第16話 ユースとの試合 3軍編 その3
ハーフタイムに入り、各チーム、ロッカールームへ向かう。
U-17のメンバーは誰もが黙り込み、とにかく早くグランドから出て気持ちを切り替えたいと考えていた。
その中で、いち早くロッカールームに戻り、暴言を吐き散らかせている金髪の選手がいた。
彼の目の前には、施設が用意したであろうサンドバックが天井からぶら下っており、前半戦入る前の着替えの時から用意されていたものだった。
ウォーター式でやわらかく作られている為、面白がって蹴ったりして遊んでいたが今は、そんな気分ではなくただ心に感じた憎悪をぶつける為の餌食と化していた。
「やめろ。相良」
「監督・・・。」
足は彼らの商品の為、拳で殴りつけていたが、それも止められ吐き捨てる場所のない怒りは監督に向いた。
「なんで、なんですか!なんであいつらあんなに動けるんですか?!」
「練習しているからだろう」
当たり前のことを、何の感情ものせず口にする監督に、目を大きく見開き怒りをさらに募らせる。
「俺らだって練習はしています!!あいつらよりしんどい練習を!」
「お前らのクラブでの練習は俺にはわからん。ユースの監督は選手一人一人を観察し、見極めチームを作り、連携練習、コミュニケーションなどメンタルな部分を含み選手の管理をするのが仕事だ。俺は日本国内で使える選手を集め、勝てるチームを作ったつもりだが、さっきも言った通り、”基礎”からの練習に付き合っているわけではない、その部分で違いがあるのだろう」
黙りこむ相良に、周りの選手も同調するように静まり返る。
「ただ、まだ負けたわけではない。後半戦が残っているしさらに言うと後2試合残っている。ここで踏ん張るか、ずるずる気持ちを引きずり負けをかみ締めながら日本に帰るかはお前ら次第だ。俺はただ負ける試合にするつもりはこれっぽっちもない」
監督として、試合を見る限り、厳しい現状はわかっていた。
フィジカル、メンタルともに相手が上。
技術面でいくらか互角な部分があるのだが、それをカバーするだけのスタミナ、思考能力。
はっきり言ってここまでとは予想外だった。
日本サッカー協会が、イヤイヤ派遣したのは、この状況をわかっていたからか、それとも油断しすぎたのか?ここまでの強敵相手に、なんの情報もなく、いきなりぶつかれと言われれば、情報がある事に慣れてしまっている自分たちにとっては不利のなにものでもなかった。
しかもここの連中は自分達をしっかり研究している。
そういう動きを見せている。
監督として、”負け”を感じる試合に選手達を向かわせるのは酷だと思う。
しかし、彼らもサッカー選手である以上、それを乗り越えなければ、先はない。
U-17に選ばれているとはいえ、まだユース選手である。
プロの選手になれる可能性を秘めているだけで、プロになれるとは限らない。
少しでもその道に近くなるように、U-17として日本国内で認知される選手達になってほしいという気持ちもある。
しかし、この試合の負けは非常にまずい。
ほぼ同じ歳であり、同じ日本人。
しかも新設されたばかりのクラブチーム。
U-17の選手の中にはもう何年もサッカーをやり続けている選手もいる。
プライドが出来上がっている。
プロに上がり、試合を経験して負けを知る事は仕方ない。
世界と戦って負けを知ることは仕方ない。
有名なサッカー選手を輩出するような高校に負ける事もあるだろう。
しかし、できたばかりのクラブチーム、素人同然の彼らに負けるのだけは・・・。
監督は必死に考えた。
前半戦の最中から今のハーフタイムこの時も考え続けている。
どうすればこいつらの心を救えるのか?を。
勝てる試合なら勝たしてやりたい。
当然指揮官としては当たり前。
よくメディアなので負けた試合は選手のせいではなく、監督のせいだと言われる。
これは甘んじて受けよう。
しかし、この試合に限り、それは通用しない。
選手達の心に確かに刻まれるから。
”負け犬”と。
監督として腹は決まった。
「まずは1点を取る」
選手達から熱いまなざしを向けられる。
「プライドは捨てろ。1対1でつめるんじゃない。1対2それがだめなら1対3でつめろ。」
「つまり”故意に当たっていけ”という事ですか?」
