第17話 ユースとの試合 3軍編 その4
後半戦が始まった。
3軍からのキックオフ。
メンバーチェンジはU-17のメンバーだけ。
CFの沖河をOMFの相良と同じポジションで使う。
沖河はSMFとしても使える選手で、前線、中盤をうまく繋ぐことができるかなり万能性が高い選手だった。
得点の嗅覚も優れており、ポジショニングに定評がある。
沖河はピッチに入り、試合が開始されると息苦しさを感じていた。
(なんだこれ?いくら高地だからってピッチに入ってまだぜんぜん動いていないし体調が急変したわけじゃないよな。プレッシャーか・・)
何か腹に重いものを感じて、自分の調子を分析する。
U-17のメンバーは監督に言われた通り、プレスは1対多数でかけていく。
今ボールを持っているのは、3軍のCBのアルバート。
アルバートがパスを出すが、U-17のメンバーがパスコースを先読みして、プレスを前島と沖河の2人でかける。
パスを受けたのは、前半シュートを決めた確か彼我だった。
アイコンタクトで、タイミングを計りながら、彼我がつめられ体を使ってボールを取りに来る。
2人の顔色が変わる。
(なんだこいつの体は岩か何かでできてるんじゃないのか?)
肩で必死に押すがまるでビクともしない。
逆に腕でうまく押し返され、バランスを崩しそのまま開いたスペースから走り去られる。
U-17のメンバーからあれは、反則ではないのかと抗議が出るぐらい少し激しい腕の当たりだったが、審判は抗議に反応しない。
今回の審判は国際サッカー連盟から派遣された、監獄のクラブチームとは関係のない審判たちである。
3軍の有利な判定で進む事を抗議したU-17陣営だったが、逆に印象を悪くした様子で審判に睨まれる。
彼我から左サイドの水八にボールが渡り、コーナー付近でゴール前に待っている選手にクロスを入れる。
ゴール前でU-17の選手達は体をいれ、”故意にぶつかって”いくが、さっきの彼我と同じようにビクともしない。
3軍選手たちはU-17からの”故意の当たり”にも怪我さえしなければ、問題ないと特に気にした様子もない。
他の試合でも、激しい当たりはあったし、U-17の当たりは逆にぬるく感じる。
どこか、故意で当たっておきながら”怪我はしたくない”と感じるのだ。
クロスからのボールを花形がヘッドで合わせて、前半と同じようにクロスバーに直撃し、ボールが弾かれる。
そのまま、ラインを割ってゴールキックに変わる。
この試合で一番悔しい思いをしているのはU-17のGK子守かも知れない。
前半戦からシュートを撃たれ続けているが、自分から取りに行って一度もまだボールに触れていない。
GKとしてこれほどの屈辱はなかった。
しかも、ほぼ同じ弾道。
スピード、シュートタイミングは微妙に違うが、取れなくはないボールなのにも関わらず、一度も触れていない。
ゴールキックをする子守が苦虫を食べたような眉をしかめた顔で舌打ちをする。
(次は必ず取る。)
子守から中盤のDMFの坂田に渡り、ボールを回していく。
前半戦より3軍のプレスをかけてくる頻度が下がっているような感じだった。
U-17のメンバーは3軍の連中が前半走りすぎて息切れしたに違いないと思っていた。
後半25分。
馬鹿な奴らだと、今度はU-17のメンバーが走り始める。
ここが勝機と、一気に攻めるために、U-17の監督が交代枠を使い切り、ハーフタイムミーティングで言っていた、2人を投入する。
両サイドのMF 石田と広田を交代させ、紅林と原を投入する。
原はMFのどのポジションでもこなせる中盤プレイヤーで、紅林は、CB、SBとSMFをこなす。
二人ともスタミナには自信があり、当たりの強さにも自信があった。
ボールがラインを割り、2人がピッチに投入される。
2人は沖河が感じた重苦しさを同じように感じていた。
(なんだこれ?)
