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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
33/77

第32話 スタメン

 俺とベニートは、例の一件で予定していた朝練を1時間遅らせ8時から行った。

 アビラもあの後食堂で加わり、中町と俺を交互に見て、ニヤニヤして何がそんなにうれしいのかわからない。

 10時に朝練を一旦切り上げて、13時からレギュラーチームでの練習がある。

 3軍の俺が明日の試合にスタメンで試合に出る事になっている。

 武田監督から、話を受けた時は驚いた。

 今までの経緯から見て、レギュラーチームに3軍の選手が呼ばれる事はないと思っていたからだ。

 このクラブチームの上層部の判断なんだろうか?

 それならもういっそうの事、2軍に上げてくれればいいのに。

 俺の実力不足で、まだ3軍でって話になっていたはずなんだ。

 何かわからんが変な圧力がどこかでかかっているのか?

 練習後、汗を流すため、シャワー室で温水に打たれる。

 小声だが、他の選手達から朝の一件が聞こえてくる。

 

 「彼我がとうとう中町に手を出したらしいぜ」

 「やっちまったか~」

 「どうやってかはわからないが、自室にお持ち帰りって話だ」

 「俺達も彼我に狙われちゃうのかな?」

 「おまえが?ありえねーな。あいつは絶対面食いだ。お前みたいな肉!って奴はあいつの好みじゃないだろうな」

 「まじか俺彼我になら抱かれてもいいかもってちょっと思ってたけどな。じゃあ彼我の奴は草食系男子を食う肉食系男子ってわけだ」

 「お、おま、そっち系かよ」

 「ジョークじゃねーか」

 

 会話していた奴らは3軍の誰かだろう。

 シャワーの流れる音で、所々聞こえにくい部分はあるが、会話の前後を繋ぎ合わせるとこんな会話をしている。

 まったく、女ッ気がないからって男同士どうにかなるものかよ。

 冷めた話だが、ケ○に興味はねーな。

 聞こえてくるのは、そっち系の話で、俺がレギュラーチームで試合する事に対する不満の声はなさそうだ。

 どちらかといえば、中町の事より今は、俺が試合に出る事に対する不満がないかが気になる。

 ここにいる選手は誰だって上を目指して、がんばっている。

 チャンスがあれば飛びつくだろう。

 俺だって、武田監督からこの件で断ってもいいと聞いた時、迷いなく試合に出たいと言った。

 3軍のチームメイトと一緒にがんばって行きたいと思う部分と、もっと上で自分を試したいという気持ちがあって、今ものすごく”不安”だ。

 まず、自分が上でやっていけるのか?と思う部分、サッカーはもちろんだが、新しいチームメイトとの関係について。

 中町も、皆口もいい奴だし人付き合いは悪いほうではないと思うが、2軍の試合を見ていて少し慣れてきたような雰囲気はあったが、それでも自分の居場所を作ろうと必死でもがいているように見える。

 3軍は俺の居場所になりつつあって、居心地がいい。

 しかし、それはぬるま湯に浸かっているだけではないのかという不安。

 2軍にあがって、チームメイトと一緒にやっていけるか?

 3軍のように居場所を作れるか?

 俺は今、自分の事で精一杯で、他人を気にしている暇なんてないのである。

 だから、今、噂されている中町の事も、時間が解決してくれる噂でしかないのだ。

 声が聞こえなくなってからシャワー室を出ると、ベニートが待っていた。

 

 「どうした?」

 

 俺の顔を見たベニートがすぐに声をかけてきた。

 

 「何が?」

 

 ベニートの疑問に思い当たる節がなく、質問で返す。

 

 「自分では気が付いていないようだが、ずいぶんと不幸を背負った顔をしているぞ」

 

 ベニートの言葉に、右手で顔をなぞる。

 こいつはうそをつかない。

 見たままの言葉を出したのだろう。

 自分でも気がつかないうちに、思い悩んでいたらしい。

 シャワーで気持ちを切り替えたはずなんだけどな。

 