「そうなる。ミスを誘発させる為に相手のフィジカルを突いていく」
「穴が空いて、点を決められますが?」
「この試合勝利を掴むのに代償は大きくなる。必ずどこかほころびが生まれるはずだ」
「監督言ったじゃないですか?後2試合あると」
「今戦っているのが3軍。2軍、レギュラーチームが3軍より弱いわけがない。我々は彼らの情報がなさ過ぎる。少しでもこのチームの特性を感じて起きたい。そのための試合だと割り切ってもいい。後2試合勝てば我々の勝ちだ」
3軍の試合後半戦捨てて後2試合勝てば自分達の勝ち。
この試合にも勝つために動かなければならないが、どこか絶望していた選手達に気迫が戻ってくる。
「相良、後半はお前を下げる」
「なぜです!」
「後2試合勝つためだ」
「・・・。わかりました」
「沖河をOMFとして使う。沖河アップしておけ」
「了解しました」
「後、原と紅林も、後半戦の途中から使うからアップしておけよ」
「「わかりました」」
少しは覇気が出てきた選手達に安堵しながら、詐欺師になれるなと心でつぶやく。
3軍控え室では、不満の声が漏れていた。
「1点って。5点はいけたんじゃね?」
大河が口に出すと、選手達からも不満がもれる。
それを聞いていた部屋の中央に置かれた腰かけがない長イスベンチに座っている3軍の監督が口を開く。
「なんだお前ら俺の指示がそんなに不服か?格下相手にぼこぼこにして楽しいか?」
「格下ってU-17ですよ?そこまで格下って感じじゃないでしょ?」
倉石が監督の言葉に反論するが、右手の人差し指を立ててチッチッチと口に出しながら否定する。
「多分今言った倉石の意見が、お前らの意見と思ってもいいはずなんだが、このクラブチームで叩き込んでいる練習は”プロサッカー選手”としてだ。”プロになりたい奴が来る場所”じゃない」
「どういうことですか?」
「お前らはもう”プロサッカー選手”だと言っている。勝たなければ食っていけないし、負け続ければこのクラブチームは消滅する。16~17歳でしかも先輩選手がいない状況でお前らの手でこのクラブチームを作っていっている。色々な情報を見るに俺は、イタリアリーグの下位リーグの中ならお前らはかなりいい線でいけると思っている」
「でこの試合とどういう関係が?」
「俺はある目標を立てて今回の試合に臨んでいる。今回決めるのは3点。時間帯は前半ロスタイム。後半30分、最後に後半ロスタイムで3点。これが決められなかった場合、今回勝ったとしてもお前ら給料なしだから」
「えーーーー!!まじっすか!!聞いてませんけど」
「今言ったし、俺ってやさしぃー。本当は目標を口にせず、ピッチ場の指示だけでやろうかなと思っていたけど、俺の優しさが出ちゃったかな。あ、もちろん予定外の行動をとった場合もペナルティあるから」
「俺らあいつらの事良く知らないんですよ!?」
「そりゃそうだ。俺があいつらの情報を一切流していないからな」
「”研究”せずに試合に臨んで、必死でやっている俺らにそれはあんまりじゃ」
「格下相手に研究もないだろ。それとも何か?知らない相手と今後当たる事がある可能性があるのに、知らないから負けましたっていうのか?馬鹿だろ?勝つべくして勝つ。それができないようじゃあワールドカップなんて夢のまた夢だ」
急にロッカー内の空気が変わる。
さっきまでおちゃらけた空気があったが、もうそんなものはどこにもない。
(そうそう、これこれ。こいつらのいい所は、本気になった時の切り替えがいいんだよ。この試合、遊びであって遊びじゃないからな)
この試合に負けるのは論外。
しかも施設の上層部からは点数を入れられるなといわれている。
サッカーは何が起こるかわからないスポーツである。
団体戦であるがゆえに、いい動きをするときもあるし、逆に動けないときもある。
チーム作りは、海の潮加減を予想するより難しい。
かつてオランダリーグで活躍し、日本代表に召集されるもすべて断り、クラブチーム一筋でやってきてメディアからは非国民と言われたこともある3軍の監督は当時非国民と言われ続けてもクラブチームが優勝するために必死で頑張っていた自分の姿を今の現状に重ね合わせて楽しんでいた。
(必ず3軍をこのクラブチームのレギュラーチームにしてやる)