第29話 それぞれの思い
昭和臭のするレトロなバーの扉のノブに手をかける。
カランカランと銅で出来た鐘の音がさらに昭和臭を漂わせる。
しかし、古臭いとかではない。
薄暗い店内に扉を開けてすぐにカウンターがあり、その後ろには多種多彩に置かれた酒。
カウンターの前に並べられた椅子には見た顔があった。
「こんな所に珍しいな」
浅めのグラスを傾けて氷を溶かしながら、グラスに口をつける2軍監督の上杉則道がいた。
「武田か」
俺の名前を口にすると、興味を失ったように顔を前に向ける。
この店には、バーテンはいない。
自分で好きなように飲み物を作り、バーの雰囲気を味わう施設関係者だけが使える店。
カウンターの裏に回り、手際よくグラスと氷を用意し、ダブルでウィスキーロックを作る。
マドラーをシンクの水の入ったタンクに入れて、グラスを片手に則道の隣に座る。
「浮かない顔をしているな。今日の試合は勝ったんだろ?」
試合内容は観客席から見ていたから知っているし、疑問系で聞く必要もなかったんだが、話を繋げるためにわざと疑問系で口にする。
「柄にもなく、人に説教をしてしまってな」
俺の質問に少し時間を置いてから、低いトーンで答える。
U-17監督の多田川を呼び出したって話は聞いたが、則道が人に説教をするなんてマジで驚いた。
自分以外に興味が薄いこいつが、説教をするなんて珍事だ。
則道の言葉に、あまりにも驚いた俺は次の言葉をかけるタイミングを逃して、とりあえずグラスに口をつける。
そのことで間ができ、話を振ることができた。
「俺の知っている上杉則道のイメージにはない話だな」
「私自身そう思っている。あまりに頭にきていたらしい」
「お前が怒っていたのは後半40分の動きか?しかし、多田川の判断は間違っちゃいないと思うが?」
「武田は選手達をどう思っている?」
質問に質問で返されて、この先に俺の質問の答えがなかったら怒るからなと、則道の質問に答える。
「正直うらやましいな」
「そうだな。俺達の時代にこれだけの環境があれば、代表になってワールドカップを獲っていたかもしれない」
「で多田川の判断と関係があるのか?」
「ここの選手だけで代表選手を選出されるわけではないだろう。次代の選手育成に俺なりに思う所があって今ここにいる」
「代表になれるのは23人。ここの選手だけで考えても22人でどう考えても全員が入れるわけがないか」
「8年後のワールドカップの代表として共に並び選ばれる選手は多いほうがいい。もちろん同レベルかそれ以上。それ以下はありえない。なぜなら、”勝てない”からだ」
「則道は俺達が集められた意味をしっかり体現したいわけだな」
俺達はサッカークラブチームの営業目的に集められたチームではない。
ワールドカップを獲るために集められた戦士なのだ。
しかし、ここの選手以外で、次世代の選手達の成長も不可欠って事だな。
サッカーは楽しい。
だが、”楽”ではない。
楽しいを感じるには苦しい事を乗り越え続けなければならない。
語弊はあるかもしれないが、どこか多田川は楽観視しているような部分がある。
ワールドカップ日本代表監督は自分ではない、育てるのは自分の役目ではなく”勝つ”のが自分の役目だと。
奴は”勝率”事だけを考えれば、プロフェッショナルなのだが・・。
ナショナルチームの監督はそんなに甘くはない。
”一発勝負”負ければおしまいの試合に、”勝率”は必要ない。
多田川はクラブチームの監督としてなら、多分優秀なんだろう。
上位勝率ではなく、”確実に勝つ力”を持つチーム作りが下手なんだろうな。
俺が考えている間に、お互いのグラスが空になる。
「何か作るが、おかわりいるか?」
「ウーロン茶を」
則道はグラスに残った薄い液体を見ながら、最後まで飲み干し、グラスの中身を暴露する。
「ん?」
「ウーロン茶だといっている」
「今まで飲んでいたのはウーロン茶なのか?」
「そうだ」
「ここは”バー”だぞ」
「雰囲気に浸りたい時もある」
「じゃあ酒飲めよ」
「ふ、飲めない」
そんなドヤ顔で言うことか。
則道からグラスを受け取り、別のグラスにウーロン茶を入れて渡す。
俺は再びダブルでロックを作り、適当につまみも用意して席に着く。
「飲めないって、酒は飲んだことあるのか?」
「あるが、すぐにトイレの住人になるので今まで、ウーロン茶でだましだましやってきた」