 「ありがとう。指摘してもらって助かるわ。」

 「何、問題はない」

 

 今こいつが犬なら、ものすごいしかめた顔をしているが、しっぽを左右にものすごい勢いで振っているのが見れそうだ。

 しかし、本当に助かる。

 そっけない奴だが、そっと手を差し出して支えてくれる。

 それに気がつかない奴も多いが、俺にはその手が見える。

 だから一緒にいられるのかもしれない。

 なんかかっこよくてかなりむかつくぜ。

 

 「にゃにをしゅりゅ?」

 

 気がついたらベニートの右の頬を引っ張っていた。

 

 「あ、すまん。く、くくく。やばいこの顔面白いわ」

 「急にやってくるとは卑劣な奴め」

 

 俺も頬を引っ張られておあいことした。

 いつも、しかめっつらをしているせいで、眉間に縦ジワが出来つつあるベニートの顔がほにゃ~って崩れるのはまじで、面白かった。

 昼食を一緒にとり(もちろんアビラも一緒)3人で午後からの練習グランドに向かう。

 すでに何人かアップを始めており、俺達も混ざる。

 先にいた選手に軽く挨拶をして、端の方で俺達はアップを開始する。

 

 「みんなと混ざってやらないのか?」

 「いつもここだ」

 

 ほかの選手達とは結構離れた場所で、なんだろ?特別な空気が流れているような気がする。

 

 「今日は兄貴と一緒にアップできてうれしっす!!」

 「ん?アビラいつもベニートと一緒じゃないのか?」

 「兄貴はいつも一人でアップをして、チーム練習に混ざるんだ」

 「ベニート、いつもアップを一人でやっているなら俺たちは邪魔じゃないのか?」

 

 何か特別な集中をしているのかもと質問をしたのだが、少しあせったようにベニートが答える。

 

 「気にする必要はない。いつも朝練は一緒にやっているんだ。一緒でいい」

 「わかった」

 

 13時から14時までアップ(整理運動)をする。

 主に柔軟体操。

 チーム練習は15時から開始。

 それまで、各自アップを入念に行う。

 1時間みっちりアップを行うのには訳がある。

 ここは、高地で空調整備されているとはいえ、底冷えはする。

 体が、固まり急な運動で肉離れなどを起こす。

 激しい柔軟体操ではなく、ゆったりとした体操を行い、徐々に体に熱を入れていく。

 そうする事で、体に酸素が取り入れられ、熱と共に体に溜まる乳酸の動きに変化をつけることができるらしい。

 むしろ1時間は少ないぐらいで、このクラブチームの選手は必ず朝練を行う為、体に熱を再度入れなおす程度でいい為、1時間で済んでいる。

 14時からは少しグランドを周回し、さらに体の熱量を上げていく。

 のどが渇いたのでグランド脇にある水筒に手を伸ばし蓋を開けて、のどを潤す。

 水筒に入っているのは暖かいココアだ。

 汗で流れた糖分の補給と暖かいのは体を冷やさない為。

 運動しているので、どうしても冷たい飲み物に手をつけたくなるが、熱を入れた体に冷たいモノは体に良くない。

 熱いガラスのコップに氷をぶち込むようなものだと、以前フィジカルトレーナーから話しを受けた事があり、体に負担をかけるので、冷たいモノは練習が終わって体が冷め始めてからという話になっている。

 この施設にきてから15℃前後の飲み物しか口にしていない。

 たまには氷の入った冷たい飲み物でも口にしたいものだ。

 15時からチーム練習が開始される。

 スタメンとベンチ選手を合わせて15人で練習を開始する。

 まずはフォワード、ミッドフィルダー、ディフェンスのポジションで分れ、各ポジションコーチの指導で練習を行っていく。

 このスタイルは3軍、2軍ともに同じで、ポジションコーチは別の指導者だが、いつもの練習スタイルなので、違和感なくこなしていく。

 俺のポジションはミッドフィルダー。

 ここでは、中盤選手の動きについて、細かい指示を受けながら、パス、ポジショニング、相手との距離の詰め方などを、体と言葉で練習していく。

 この練習が終わると、次に1対1の練習に入る。

 グランド全体に9個の円が描かれて、各円内で1対1を行っていく。

 グランドのポジションで動きが変わってくるので、1対1でも他の選手がいると仮定して動きを合わせていく。

 例えば、自陣チャンスエリアに近く、自分がディフェンスの立場だった場合に1対1でどう動けば、相手からボールを獲れる、もしくは相手の動きを止めることができるのか?

