第38話 ユースとの試合 レギュラーチーム その5
試合が終わり、グランドには数名の両チームの選手が残ってお互いの健闘を称えながら、今回のU-17の試合で初めての選手交流をしていた。
その中で、相良は彼我に近寄り、自分のユニフォームを脱ぐと、交換をお願いする。
「彼我、は~今回は負けたわ」
ため息をつきながら、右手でユニフォームを差し出し、相良は顔を上に向け必死に涙をこらえる。
そんな相良に冷たい顔を向け彼我はユニフォームを受け取ろうとしない。
「俺はお前とはユニフォームの交換はしない」
彼我の拒否に何でだよ?!と相良が食って掛かる。
「お前は覚えていないかもしれないが、俺ともう一人はお前が好きじゃない」
「ん?どういうことだ?」
「小学校の頃、お前が俺達にした事を思い出してみろ」
「なんだよそれ?」
彼我の言葉に思い当たる節はなく、顔をしかめながら相良は必死で考えるが本当に思い当たる節がないようだった。
「だろうな。いじめていたという意識がない奴はそんなもんだ」
「いじめ?」
「じゃあ思い出させてやるよ」
彼我の自分から見た視点での話をし初め、真剣な顔で相良は耳を傾ける。
彼我と相良は小学校が同じで、クラスは違ったが学年は一緒だった。
この頃から相良はサッカーのジュニアチームに所属し、小学生としては身体能力が高かった。
クラスでは人気者で、相良を中心に取り巻きが数人いて、休み時間になると運動場に飛び出し、サッカーを楽しんでいた。
初めその輪には彼我は関わっていなかったが、もう一人身体的特徴を持つ少年がいた。
彼はクォーターにあたり、祖母かロシア人でその特徴が顔と肌に少し出ていた。
名前は、藤塚 優という。
顔立ちも少し女性っぽいことから、身体的特徴と一緒に名前も使ってからかわれる事が多かった。
そんな中、人気者の相良は先生から優について、仲良くしてあげてねと話を受け、大人から頼りにされた事に気をよくし、俺がついててやるからなと、優によく絡むようになった。
その事で、優をからかう人間も減ってはきていたのだが、今度は相良が優を連れ出し、サッカーに混じるようにと、彼を運動場に連れ出す機会が増えた。
優は気があまり強いほうではなく、教室で読書などを楽しみ、同じく教室で過ごす仲間達と一緒にいるほうが良かったのだが、相良に気を使い運動場で遊ぶようになった。
サッカーは基本、周りとの連携が必要なスポーツであり、そういった遊びになれていない優は、なじめずだんだんとポジションを替えていき最後にはGKとして、ゴールを守るポジションに着く事になる。
一人で出来るポジション。
小学生の休み時間に遊びでやるサッカーにディフェンス陣の統括など指示を出す必要はない。
ただひたすらシュートを受け続けるしかない。
まだ相良が自分のチームに要れば、彼ががんばっているおかげでシュートが飛んでくる事も少ないが、逆に彼が敵ならば強烈なシュートが飛んできて、あたり所が悪ければ、顔、おなかと痛い思いをする。
初めは、優にお前ならやれるってと言葉をかけていた相良だったが、だんだんやる気をなくしていく優に俺達と遊ぶのがいやなのかと、腹を立て始める。
自分が楽しいサッカーを、”同じ楽しみ”を共有できないのは悪だとどこか子供ながらにあったみたいだった。
そこから、優をゴールに立たせ何度もシュート練習だと、ボールを使って優を叩きのめすような行為があった。
見かねた彼我が、声をかける。
「俺も混ぜてくれよ。いいだろ、智明?あ、俺さ、サッカーやったことないから優のポジション、ゴールキーパーだっけ?あそこがいいわ。優ちょっと俺と交代な」
「・・・だいちゃん」
「なんだよ、彼我、今までやる気なかったじゃねーかよ」
「ゴールキーパーさ。なんだか面白そうだと思ってよ」
「ふん、まあ、いいけど。俺のシュートすげーぜ」
「あ、そう」
それから休み時間、彼我は優と交代しつつ、相良の強烈シュートを何本も受ける。
手が真っ赤になりながらでも、優と一緒だった。
「だ、だいちゃん。もういいよ」
「ん?」
「僕の為なんでしょ?だってだいちゃん教室組みだし」
運動場で遊ばない子の事を外で遊ぶ少年達は”教室組み”と呼び、女子見てーだなとどこか馬鹿にする。
しかし、彼らには彼らなりの遊び方を見つけ、教室内で楽しく遊んでいるのである。
そのリーダー的な存在が彼我だった。
