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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
29/77

第28話  ユースとの試合 2軍編 その5

 試合が終わり、現在20時。

 ライトアップされたグランドの2軍ベンチにU-17の監督多田川と2軍監督の上杉がいた。

 

 「日本にいた時に何度か試合をした程度の認識だが、始めましての挨拶をしておく。上杉 則道だ」

 「U-17監督の多田川 秀則ひでのりだ」

 

 上杉はベンチから立ち上がり、多田川を睨みつけるように上から見下ろす。

 その威圧感から何か不機嫌な空気を感じるが、多田川には見に覚えがない様子だった。

 

 「率直に言おう。なぜ後半40分選手達の動きに制限をかけた?」

 

 重い空気になり黙り込む多田川。

 静かな怒りが上杉の体からにじみ出ていた。

 

 「負ける試合ムリをせず、次に備える為に運動量を落としたんじゃないのか?」

 「それの何が悪い?」

 

 上杉からの追求に、多田川が当たり前のことだと返事をする。

 

 「お前は監督失格だ」

 「なに?」

 「選手達に”負け犬”を植えつけるな!!」

 

 静かなグランドに上杉の怒気が響き渡る。

 

 「負け試合に運動量を落とす事はプロの世界でもあることだ」

 「それは認める。しかし、お前が抱えているのは”普通の試合”じゃない。一発勝負の世界だ。負けていい試合なんて一つもないんだよ。例え練習試合だったとしてもな」

 「前半4点も取られて、そこから選手のモチベーションを維持し、後半も勝てる見込みがない。選手達に気を使う事は間違いではないはずだ!」

 

 少し投げやり気味に、多田川も言い返す。

 上杉は気持ちは痛いほど判るが、”理解”はできなかった。

 

 「負ける試合だとしても、全力で試合をするとしないのとでは違う。表には出てこないが、選手達の中で消化される”培われる力”にはならない。判るか?大人たちの優しさで選手達を壊す。日本人に多い事だ。誰も頼んでいない優しさなんだよ。選手達一人一人成長していく為の糧になるのは”全力でやりきる事”のはずだ」

 「例え全力でやった所で、結果にならなければ意味がないんだよ」

 「さっきも言ったがそれは、大人の優しさだ。選手達の成長の邪魔にしかならない。知っているか?ナショナルチームの試合で、ワールドカップ常連国と、出来立てのナショナルチームの試合があった事を」

 「なんの話だ?今の話と関係あるのか?」

 「まあ聞け。そこでワールドカップ常連国は4点取って当たり前のように勝った。それでも世界のメディアが取り上げた評価は辛口。もっと点をとってもおかしくないと。逆に負けるのが当たり前の試合でも必死に食らい付く出来立てのチームの評価が上がった話を」

 

 多田川は黙り込んだ。

 何か反論しようと考えるが、口が開かない。

 

 「負ける試合でも培われるものは確実にある。しかし、それは必死で食らい付いたものだけが感じれる何かであって、あきらめから生まれるものじゃねーんだよ!」

 

 上杉に胸倉をつかまれ、何もできない多田川の瞳に後悔が映っている事に気がつくと上杉は手を離す。

 

 「すまない。熱くなってしまった。昔、俺や武田が日本代表に入らなかった理由がわかるか?」

 「どういうことだ?」

 「あの時代。ジャパンリーグが始まったばかりでサッカーの認知度が低く、レベル自体も低かった。血の気は多いんだが、ナショナルの試合で勝てると信じている国民、選手自体も少なく”負けても仕方ない”と思っている奴が少なからずいた」

 「仕方ないだろ?サッカーはあったが、まだまだリーグの構成もできていなかったんだ。選手達のレベルアップはあの時代課題だったはずだ」

 「俺達は1ミリも”負ける”とは思っていない。1ミリもだ。マスコミの格上チームを持ち上げる発言もむかつくし、周りからの声も耳障りなことばかり聞こえる」

 「だから国内を出たのか?」

 「俺達は”よくやった、がんばった”を聞きたいわけじゃねーんだよ。上しかみてねーんだよ!誰かに”勝てる見込み”はとか聞かれたくねーんだよ。勝つ!その強い意志がサッカーの試合を動かすんだ」