重苦しい違和感を感じながらでも、負けるわけにはいかないと、交代した2人を中心にサイドの展開を切り替えたりなどの工夫をしながらU-17はボールをできるだけ3軍に渡さないように、攻める。
しかし、3軍のチャンスエリアには入る事ができず、必ずボールを奪われる。
3軍のディフェンス陣の基点であるアルビアルを中心にDMFの倉石、彼我も使いプレスをかけて必ず奪い取られてしまう。
3軍の動きは前半戦にはない、ゆったりとした動きなのだが、ある一線を越えるとスイッチが切り替わったように動きが早くなる。
そして後半29分。
緩やかに流れていた攻防が急に動き始める。
U-17の原がもっていたボールを青木のプレスに奪われると、そのままサイドを駆け上がっていき、さっきと同じ展開でコーナー付近からクロスが上がる。
ゴール中央、キーパー正面に陣取った花形にヘッドで合わせられ、ゴールを決められる。
もちろん、ディフェンス数人とゴールキーパーの子守もボールを取りに空中に飛ぶが、頭一つ上の高さからヘッドを決めれられる。
(まじか、こいつなんでジャンプ力してるんだ)
子守が腕を伸ばしボールを取りに行っているのにも関わらず、確かに真横に並んで一緒のタイミングで飛んだわけではないのだが、そんなレベルで語れるようなジャンプ力ではない。
滞空時間の長さもあり、サッカーじゃなくてバスケットでもやってろよと愚痴をこぼす。
まさに一瞬、3軍のゆったりとした試合運びに隙を突かれたといわれればそうなのだが、電光石火と言っていい3軍の全体的な動きにまったく対応できていなかったU-17のメンバーが悔しそうな顔で、下を向く。
U-17の監督の多田川が椅子から立ちあがり激を飛ばす。
センターサークルから再スタートされ、一旦U-17はディフェンスラインでパスを回す。
3軍選手たちはあまり深追いはしようとせず、軽めのプレスだけでボールを取りに行こうとはしない。
35分、U-17の選手達の動きが急に鈍くなる。
後10分の辛抱だと必死に走り続けるが、酸素を求めるように呼吸をする回数が多くなり、選手の中には軽いチアノーゼの症状が見られ始める。
ピッチ横には勿論水分補給の水筒が置かれており、水分不足から来る脱水症状ではない。
高地にあるグランドのせいで空気が平地より少し薄い部分があるが、それだけが原因ではない。
ピッチに渦巻いている強いプレッシャー。
どちらかといえば、そのプレッシャーから来る息苦しさが、選手達の精神的ストレスになり、体調を狂わせていた。
一気に畳み掛けられてもおかしくない状況で、3軍選手たちから冷めた目で見られ、手を抜かれているように感じていた。
悔しさで涙が出そうになるが我慢する。
まだ試合は終わっていないし、負けていない。
2点取られているが、逆に3軍の連中は油断している。
沖河は意地でも1点取ろうと、途中交代でスタミナがあるはずなのだが、気持ちで押されていたのか自分でも知らずうちに、スタミナの消耗が激しい。
それでも、動かない体を必死で動かす。
3軍がボールを拾うと、点数が入っているので無理な試合運びをするつもりがないのかパスを回され、U-17の選手達は必死に取りに行こうとスタミナを削られる。
後半45分ロスタイム。
ふらふらなU-17を横目に彼我を基点に中央を抜けられ、ボールが大河に渡るとディフェンス陣を簡単に抜けられ、シュートを決めて試合が終了する。
何もできなかった。
U-17の選手達はハーフタイム、監督が言った1点を入れる目標すら実行できなかった。
沖河は気がつけば悔しさで地面を叩き続けていた。
ほかの選手も何人か同じようなものだったが、チアノーゼの進行が進んでいる選手は医務室に運ばれていった。
明日以降の試合が懸念される。
試合に出ていない選手で試合は出来るが、強行スケジュール過ぎた事をU-17のスタッフ達は反省していた。