「野中さんこの間、僕にだいちゃんと外で遊ぶのはやめてほしいって言ってきた」
「ああ、そういえば一緒に作ってた手作りゲームがまだだったわ。今度家で一緒にやるように話しておくわ」
「そんな話じゃないんだよ!ぼ、僕のせいで。外の友達とも中の友達とも、僕は嫌われている気がするんだ」
「う~~~~ん。そういうことか。俺が外に出たから、中のあいつらが、優の事をいやな目で見てるって事になるのか。そりゃなかなか難しい問題だな。にししし」
急に笑いはじめる彼我を見て、優は顔をしかめる。
「なんで笑うんだよ。ぼ、僕は真剣に悩んでいるんだ」
「”お前のモノは俺のモノ。俺のモノは俺のモノ”とある国民的人気アニメのガキ大将が言っていた言葉だ」
「ん?」
「優の今、悩んでいる事の半分は俺のモノって事だ」
「どういうこと?」
「優と外のあいつらの関係を少しでも良くするよう俺が勝手にやってる事だ。それで、優がいやだってなら話は別だけどな。」
「僕がいやなはずないじゃないか!ただ、だいちゃんが中の子たちと・・」
「そこは気にするな。野中達とうまく遊ぶのも俺が勝手にやるって事だ。ま~なんとかうまくやってみるさ」
優の目から涙が流れ落ちた。
「だ、だいちゃ~~~~ん」
「うわ、きたねーな。ちょ鼻水が着くって!!」
涙を流しながら優に抱きつかれ、困ったような顔をするが、彼我は頭をかきながら楽観的にどうにかなるかと考えていた。
外の相良達との付き合いは、5年生の間だけで終わり、その間結構いやな事もあったが、優とどうにか乗り越えた。
野中達とは放課後、土日などを使って遊ぶようになり、ダンボールで作った自作ゲームなど、これも優と一緒に楽しい思いでを作った。
6年生に上がる前の3月半ばに急に優が引っ越す事になった。
「だいちゃん、ぼ、ぼく」
「これ、作ったんだ。またどこかで一緒にやろうぜ」
野中達と一緒に作ったボードゲームを箱に詰めて優に渡す。
「うんうん。絶対、絶対僕帰ってくるから。そのときまでこのゲームは大事にするから」
「おう!にししし」
笑顔で別れ、6年生から優がいなくなった事もあり、彼我は外に出る事はなくなって、相良のシュートも受ける必要がなくなった。
という話を彼我が聞かせると、相良は口をパクパクさせながら次の言葉が出てこない。
「あ~確かにそういう所あるわ。相良って自分の新しい技を見せ付ける為に何度も後輩を使って俺らに見せてた事があったわ。さすがにあれにはちょっと引いたかな」
相良の後ろからU-17の前島が声をかけてくる。
「ちょー!そこはフォローしろよな」
「正直、サッカー以外の相良はちょっとな」
「・・・マジか」
地面に手を付き崩れ落ちる相良を無視して前島が彼我に声をかける。
「彼我だっけ?いいキーパーだったぜ。本当何本か入ったと思った瞬間があったんだけどな」
前島の言葉に少し考えるように眉間をしかめる彼我。
「言っていいのかな、点を入れられた時点でさ、俺達強制帰国だったんだよ」
「え?!うそだろ?」
「ここの関係者が嘘を言うはずないんだよね」
「そっか~。しかしおしい事したな」
「おしい?」
「だってさ、お前と一緒に日本でサッカーできるじゃん」
「どうだろうな。ここだからサッカーやってるって気がするけどな」
「真剣にサッカーをやっているのか?」
前島の表情が急に硬くなる。
「そうだな。真剣だから”楽しい”をすごく肌で感じてる。体全体で喜びを感じてるんだ」
「ああ、やっぱりお前と一緒にサッカーやってみたくなったわ」
「それはムリだ。彼我は私のものだ」
彼我の隣にいつの間にかベニートが立っていた。
すごい不機嫌な顔をしている。
前島はベニートの言葉にどういっていいのかわからず顔をかく。
「ああ~気にしなくていい。いつもの事だ」
「いつものこととはどういう意味だ。彼我、さっさとシャワーを浴びにいくぞ」
「ちょ、ちょっと待てベニート。ご~か~いす~る~なよ~」
ベニートに引っ張られながら、彼我は前島に叫びながらグランドを後にする。
「いつまで凹んでいるんだ?俺達もいくぞ」
「俺のこと嫌いなんだろ・・・」
「めんどくせーんだよ」
「いてーな、ちょっと待てよーーー!」
前島にケツを蹴り上げられ、そのまま走って逃げられる相良は追いかけながら、機嫌を戻していた。
前島はそんな相良を見て、立ち直りの早い奴と思いつつも、そこは見習わないとなと付け加える。