 「それは、才能のある人間の言い訳だ」

 「なに?」

 「強い意志を持ち続ける事ができる人間なんて、そんなにいないといっているんだ」

 「だろうな。お前は”そっち側”の人間だ。だから選手達に”負け犬精神”を植え付ける。そうやって言い訳を繰り返す事で、自分を納得させる。お前は監督失格だ」

 「じゃあどうすればいいんだ!?凡人の俺にも教えてくれよ!!」

 「ただ、本気でどれだけ走るかじゃねーのか?負け犬、凡人、自分を卑下する言葉はいくつもある。けどそれでも、誇りを持って全力で走る事は誰にでもできる簡単な事のはずだ。それすらできなくなった”大人”って奴なんだよお前は」

 

 上杉の言葉にうなだれるように地面に膝を付き、多田川は空虚な地面を見続ける。


 「それでもお前は日本代表監督に選ばれたんだよ。自分で手を上げたわけじゃない。”選ばれた”んだ。わかるか?お前にしかない何かを誰かが評価して、今ここにいるはずだ。俺は”凡人”のお前に期待している」

 

 その場を去っていく、上杉を見つめながら、多田川は立ち上がり、ベンチに腰をかける。

 ここに着てから言い訳ばかりの自分がいた気がする。

 よくよく考えれば、ここの選手達は高校から集められた素人の集団だ。

 才能なんてまだ見えるわけはない。

 どこか彼らに才能があって、一方的な試合を強いられていると思っていた。

 しかし、違ったのだ。

 彼らは余裕があるようで常にどこか必死だった。

 何かと戦っていた。

 試合、チームメイト、監督色々と真剣に戦っている。

 選手達に気を使い自分のチームだと言い切れない所があった。

 借り物の選手達。

 ここに言い訳があった気がする。

 コミュニケーションはとっているし、選手達との距離は近い。

 では信頼関係は?

 友達に近い感覚で、”監督”としての絆の結びつきは強くない気がする。

 選手達は10代。

 最近の子供達の発育がいいとは言え、精神年齢は自分達の10代の時に比べれれば、まだまだ幼い。

 選手一人一人をよく観察できていただろうか?

 この試合最後に相良が放ったあのシュートは、多田川のオーダーではない。

 彼らの判断で、動いた最後のあがきだ。

 自分がもっと選手を信頼できていれば、結果は変わっていたのかもしれない。

 3軍との敗戦で学んでいなかったのは自分だと気がつく。

 どこか選手達の敗戦であって、自分のことだと受け入れていない。

 

 (上杉の言うとおり監督失格だな)

 

 ベンチを立ち上がり、自室に向かって歩き出す。

 自分達が借りているグランドにライトが当たっている?

 そこには、ゴールに向かってシュートを放つ選手、ミニゲームを繰り返す選手達、U-17のメンバーが全員いた。

 

 「お前らなにやってるんだ?!」

 「おおーーー監督どこいってたんですか?」

 「どこって。それより、試合後だぞ体を休めておかないといけないだろ?!」

 「すみません。どうしても体がうずいて仕方ないんです。俺達このまま日本に帰るわけにはいかないんです」

 

 選手達の顔からキラキラとまぶしい何かを感じる。

 

 (ああ、こいつらの監督は俺じゃないほうがいいのかもしれない)

 

 そう思うと、胸が締め付けられる気がする。

 

 「なんて顔してるんですか?監督。どうですか一緒にミニゲームしましょうよ」

 「はぁ?」

 「体を動かせば、頭の中真っ白になっていい感じになりますよ」

 「ふふふ、はぁははははは。そうだな。よしやろう!俺を負かした奴は次の試合でスタメンだ!」

 

 そこから多田川を混ぜてじっくり22時まで体を動かし、最後に全員で温泉に浸かった。

 疲れが抜けていくのを感じる。

 10代の頃、必死にボールを追いかけて、追いかけて、それでもボールをどうまわしていくかを考えていた。

 負けた試合を夢で見て、飛び起きて現実じゃないことに気がつくと安堵した。

 

 (こいつらの監督は、今は俺なんだ。俺が必死にやらなくてどうする?しかし、こいつら成長しているんだな。俺も成長できるはずだ)

 

 ゆっくり浸かっていると頭から冷水をかけられる。

 

 「うぉつめてーーー!」

 

 そこから温泉でドンちゃん騒ぎとなり、夜が更けていく。

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