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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
35/77

第34話 ユースとの試合 レギュラーチーム その1

 (勝ちたい)

 

 試合1時間前。

 控え室で、U-17メンバーは円陣を組んで全員で気合を入れていた。

 その中で、相良智明は心の中で、ずっと勝ちたいと叫び続けていた。

 こんなに勝ちたいと思った事は正直初めてだと思う。

 今まで、ここまで願いを込めなくても、試合前にはどうにかなると感じていたし、それだけの実力、チームメイトに恵まれていた。

 U-17のメンバーに不満があるわけではない。

 みんな実力を持った選手達だ。

 しかし、ここに来て3軍、2軍と試合を行い、プライドをずたずたにされた。

 まだ17歳だが、これまでサッカーとは12年間の付き合いである。

 自分のサッカーに対する姿勢、プライドはU-17のメンバーとして選ばれるだけのモノはもっていると信じていた。

 ここ数日負けた事で、ガラスのように砕けていったプライドの欠片を拾おうとして、必死であがいていたが自分の顔を鏡で見てあまりにひどい顔をしていた事に、大笑いする。

 醜い顔をして、これが12年間やってきたサッカー選手の顔かと悲観した時、初めからそんな欠片なんてなかった事に気が付いたのだ。

 ないものを必死で探し、苦しんでいるよりさっさとそんな幻想は捨てて、現実を見る努力をするべきだと、気が付いたら心が軽くなり、2軍との試合後気がつけばボールをつかんで夜のグランドに出ていた。

 ほかの選手も同じだったようで、顔を見合わせて笑いボールを回し、1対1などをして純粋にサッカーを楽しんだ。

 

 (ああ~俺サッカー好きだわ)

 

 だから、好きなもので負けたくない。

 ”サッカーを好きだという気持ち”このプライドだけは手放したくない。

 俺はサッカーが大好きだ!

 そして、ここにいるメンバーで試合に勝ちたい。

 このチームなら勝てる。

 そう思うと、周りがよく見えるようになった。

 自分達は気負っていた。

 負ける事のない試合で負けた事に対するショックもあったが、相手を初めから上から目線で見下し、侮っていた自分に対する恥ずかしさ。

 相手が予想外に強いとわかると、気持ちが補正しきれずそのままずるずると、転がり落ちていく心の弱さ。

 それらを認めようとしない自分の無駄なプライドが体を強張らせ、本来の力を発揮できず、サッカーと真剣に向き合えていなかった。

 

 (どうか、神様この試合勝たせて下さい)

 

 無心教の自分が神頼みとはおこがましいかもしれないが、神に祈るのも初めてだしもしかすると神が気を利かせて願いをかなえてくれるかもしれない。

 サッカー選手の中には、シュートを決めた後に祈りをささげる選手もいる。

 深く自分の奥底の感情と向き合う為に目を閉じ集中する。

 先ほどまで、ざわついた控え室だったが、相良の集中と共に周りの選手達にも伝染して、目を閉じ集中しているのがわかる。

 全員気持ちは同じ。

 こんな事は初めてだった。

 相良は今までの試合の中で形式だけ、気持ちを合わせるために円陣を組むことがあった。

 そんな時は、だり~なと心で思い、となりの選手が誰かなんて気にする事もなく肩を組み、ただ何も思わず声だけを掛け合う。

 今組んでいる円陣はそうではない。

 この試合にかける意気込みが隣の選手、石田信孝からさらに隣の広田忠道さらに隣の選手と続き、一周回って自分に気持ちが繋がっている。

 数分、それ以上目を閉じていたかもしれないし、数秒だったかもしれない。

 スタッフ、監督まで円陣に加わり、一人でサッカーをやっていたと勘違いしていた自分が恥ずかしくなるが、この試合にその気持ちは持ち込みたくないと、別の事を考える。

 

 (早く試合がしたい)

 

 高ぶる気持ちが控え室に充満していく。

 気がつけば、足踏みが始まり、控え室に地面を踏む音が流れ始める。

 最後は全員、右腕を上に挙げ叫んでいた。

 

 「「勝つぞ!!!」」

 

