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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
20/77

第19話 ユースとの試合 ブレイクタイム1

 U-17の監督、多田川はなりふりかまっている時ではないと判断し、監獄のクラブチーム陣営にこれまで行った試合の映像があるかを確認し、借りる事にした。

 それから何時間たったであろう。

 タバコの灰が灰皿に降りる。

 

 「ふぅ~」

 

 俺は口から煙を吐き右手で顔を抑え、借りてきた映像を眺めていた。

 監獄のクラブチームのすべての入れ替え戦試合を見た感想は、日本リーグのトップクラブチームをイメージさせた。

 まだ、若いチームのせいなのか荒削りな部分はあるが、チームとしての連携、個々の実力が非常に高レベルにある。

 彼らが今後戦おうとしているイタリアリーグでの試合を思えば、その若さゆえの甘い部分はあるが成長段階という事で期待してもいい。

 本来なら明日2軍との試合スケジュールだったが、明日は休みにしてもらい、5日目に2軍との試合を組んでもらう事になった。

 レギュラーチームとの試合スケジュールも変更。

 2軍との試合後1日休みにし、最終日を試合とさせてもらった。

 3軍との試合で、うちの選手達の消耗が激しい。

 特に体温管理。

 グランドはドーム状になっているおかげで気温は比較的安定している。

 しかし、高地のせいで空気が薄く、本来の温度より少し寒く感じる。

 平地より多くのカロリーが必要であり、スポーツドリンクだけでは補えていない。 ここの選手達は、体がこの環境に適応し始めており、カロリーコントロールができるのだろう。

 サッカー以外の部分でもかなり気を使う環境だと感じていた。

 次の試合の戦術プランがまだ、見つかっていない。

 2軍の試合を見る限り、3軍よりバランスが取れており、さらに言えば、入れ替え戦後のせいで選手がかなり入れ替わっている。

 そのおかげで、見せてもらった試合内容から戦術は変わっていることが想像できる。

 付け入る隙はそこにあるのかもしれないが、あの”上杉”に限ってそんな隙は無いだろう。

 3軍との試合後、メディカルチームのボディケアを行って選手達は休ませている。 明日も、練習より体を休ませてやる方向でミーティングだけでスケジュールを組んでいる。

 俺は3軍との試合後、夕食をとって、そこから借りてきた試合映像をひたすら見続け、すべての試合を見終わっても、2軍の試合とレギュラーチームの試合をさらに見る。

 気がつけば朝になっていた。

 それでもいまだに道が見えていない。

 とりあえず昼からミーティングで、それまでに資料をまとめておかないといけなかった。

 

 「今までで一番しんどい試合だな」

 

 口から愚痴がこぼれる。

 もちろん勝たせてやりたいが、映像からではわからないファクターが存在する可能性がある。

 3軍との試合がそうだった。

 驚く事に運動量において、今日の試合映像を見る限り、実はそんなに大きく変わりはないのだ。

 むしろU-17のほうがよく走れている。

 しかし、プレスの瞬間、ドリブル突破の切り替えの早さなど瞬間的な判断力が早くそして体がその意識の切り替えの瞬間の速さに対応している。

 その為、ボールポゼッションを稼がれて、”激しく動いて”いるように見える。

 これはなかなかできる事ではない。

 考えた事を現実にイメージして体を動かすには相当な訓練が必要になる。

 しかし、彼らは自然にイメージを思い描くのではなく、体が勝手に自動的に動いているように見える。

 

 「どうやればここまで自然に体が動かせるんだ?」

 