監獄のクラブチームが、ここまで強敵だった事が驚きであり、しかもまだ3軍。
後2軍とレギュラーチームとの試合が残っている。
主力選手たちはこの試合だけでボロボロになっており、控えの選手達も、ベンチで試合を見ており、顔が青ざめている。
U-17の監督である多田川が、頭を抱え、大きく息を吐く。
遠征に来て、U-17達の成長を促していくはずだった。
相手はできたばかりのクラブチーム。
そのせいで相手は格下と決め付けて、油断していた。
さらに言えば、負けるとしても”ここまで”の状況を予想していなかった。
指揮官としては、最悪の結果である。
しかも後2試合、これ以上の戦いが待っている。
スタッフが声をかけずらい状況で、多田川に声がかかる。
「多田川、久しぶりだな」
下を向いていた多田川だったが、声をかけれれてどこか懐かしい声にゆっくり顔をあげるとそこには知った顔があった。
しかも、驚いて思わず大きな声がスタジアムに響く。
「武田!」
長身180cmぐらいで無精ひげで頭はぼさぼさ、しかしそれでも隠しきれないイケメン臭、見るからに体はまだ鍛えており、引き締まったいい体をしている。
過去オランダリーグで弱小クラブチームを3回優勝に導いた日本人サッカー選手。 レジェンドといっても過言ではない実績を持ちながら、日本代表に選出されるも断り続け、国民からは非国民とののしられ、海外でサッカーに携わる事業に関わっていると話は聞いていたが、多田川とは同年代で、まだ武田が日本のクラブチームに所属していた時のチームメイトでもある。
そんな元チームメイトが目の前にいる。
なぜ?
「お前がこのチームの監督なのか?」
多田川の中で出てきた答えがこれだった。
「そうだ。3軍は”俺”のチームだ」
武田の不適な笑みに、多田川の背中から汗が流れる。
はっきり言っていやな予感しかしない。
この試合は終わった。
後2試合、武田以上のサプライズが待っている可能性が高い。
なんなんだ、このクラブチームは。
「お前がなんでこんな所に」
「多田川、お前が聞きたいのは”そんな事”じゃないよな」
多田川の口がパクパクと外の世界に出されて空気を求める金魚のように開かれる。
武田の次の言葉を待つ。
「次は”上杉”とやることになるぞ」
多田川は気を失いそうになった。
マジかと口から言葉が漏れる。
今年40歳になった自分の口から”マジか”と漏れ、それに気がついた時には大きく口を開けて笑った。
いや笑うしかなかった。
そこまでインパクトのあるビックネームだった。
武田の言っている”上杉”とはあの上杉で間違いないだろう。
サッカー大国アルゼンチンでクラブチームの監督を任された日本人。
多田川たちと同じ歳で40歳。
プレイヤーとしても”超”が着くほどの一流だった。
彼も武田同様に日本代表を辞退しており、常に自分の向上にしか興味がない人間だった。
アルゼンチンでの成績は上位リーグ優勝を4度経験。
4度目の優勝を期に、監督をやめ、どこかに消えた人物である。
プレイヤーとして超一流だからといって、監督、指導者として有能かは別の話だが、武田、上杉ともに事前調査なしで戦うべき相手ではない。
今回の試合を見るからに選手の育成は、自分達より上の次元にいる。
自分のチーム。
基礎作りから任されてここまでのチームに育てるその手腕。
多田川はうらやましくて仕方なかった。
なぜその名誉を自分が授からないのか。
代表監督なんて、名誉職で、やはり”自分が作ったチーム”をもちたいと考えていた。
国民達は、勝てば官軍扱い。
負ければ非国民である。
しかも17歳の選手達を集めて、未成熟の選手達の管理、国外と戦う辛さ。
ただやりがいはある。
多田川は色んな感情がいっぺんに渦巻き笑うしか、このストレスを発散することができなかった。