「そ、そうか」
さっき手渡すときにウィスキーを少し入れてやろうと思ったが、そこまでガキじゃないし酔いつぶれた則道の介抱なんてごめんだ。
40歳のおっさん二人が並んで飲んでいるのもよくよく考えれば、不健全だ。
「あ~ギャルがいるバーで飲みたいな」
「武田はそんな所にいくのか?」
「則道はいかねーのか?」
「飲めないのに行くはずがないだろ」
「そーですね」
サラミの包装紙を開けながら、次の話を振る。
「彼我がレギュラーチームに呼ばれた話は聞いているか?」
「クライアントからの要請だろ?聞いている。小田先輩がスタメンで使うとは思えないがな」
「いや、ベンチじゃなくてスタメン確定でスタートだ」
「ほう、今までそこまで圧力をかけて、クライアントから話は来たことがないはずだが?俺達監督の意向を全面的に認めてくれていると思っていた」
「オーナー会議で色々揉めたらしいぜ。彼我は前回の入れ替え戦で2軍にあがってもいい功績をあげている。しかし小田のせいで話が流れたからな」
「その話の流れで、彼我を今回だけレギュラーチームで使うという経緯になったという事か」
「そうらしい、しかし小田の考えることがわからん。彼我は日本代表になれる可能性を秘めた選手だと俺は思っている」
「私も、それは感じてはいる。しかし小田先輩だけは彼我を認めない」
サラミを口にほうり込みながら、小田がなぜ彼我をあそこまで認めないのかわからないと則道と話をして夜が更けていく。
その頃、ベニートの部屋で、彼我と、アビラは引き攣った顔で部屋の主を見ていた。
「ふふふ」
「どうしたベニート?」
「いやなんでもない」
ベニートがさっきからすごい頬がぴくぴくして、事あるごとに奇妙な殺した笑い声を上げている。
俺がレギュラーチームの選手としてU-17と試合がする事がアナウンスされて、ずっとこんな感じだ。
「明日は一緒に練習だ。気合は入っているか?体の調子はどうだ?風邪は引いていないか?」
「オールOKだ。調子はいいぜ」
「よし、明日は早い。今日は解散にして、明日朝5時にグランドに集合だ」
「5時は勘弁してくれ」
ベニートの無茶振り提案に、苦笑しながら答え、とりあえず7時で妥協してもらった。
何で、あんなにうれしそうなんだ?
ベニートの部屋を出て、自室に向かっていくその間に、いくつかの施設をまたぐのだが、その廊下で中町とあった。
「大丈夫か?」
松葉杖を付きながら、苦悶の表情を浮かべて移動しており、駆け寄って声をかける。
「だ、だいじょうぶだよ。この杖だって大事をとってって事で借りてるだけだし」
練習で少し浅黒くはなっているが、それでも周りの奴らと比べればまだまだ白い肌の中町が松葉杖を付きながら移動する姿は非常に痛々しい。
一歩動く事に体に響くのだろうか、痛みを我慢した顔を浮かべ中町は自室に戻るという事でついていく。
「迷惑だったか?」
「そんな事ないよ。すごくうれしい」
顔を赤らめて、はにかむように笑みを浮かべる。
性別の壁を越えそうになる。
俺は巨乳好きと心で真言を唱え、中町の部屋の前で別れる。
中町の体は、運動に負担がかかり筋疲労でああなったって話を聞いた。
試合を見ていたがすげー動きだった。
中町だけが時間の流れに逆らっているような動きで、俺にはあんな事はできない。
その代償が、今の中町で数日安静にしていれば、後遺症はなく元に戻るとの話だ。
無茶をしないようにみてやらねーとな。
見かけによらず結構負けず嫌いだからな。
自室に入り、ベットにもぐり込む。
「寝つけね~」
なぜか目がさえて寝れない。
いつもなら、すぐに眠気が来て、朝になっているのに。
コンコン。
ドアをノックする音が聞こえるが、はじめ聞き違いだと思って、聞き過ごす。
コンコン。
今度は少し強めのノックだったので、はっきり耳に届く。
時計を見ると12時を少し超えた所だった。
「誰だよこんな時間に」
扉を開けると、中町が立っていた。
「どうした?こんな時間に」
送っていって別れ際、何か思いつめているようだったが。
あまり言いたくなさそうだなと、話を振らず別れたのだが、あの時聞いておいたほうがよかったかな?
「彼我」
「うぉ」
突然、俺の胸に飛び込んでくる中町を抱きとめながら変な声が出たと同時に、おおーーー何がどうしてこうなった?!と必死で頭を回転させる。