 まだ16歳の少年達がチームとして動く感覚を養うにはまだまだ時間がかかるはずなのに、それがU-17よりきっちりできている。

 つまり、無駄な動きが少ない分、スタミナに余裕があり最終的に押し切られてしまう。

 そこまでのサッカー技術を武田にどうやって仕込まれたのか判らない。

 テクニックもここの選手のほうが個人として際立っていたりする。

 3軍はチームというより、個々の能力が高いおかげでチームとして、まとまりが少なくても少々のことでは試合の流れを崩したりしない。

 はっきり言って、3軍との試合が一番勝てる可能性があったわけだが、日本サッカー協会の無駄なプライドのせいで、その可能性を潰してしまったわけだ。

 いや、これは言い訳でしかない。

 人のせいにしてもいい事はない。

 素直に認めよう。

 侮っていたと。

 だってそうだろう。

 まだチームを結成して1年もたたないド素人の集団がここまでやると誰が想像できたであろうか。

 しかも蓋をあければ、驚きの連続。

 次の試合の2軍監督”上杉”が選手達に3軍以下のことを仕込んでいるわけがない。

 弱小のクラブチームをアルゼンチンリーグ優勝に導いた名監督である。

 レギュラーチームの監督の名前はまだ聞いていないが、このまま言って普通の監督であるわけがない。

 レギュラーチームの試合に映っていた選手の一人は2年前に海外のサッカー雑誌で見た覚えがある。

 ベニート・ミロ。

 当時14歳でアルゼンチンのユースリーグ最優秀選手に選ばれたと話題になった。 それから何度か雑誌の記事に載ったことがある。

 何でそんな選手がこんなところにいるんだ?

 このクラブチームを経営している人物は何者なんだ?

 ここに来るまでこのクラブチームの実態を把握できなかった。

 試合映像は実は、日本サッカー協会経由でないと入手できないとかありえなかった。

 このネット情報社会のご時世である。

 何かしらの情報があってもいいはず。

 個人的にも海外でサッカーに携わる友人は多くいる。

 情報は戦術を考える上での”武器”だ。

 侮っていたとはいえ、多少調べてみたが、まったく情報が手に入らなかった。

 それならそれでいいと、油断したことが裏目に出てしまった。

 後悔ばかり考えてしまって、これからどうするかが出てこない。

 気がつけば、そろそろミーティングの時間になりそうだった。

 紙媒体の資料を多く両手に抱えて、席を立つ。

 ミーティング用に用意された部屋に入っていく。

 選手達と、スタッフはもうそろっており、俺の顔色を伺うように見てくる。

 監督をやり始めて4年。

 ここまで気まずいミーティングは初めてだ。

 部屋の中が重く、選手達の視線が俺を突き刺す。

 彼らからは”勝ちたい”と訴えてくる。

 当然だ。

 勝ちにイタリアまで来たんだ。

 負ける為、旅行に来るためにここまできたんじゃない。

 わかっているが、・・・”わかっている”。

 

 「はっきり言っておく。次の2軍は3軍より3段階ぐらい上だと思え」

 

 俺の言葉に、空気が凍りついたような冷たさがあった。

 映像媒体をデッキにセットし、とりあえず彼らに2軍と3軍の入れ替え戦を見せる。

 3対3でドローの試合ではあるが、実力は圧倒的に2軍のほうが上だった。

 試合の”流れ”で動いた試合と俺は思っている。

 しかし、”流れ”を変えれるだけの実力は3軍にあった。

 では我々と2軍の間で”流れ”を変えられる要素はあるのか?

 そこは正直に”運”だ。

 実力で変えられるような、希望は現段階でない。

 こう口にしている俺の中で、我々はU-17で、日本代表だと忘れてしまいそうになる。

 彼らに実力がないはずがない。

 俺が選んで集めた選手達だ。

 国内なら、間違いなく”勝てる”チームなのだ。

 どこでどう間違った。

 またネガティブな気分が俺を支配しそうになる。

 

 「サッカーは何があるかわからないスポーツだ。実力に差があったとしてもいくらでも試合が動く。実際に海外のトップチームも去年と同じはずなのに、去年より成績の悪いチームもいる。勝てる試合を落とすこともある。我々がベストを尽くせば必ず試合が動く!!」

 

 力説してみせたが、ああ、俺は詐欺師だなと感じる。

 勝たせてやりたい。

 選手達の顔がどこかやる気になっていくのを感じる。

 指揮官が奮い立たなくては、選手達も奮い立つ事はない。

 

 「もう一つ、もう判っていると思うが相手は格下ではない。しっかり気を引き締めていこう」

 

 俺の言葉に、選手達も頷き、気が引き締まったのがわかった。

 俺は戦術確認を始め、最後にスタメンの発表をして、今日のミーティングを終える。

 俺はミーティング終了後、自室に戻り自暴自棄に頭を抱える。

 タバコに火を入れて、肺に煙を入れる。

 充満された煙を吐き出し、少しだけストレスを解消する。

 

 「わかっている。選手達を信じるしかない」

 

 いつもなら、負けている試合に激を飛ばし、活を入れて試合の流れを変えたりするのが俺のスタイルなのだが、どうにも先が見えている状況をどう自分の中で折り合いをつけるのか悩んでスタイルが崩れている。

 

 「明日の試合、本気でやったら5点は取られるな。どう動いてくる”上杉”」

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