと思うのですが」

 喜多島:「本当にその通りだと思いますね。さきほどから運動量の比較をしていましたが、U-17としては良く走れていたんで、今後に期待です」

 ジュン:「と、言うことでお伝えしてきましたU-17との試合、結果3勝0敗、クラブチームが勝利となりました。解説に元日本代表の喜多島 郷さんをお迎えしておりました。ありがとうございました」

 喜多島:「ありがとうございました」

 -------実況解説 終了-----

 

 ヘッドフォンをはずしながら、ジュンと挨拶を交わし解説室を後にする喜多島。

 個人の気持ちとしてはU-17に勝ってほしかった。

 やはりU-17とはいえ、日本を代表する選手達である。想いいれも強い。

 ユースメンバーも多くいる事で、ジャパンリーグをこれから担っていく世代の力量を見て世界と渡り合えると思いたかった部分もある。

 しかし、蓋を開けるとまだまだと感じる部分があるし、同じ日本人でもU-17とこの施設の選手達の気持ちの差が見て判る。

 表現しづらいのだが、共通しているのはもちろん”サッカーが好き”であると言うこと。

 取り組む姿勢も、まじめにやっている。でなければ、あそこまでの動きをできるはずもないし、代表に選抜されるわけがない。

 だが、何かが違う。決定的な何か。

 喜多島は、この施設のチーム練習を見る権限があり、ほぼ毎日顔を出している。

 昼の14時からチーム練習を開始するのだが、練習開始2時間前から各自で柔軟体操。

 そこから各チームによって練習内容に差はあるのだが、前への意識からのパスワーク、トラップボールコントロール、チームの連携を重視した練習、それを2時間ほどやって解散。

 個人的な練習はこの後、各自で行う。何時間も。

 もちろん、怪我を考えて練習をしておりトレーニングコーチが見張ってはいる。

 個人練習が終わるのが夜の10時。

 夕食休憩を挟み1時間休憩するが、それでもである。

 終始うれしそうに、お互い言葉をかけながら3対3の練習をしたり、個人でグランドを走ってみたりなど毎日である。

 オーバーワークになっていないかと心配になるが、トレーニングコーチの顔を見ると平然と見守っているだけ。

 彼らは、スマホ、携帯、ネットなどの娯楽はほとんどなく、ゲームはあるにはあるのだが、昼間に篭って遊んでいるというイメージはない。

 解説室を出て、ただぼーと歩くと行き着いた先はレギュラーチームのグランドだった。

 試合が終わって1時間たった後ぐらいだろうか、選手達はグランドで個人練習を開始し始めている。

 疲れもあるだろうが、年齢的に試合が終われば気持ちを落ちつける為に、みんなで遊んだりするものであるが、その方法が彼らにとっては”練習”なのだ。

 常にボールに触っていないと落ち着かないようだ。

 そんな彼らを見ていて気がつくと、目から涙がこぼれ落ちていた。

 哀れむ気持ちからではない。うらやましいのである。

 自分もサッカーをずっとやってきて、ジャパンリーグの設立から名門のチームに所属し、リーグ優勝も経験。

 日本代表として世界と戦う辛さ、喜び、挫折を繰り返し味わって代表を引退。

 現役最後まで同じチームに所属し、戦いぬいた記憶がまだ最近のように残っている。

 体が動くならいまからでも、現役に復帰して戦いたい。

 彼らを見ていると、忘れかけた、いや無理やり忘れようとした未練がよみがえってくる。

 自分がここにいる本当の理由。

 日本サッカー協会からのスパイ。

 しかし、初日にここの施設の館長に顔を見ただけで見抜かれる。

 

 「喜多島さん。この施設すべての映像に関して外部に漏れた時、多額の賠償金をお支払いただく事になるので、くれぐれもご注意ください。まあクライアントさんからせっつかれるとは思いますが、彼らの成長の記録は我々の収入源になる予定なので、映像を公開されるのは・・・わかりますよね?」

 

 館長室に挨拶に行った時、第一声がこれだった。

 まだ自己紹介もしていない状況で、開いた口が塞がらなかった。

 

 「ただし、こちらが提供する映像などはお使い頂いて結構ですので、それを使ってうまくクライアントさんにご報告してみてはどうでしょうか?」

 