 U-17のメンバー達は高揚した顔で控え室を後にしていく。

 最後に控え室を後にした多田川は、無言で頷き心でガッツポーズを作る。

 

 (ここに来る以前より、選手たちの顔つきがいい。間違いなくベストだ。ここに来れた事に本当に感謝したい。以前の浮ついた状態でアジア大会予選に出ていれば勝ててはいたが、本選でどうなっていただろうか?ここで気持ちが一つになった事に感謝だ)

 

 意気揚々と控え室を出てグランドに向かう。

 すでにグランドではアップするレギュラーチームの姿があった。

 レギュラーチームのベンチを見る。

 腕を組み選手達を冷たい視線で見つめる小田の姿があった。

 170cmほどの身長だがオーラが違う。

 ネームバリューだけの存在ではない。

 強者だけが持つ独特の雰囲気。

 監督が試合をするわけではないが、彼が持つオーラが選手達にも伝わってさらに力を引き出しているのではないかと思わせる。

 

 (気にするな。俺は俺の仕事をすればいい)

 

 選手達に気持ちよく試合をさせるのが俺の仕事だと、周りのスタッフに指示を出しながら、試合の準備を進めていく。

 試合開始は朝の10時から。

 今日、勝っても負けても帰国する。

 短かったような、長かったような、まだ試合は始まってもいないのに思いにふけてしまう。

 それだけ、驚きと濃密な経験をさせてもらった。

 

 (最後は勝たせてもらう)

 

 アップするU-17の選手達の動きが非常にいい。

 よく集中できている。

 この集中力は、切れる事はないだろう。

 ただ気になる事がある。

 さっきからレギュラーチーム内でGKの練習をしているのだが、坊主の選手がキーパーをしている。

 資料にこんなGKの選手がいただろうか?

 それとも、新しくGKを起用したのだろうか?

 新しくしたGKなら、もしかすれば点を入れれる可能性があるのではと期待してしまう。

 現代サッカーでGKのスタメン変更は少ない。

 GKほど経験値がモノをいうポジションはないだろう。

 長ければいいと言う事はないが、最後の砦はやはりGKである。

 唯一手を使うことを許され、ポジション的に重要な役割である。

 そのGKを変更したと言う事は、何らかのアクシデントがあったか、それとも優秀なGKが見つかったかである。

 試合の映像を見る限り、以前のGKに落ち度は見当たらない。

 大きな声でいえないが、むしろ落ち度があると小田が言ったならうちで使いたいぐらいだ。

 そのGKをスタメンからはずして新しいGKを使うとなると、やはりアクシデントがあったと思うのが通常だろう。

 しかも、3軍、2軍のGKとも顔が違う。

 どこかで見たことがある気がするのだが、坊主頭で人相が変わっているため、数回見ただけの印象では判断しにくい。

 

 「これは勝ったな」

 

 多田川は自分の分析に確信を得て、口から言葉が漏れる。

 小田から激が飛ぶ。

 

 「彼我!なにやってるんだ!それぐらいのシュートキャッチしろよ!!!」

 

 シュートをパンチングで弾いた彼我に小田から激が飛び、彼我は小田のほうに顔を向けて頷く。

 多田川は、え!?と今激を飛ばされていたGKを良く見る。

 そこには確かに3軍DMFの坊主頭になった彼我の姿があった。

 ここにいる3軍の日本人選手の一部は、サッカー経験がほとんどないと聞いている。

 今までの試合映像から彼我がGKで起用された映像はなかった。

 

 「どうなっているんだ?」

 

 アクシデントを考えてみても、普通2軍もしくは3軍のGKを起用したほうが、いいに決まっている。

 GKの素人を使うにしても大きい選手を起用するほうが、インパクトがありゴールを守れる可能性が高くなる。

 どう考えても170cmより少し上の彼我を起用するのはミス選択としかいいようがない。

 

 「ば、馬鹿か?小田一体何を考えているんだ・・・・」

 

 レギュラーチームより後にグランドに来た多田川は知らない。

 練習が始まりゴールに一度もシュートを決められていないGKのことを。


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