 逆に相手チャンスエリアに近く、自分が相手を抜きたい時、どうやって体を止めずに相手を抜きさりチャンスを作るタイミングを見つけるのか?などを行う。

 この次に試合形式で5対6の練習試合を行う。

 フォワード2人とディフェンス3人のチームA

 ミッドフィルダー5人とゴールキーパー1のチームB

 に分れて練習を行う。

 チームAは特にゴールキーパーがいないので、ディフェンス陣の動きが非常に重要になってくる。

 逆にチームBは中盤選手達が早くパスを回す為の素早いポジショニングが重要となる。

 ここでもやはりベニートの動きが際立っていたが、俺が何回か止めてやった。

 小田監督に呼ばれる。

 

 「彼我ちょっと来い!」

 

 うわぁ~機嫌悪そうな声だなと、小田監督に走って近づく。

 直接話をするのはこれがほぼ初だな。

 

 「彼我、お前さ。今までにやった事のないポジションは?」

 「え~と、CBセンターバックCFセンターフォワード後、GKゴールキーパーだと思います」

 「そうか、戻っていい」

 「うぃ~す」

 

 練習試合に戻り、いままでどおりの動きで、いいパスを出したり、初めてのチームメイトでうまく連携が取れたりと、かなりの好感触だった。

 

 (やっぱりレギュラーチーム。うまいわ)

 

 3軍の選手とは技術が違う。

 激しいボールをトラップしても足元でうまく受ける事ができる。

 3軍はまだ、トラップミスを起こしてしまい、相手にチャンスを与えてしまう場面が多々ある。

 このチームの選手達は足首が柔らかいので、激しいボールでもいなすことができる奴が多い。

 勉強になる。

 それから練習試合は45分で終わり、最後に30分クールダウンして今日のチーム練習を終える。

 はっきり言って短い時間でどれだけ濃密な練習を行うかが、チーム全体から感じられる。

 長く練習をやればいいものではないと、最近言われ始めている。

 短く、目的をしっかり持って、集中して練習を行うほうが、非常に効率的だといわれている。

 なので、筋トレなどチーム練習には入っていない。

 スタミナ向上にグランドの周回も自分達の時間で行う。

 チーム練習で見えていない、自己練習でどれだけやったかがはっきり出てくる。

 今日一日、レギュラーチームの練習についていけていたと思う。

 と言う事は、自己練習の水準はレギュラーチームの選手達と同等ぐらいだと推測できる。

 まあ、ベニートと一緒に練習しているので、妥協した練習メニューでもないし、どちらかと言えばさっき言った短時間での効率というより、地獄の長時間メニューが主だしな。

 ベニートいわく”根性だ”だそうだ。

 自己練習のほうが疲れる。

 最後に明日の試合のミーティングがあるとの事で、20時からレギュラーチームの会議室に向かう。

 集められた選手達はちょっと疲れた顔をしており、口数も少ない。

 

 「まずはお疲れさん。明日、U-17との試合がある。まず、戦術確認の前に、そのスタメン発表を行う。」

 

 次々にスタメンが発表されユニフォームが渡されていく。

 俺もちょっと疲れていて、下を向いていたせいで、急なざわめきに顔を上げる。

 いつの間にかディフェンスの選手にユニフォームが配られている。

 あれ?

 中盤のスタメン発表ってさっきあったはずだよな。

 最後にゴールキーパーの発表が行われる。

 

 「ゴールキーパー、彼我大輔」

 

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