 どうやってごまかそうかと、考えていると数秒後に打診があり、しらを切るよりもらえる資料を見て、考えた方がよさそうだと判断した。

 

 「どうして私が・・。」

 「そこから先は口にしないで下さい。公然の秘密というのはこの世にたくさん存在します。ま、そういうことにしておきませんか?」

 

 自分の正体を明かす瞬間次の言葉にかぶせてくるように言葉を返され、初めからイニシニアチブなんてなかった状況だったので、そのまま話を切り、その場を後にした記憶がある。

 

 「U-17のメンバーの見送りはされないのですか?」

 

 後ろから、いやな記憶がよみがえる声をかけられる。

 

 「塚元つかもと館長」

 「青春に当てられて、思いをはせていた所だったんですね。申し訳ない無粋なマネをして」

 

 こいつの目は千里眼かと思うほど、心を読まれる。

 塚元つかもと春臣はるおみ

 聞くところによると、このクラブチームのオーナーの一人、戸田橋の片腕と呼ばれていた男で、まだ40代と若いのにも関わらず、経営手腕は戸田橋が何も口を出すことがなかったと言われる逸材である。

 今回のプロジェクト「監獄のクラブチーム」のGMゼネラルマネージャーとして参加しており、運営管理などを任されている。

 少ない資金から、株などを売買し運営費に当てていると聞いた事があり、噂だがオーナー達から集めた資金の約10倍が現在の手元にあるとされている。

 

 「あなたは青春を感じないのですか?」

 

 急に彼の目に映る、選手達はどう映っているのか聞いて見たくなった。

 

 「すみません。正直に申しますと私にはその感覚はないですね。彼らは商品であり、サッカーというショービジネスの役者でしかない」

 

 殺伐としたものの言い方で語る塚元の言葉にコメカミが熱くなる。

 プロサッカー選手である以上、切っても切れない話がお金である。

 しかし、それは後から付いてくる結果だと持論があり、彼の言葉は表面上しか捉えていない。

 挫折、苦悩、スランプなど一人一人にドラマがあり、自分の意思とは関係なく引退を余儀なくされる裏の大人の事情もある。

 言い返す言葉を捜していると、唇を少し持ち上げて笑う塚元が口を開く。

 

 「いい顔だ。私はあなたのその顔が見たかった。サッカー、選手達を欲望まみれの”お金”という言葉で表現した私に対する怒り。それはまさしく、あなたが真剣にサッカーと向き合っている証拠。しかし判らない。そんなあなたはなぜ今、ここにいるのか?」

 

 さっきとは違って、優しく語りかけるように違う角度からの話しをされて、戸惑いを覚える。

 

 「どういうことですか?」

 「う~ん。判らないのですか?それともあなたはわからないフリをしているのですか?」

 

 彼の言っていることが本当にわからず、しかめた顔で無言の返事をする。

 

 「サッカーがやりたいのに、あなたはムリをしていると言っているのですよ」

 「それはもう年ですし、体が動くはずが・・・」

 「サッカーは選手だけが役者ではありませんよ。監督という道もある。私は現役時代のあなたのプレイが好きだった。攻守共にバランスがとれ、攻めてよし守ってよし前に出る気迫は内に秘めたものを感じていましたし、周りの選手を生かすことも忘れない。いい監督になれると思っているんですけどね」

 

 指摘された内容を考えなかったわけでもない。

 しかし、どのチームからも監督のオファーは着ていない。

 すぅ~と右手を差し出し、塚元が一枚の紙を手渡してくる。

 

 「オランダリーグですが、下位のチームが優秀な監督を探しておりましてね。どうですか?サッカーの世界に復帰されてみては?」

 

 目を見開き、紙を受け取りながら、どういっていいのかわからずただ呆然と立ち尽くす。出てきた言葉は消極的だった。

 

 「監督の経験がないんです」

 「ではうちの選手を使って練習試合で、あなたの指揮練習をされてみてはどうでしょうか?次のドイツにいる日本人選手たちとの試合まで時間がありますし。ちょうど、うちのプロジェクトも少し軌道修正する話が上がってきておりまして」

 

 今度は怪しく笑う彼の術中にまんまと、はまっていく自分を感じながら、転がり落ちる状況を止める事はできなかった。

 

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