第36話 ユースとの試合 レギュラーチーム その3
U-17の控え室では、興奮で熱気に包まれていた。
「よっしゃー!前半0対0。今日は負ける気がしねー!」
石田の言葉に、賛同する声が上がるが、一人腑に落ちないような顔をしている選手がいた。
(確かに前半ではうちのチームが押していたと思う。けど、あのゴールキーパーに何度もシュートを止められて、30分辺りからディフェンス陣に指示を出して、シュートコースをうまく限定する場面も何回かあった。素人ゴールキーパーの動きではないな)
前島は水分補給をしながら初めはイージーミスが目立っていたが、少しずつ状況の変化に対応してディフェンス陣を操りながら前半、ゴールを守りきった彼我の動きを分析していた。
共有しておく情報だとは思うが、下手な言葉で伝えて逆に彼我を過大評価し、前半の流れを止めてしまう事を恐れてしまい、うまく彼我について切り出せずにいた。
「どうした浮かない顔をして?」
相良から声をかけられる。
同じオフェンスとして相良だけでも彼我について情報を共有しておく必要があると口を開きかけた時、控え室の扉からノックの音が聞こえる。
「監督、ノックの音が聞こえますが?」
まだ後半戦まで、少し時間がある。
今まで、こんなタイミングで施設の係員が呼びにきた事はない。
不信に思いながらも、扉を多田川が開けるとそこには、長身の美女が立っていた。
「初めまして、当クラブチームのメディカルドクター兼カウンセラーをやっております栗原 紫苑と申します」
笑みを浮かべながら自己紹介され、多田川が少し照れたように顔を上げ下げする。
「で、どのようなご用件で?」
彼女が来た事の真意がわからず、多田川が聞く。
「申し訳ございませんが急を要しまして、広田選手と、坂田選手、長橋選手を診せて頂いてよろしいでしょうか?」
「うちにもドクターがおります。相手チームのドクターに診てもらうわけにはちょっといかないと思うのですが」
「ではそのドクターの方々も一緒に彼らを診て貰ってもよろしいでしょうか?先ほど申した通り、少し時間が押しております」
栗原の強行的な姿勢に、押されて多田川は反発しようとしたが、彼女の真剣な目にしぶしぶ承諾する。
指定された3人をベンチに座らせると、膝に手を当てる。
「監督すごい熱です!」
U-17のドクター達に診断が告げられ、栗原はさらに3人にソックスを脱がすようお願いし、3人は観念するようにソックスを脱ぎ始める。
見るからに肌の色が変色し、素人目にも彼らの状態が良くないことがわかる。
「この様子なら足首にも、何らかの負担があると思います。後半戦彼らの交代をお願いできませんでしょうか?」
栗原の言葉に、多田川は頷き、3人がこの状態になってもなぜ黙っていたのかを聞く。
「どうしてそうなるまでいわなかった」
「控え室に入るまでは普通だったんです。むしろ調子がいいぐらいでした。けど控え室に入って、腰をかけて休み初めてから急に膝に痛みが」
十分なアップを行い、整理運動を毎日している選手達にとっても、この状態になった事は驚きだった。
どこで何をして、ここまでの負荷がかかったのか?
「ベニートのマークでしょう」
栗原が原因を推測する。
「前半、彼は1分程度しかボールに触っていません。それだけ厳しいマークをこの3人がうまく連携を取りながら行っていたわけですが、ベニートもじっとしていたわけではありません。彼らのマークをはずす為に、必死で動きストップ&ゴーを繰り返してボールに触ろうとしていました。もちろん、ベニートにボールを渡さない為に、彼らも同じような動きをするわけですが、そこで問題として出てくるのが筋肉の柔軟性。ハードワークをしてもそれに耐えられるだけの筋肉の質が、この3人では不十分だったのです」
急な方向転換、急ブレーキ、急発進をひたすら繰り返すベニートに連携して動きに対応していたのだが、スピードに合わせるために自分達も知らずにムリをしていたのだ。
なまじ体が今日はよく動く分、ベニートについていけてなくてもそれに近い動きで、ムリを行っていたせいで膝に負担がかかったのである。
「彼らもサッカー選手です。それぐらいのハードワークについていくだけの練習をしているし、試合の中でハードワークの抜き方も体験しているんです。こうなるのにはもっと理由が」
多田川が興奮気味で自分の持論を口にするが栗原は首を横に振る。
「今日の試合10時からでしたが、選手達は何時に?」
「8時30分にはここに集合していましたが?」
「準備時間は?」
「それから1時間ほどです。整理運動や、ボールを使った運動を」
「あまり、お話する内容ではないのですが、ベニートは7時から9時までずっと整理運動だけを行い、ボールに触ったのはほぼ20分程度です」
栗原の言葉に控え室が静まり返る。
