第30話 今は流れに身を任せ・・・
ピーンポーン。
インターフォンの音が鳴る。
ピーンポーン、ピーンポーン、ピーンポーン、ピーンポーーーーン。
「インターフォン連打するんじゃねー。今起きるからちょっと待ってろ」
自分でもびっくりするぐらいのガラガラ声で聞こえるかわからないが、インターフォンを連打する相手に答える。
いつもより気だるい体を起こし、まだ寝ぼけている頭で、立ち上がる。
まじでうっとうしい。
今何時だ?
時間がわかるモノが周りにない。
「ま、いいか」
ぼさぼさで髪を伸ばし放題の頭をかきながら、玄関に向かう。
「あれ?俺なんで床で寝てるんだ?」
疑問が湧いたが、とりあえず先に失礼な来客の相手をしなければと、扉のカギを開けてドアを引く。
案の定、思い描いていた相手が立っていた。
「オーラ(スペイン語の挨拶)。朝の練習をする前にご飯でも一緒にと思ってな」
顔はしかめ面をしているが、体からにじみ出るウキウキした雰囲気のベニートが立っていた。
「うんんうんん。支度するからちょっと中に入って待っててくれるか?」
のどのいがいがを取りながら、ベニートを部屋に招き入れる為に体を横に向ける
「いいのか?入っても」
「はあ?いいに決まってるじゃん」
「今まで一度も部屋に呼ばれた事がなかったのでな」
「そうだっけ?俺の部屋より、お前の部屋のほうが・・・」
会話をしながら、部屋に促し、玄関から入って5秒後に時が止まる。
ベニートの表情が急に硬くなる。
俺はベニートのほうへ顔を向けており、どうした?って感じで自分の部屋に向き直る。
「う~~~ん~~ん。あれ彼我だ。おはよう」
そこにいたのは、俺のベットで寝ていた中町が伸びをしおきてくるシーンだった。
そこまではいいんだが、中町は上半身裸でまだそのことに気がついた様子はない。
「どういうことだ?」
ベニートからどす黒いオーラをまとった言葉が吐き出される。
「どういう事なんでしょう?」
答えるまでに2秒考えてようやく、言葉が出てくる。
額に冷たい汗が流れる。
混乱して、どうしてこうなったのか記憶が定まらない。
必死に思い出そうとする。
俺自身もこの状況の元になった出来事が、性別の壁を越えたものだったのかを必死で思い出す。
昨日の夜・・・。
と思い出そうとした時に中町がこのひりついた空気のおかしさに自分の体を見て、悲鳴を上げる。
「う、うわうわうわ。彼我これってどういうこと?」
中町は起き上がって、自分のおしりを触り始め、なみだ目でこっちを見る。
みけんに青筋を立ててベニートが俺の胸倉を掴んでくる。
「彼我貴様!!あいつは泊めて俺はどうしてお泊りに呼ばれないんだ!!」
「ええ?!いまそこ!?」
「彼我・・・。責任取ってくれる?」
三者三様の混乱が、部屋に木霊する。
とりあえず場所を移して、今食堂に来ています。
食欲がなく、とりあえずプリンを小さなスプーンで口に入れる俺。
やけ食いのように朝から巨大ステーキにかぶりつく猛獣のようなベニート。
気まずそうな顔で、ちびちび紅茶を飲む中町。
「彼我の奴また何かやらかしたのか?」
朝7時。
起きだしてきた選手達が俺の座るテーブルに注目してヒソヒソ話をしている。
俺は何もやってないはずなんだ!!
食堂に向かう間に色々記憶がよみがえり、頭の中で一旦整理する。
肉を食い終えたベニートが猛獣のような瞳で俺を睨みつけてくる。
今から俺はベニートに食べられてしまうわけですね。
そんなわけにいくか!!
とりあえず否定から入る。
「違うんです」
「何が違うのだ?」
喧嘩腰ではないにしてもかなり怒気を含んだベニートの質問に、内心ビビリながらさっき整理した内容を話し始める。
「確かに中町は俺の部屋に泊まっていたが、寝ぼけていたんだ」
「ほう、そんな言い訳が通用するとでも?」
こいつは、万引きをしていないのに濡れ衣をかけられた子供の話を信じない母親か。
「ベニート、まずは信用する所から始めてみてくれないか?俺の語る話に矛盾点があったら、そこは指摘してお互いに理解を深めようじゃないか?」
「むぅ」
俺の説得に一理あると思ったのかベニートが納得はしていないが、話が先に進まないと思ったのが一旦は俺の提案を受け入れるようだった。
「中町もそれでいいか?」
「う、うん」
俺に話しかけられて顔を赤らめながら下を向く中町。
絶対に今の俺の話は耳に届いていないな。
「昨日の夜、ベニートの部屋から帰る途中、中町とあって部屋まで送っていったんだ。で俺は普通に部屋に戻って、ベニートとの約束もあったし、朝が早いと寝ようとベットに入って寝る準備をしたんだが、なかなか寝付けず、だらだらしていたら、中町が部屋にやってきて急に抱きついてきたんだ」
「そうなの?!」
中町の驚きに、ようやく落ち着いて俺の声が届き始めたんだなと安堵する。
ベニートは俺と中町の反応を今言った内容と相違ないかを顔色で判断する刑事のような形相で見ている。
「そこから、崩れるように床にへたり込んだ中町を何とか、ベットまで運んで、起こそうとしたんだが、ぐっすり眠り込んでいる中町を起こすのは悪いなと思って、そのまま俺は床に毛布を引いて寝たんだよ」
「じゃあ、僕が上半身裸だったのは?」
「それは俺にはわからん」
「意義あり!!!」
ベニートが席を立ちあがり、俺に右手の人差し指を差し出しながら大声で意義を申し立てる。
「では自分の部屋に泊めず廊下に出してほっておけばいいだろ!!」
「ちょっとまて、それはかわいそうだろ?」
「じゃ、じゃあ俺が同じ状況ならお前は泊めてくれるのか!?」
「あ、ああ・・・」
「ふむ、それはよし!」
今の回答で何をほっとしたのか、ベニートの表情が和らぐ。
ベニートお前はどうしたいんだ?
まあ、いい。
中町が上半身裸だった件だが以外にも本人が、何かを思い出してこの件は解決する。
「あ、そういえば僕普段から寝る前は上半身服着てないや」
「じゃあ、途中で起きて脱いだんだろ?服は床に落ちてたしな」
「そっか。あまりにも異常自体だったから気が動転していたみたいだ」
ごめんね~と謝りながら自分に非があった事を認める中町。
はぁ~~~とため息が漏れる。
よかった。
性別の壁は越えていないようだ。
「彼我、貴様がすべて悪いのだ。反省するように」
「わかった、わかった」
もうどうでもいいやと、何も反省する必要はないのだが、今は流れに身を任せ穏やかに過ごしたいと生返事をする。
しかし、まだ話しは終わっておらず、この話を遠めで聞いていた選手達の間で、聞こえた内容を総合して、この話が「彼我、中町お持ち帰り」と語られる事になる。