「これだけ言えば、想像できると思いますが、あなた達の筋肉は”硬い”のです。それと今日調子がいいのは、一週間という短い期間で試合を行って、本日最終日。この施設のグランドになれたと言うこともありますが、初日から見て”体がほぐれてきた”状態なだけです。はっきり言ってここの選手達よりあなた方の筋肉は硬い。」
「では筋肉の硬い我々はこの後急展開があるとおっしゃるのですか?」
多田川の顔が怒りに染まる。
さっきまで熱気で活気付いていた控え室に栗原の一言で冷め上がり、後半戦に影響する事は見えている。
それが狙いかとどこか邪推をしてしまい、多田川は自分の感情を口調から抑えることができなくなっていた。
少し悲しそうな顔をして栗原は続ける。
「試合については、わかりません。ただ私はドクターです。まだ17歳の若い選手達が今回の試合でつぶれていくのを見ているわけには行きませんでした。小田監督からは、あなた方に誤解をされるだろうと進言するなと止められましたが、もう一度いいます。私はドクターです。敵、味方関係ありません。彼らがつぶれるのは今じゃない!彼らは私が進言しなければ、調子のいい状態なのでまだできると、どこかで思っていたはずです。しかし、すでに体は悲鳴をあげているんです。17歳、まだ未成熟な体でベニートを追いかけるために120%のムリを45分間続けているんです・・・」
栗原の目に涙が溜まり、それでも懸命に流さないように我慢する姿に、多田川は心を打たれる。
知らなかったとはいえ、3人がベニートを追いかけ続け、たった45分間で蓄積された疲労が噴火する事に信じられなかった。
しかし栗原の純粋な気持ちを聞き、自分が大きな間違いを犯す可能性があった事を反省する。
「申し訳ない。私はうちの選手を信じきっていました。つらい練習を絶えてきた彼らが前半の45分間でつぶれるはずがないと」
「ムリもありません。私が言えるヒントは、ここの選手達はサッカーしか自由がないんです」
「どういう?」
「すみません。これ以上はここの規定にそむいてしまうので」
それから3人は栗原に連れられて医務室にいくことになった。
「あいつら、スゲームリしてたんだな」
石田の言葉に、全員が下を向く。
「だったら、あいつらの分まで勝つしかねーよ!」
相良が顔を上げて、選手全員の顔を見る。
そして一人、一人と顔を挙げ、誰から始めたか判らないが、選手達が円陣を組み始める。
「俺達は一つ!誰も欠けてねー!ベンチだろうが、スタメンだろうが関係ない。あいつらの分も含めて、今日は勝つ!!」
相良の言葉に大きく腕を挙げ、全員で気合を入れなおす。
(どうなるかと思ったが、本当にここに来てこいつらは成長した)
多田川は黙って、選手達を見つめていた。
-------実況解説-------
ジュン:「喜多島さん」
喜多島:「なんでしょう?」
ジュン:「前半終わって0対0、ひじょーに緊迫した内容の試合でしたが、どう思いますか?」
喜多島:「U-17としては、ディフェンス主体のカウンター狙いでサイドを使いよく動けていましたね。レギュラーチームもカウンターを警戒してラインが下がり気味だった事もあり、前に出るタイミングが非常に難しいのかなとも思いましたね」
ジュン:「レギュラーチームが下がった分、U-17としては全体的に押し上げてラインをうまくコントロールしていたようですしね」
喜多島:「その辺りで、ディフェンスがうまく機能して、0対0というスコアーになったんではないかと思います。本来なら上げたラインの分、裏を取られてしまう場面も想定されていたのですが、ベニート選手を3人のマークでうまくいなせていたのが、大きいですよね」
ジュン:「あそこまで抑えられてしまうと、ラフプレイに走りたくなりませんか?」
喜多島:「フラストレーションは溜まると思いますが、スポーツ選手ですからね。クリーンなプレイを心がけてほしいなと思います」
ジュン:「ポゼッション、シュート数を見てもU-17が押してますね」
喜多島:「前半の流れは完全にU-17にもっていかれていた雰囲気がありますからね」
ジュン:「後半戦、どのような展開が予想されるのでしょうか?」
喜多島:「お互い、ハードワークで走り続けて後半戦スタミナがどこまで持つのか、交代枠の使い方がカギとなると思いますね」
ジュン:「3軍、2軍共に、交代枠を使った事はないのですが、今回の試合それもありえると?」
喜多島:「流れを変えたい時に、選手交代もありだと思うんですよ。例えばベニート選手がいるから、3人のマークが付き、彼を警戒するからディフェンス陣に緊張感がうまれる。逆に彼を下げることで緊張感が緩和される可能性もあると思うんですよ」
ジュン:「なるほど、精神的な動きを試合の流れで、どう生かすのかという事ですね」
喜多島:「お互い、今日はよく動けているので、崩すとしたらそこかなっと」
ジュン:「では注目の後半戦、楽しみです」
-------実況解説 終了----