第13話 クラブチームの方針
電話の音がなり、2コール目で高そうな電話の受話器を取り、20代後半と思われる女性が、この部屋の主である70代と思われる男性に電話がかかってきている事を伝えると、彼の右手が彼女の手にした受話器よりさらに高そうな受話器に伸びる。
「はい。戸田橋ですが?これは、これは。はい?ええ。わかりました。ではそのように。では失礼」
戸田橋と語った男性の目が、彼女を捉えると、まるでその内容を聞いていたかのように一礼し、彼女はこの部屋を後にする。
白いものが混じった無精ひげをさすりながら、肩を鳴らし、戸田橋はこれからの展開を考える。
立ち上げたクラブチーム、まだ正式名称は決まっておらず、その存在も薄っすらと知る人達だけに公開している。
しかし、来年には、予定を繰り上げて、”カンピオナート・プリマヴェーラ”リーグに出場することが、今回のクラブチームを立ち上げた際の出資者達の会議で決定していた。
イタリアサッカー協会との話もついている。
本当はもう少し先だったが、選手達にも実力格差を味わってもらう様に、練習試合の評価で、給料、待遇などの格差をつけている。
3回目あたりの会議では、その格差はまだ早いのではと出ていたのだが、少しずつ、状況を見ながら、金銭、世界の流れなどで繰り上げされていく予定になっていた。 戸田橋は加速する状況は把握しているが、まだまだ、彼らを外に出すべきではないと考えてもいる。
戸田橋は出資者の中で一番多く出資しているので、このクラブチームの代表と言ってもいい。
自分の考えを出資者達に押し付ける事もできなくはないが、彼らの言い分もわかる部分があり、今は会議で決定された流れで運営を進めている。
出資者達は、全員大会社の社長、もしくは会長クラスの人間達の集まりであり、年齢も70~80代近い。
しかも出資金はすべて、ポケットマネーという超ビックな出資家達で、男子サッカーワールドカップを取るというドリームのためだけに出資している。
その為、戸田橋は個性ある出資者達をまとめ役として、非常に神経を使っている所もあり、あまり大きく自分が出過ぎないよう注意を払っている。
現在のクラブチーム運営は、出資だけで収入はない。
しかし見返りが無いわけではない。
クラブチームの選手達が育ち、ワールドクラスになれば移籍金など多額の金が動くことも視野に入れている。
だが、出資家達は経営のプロ、失敗も視野に入れている。
その為のポケットマネーなのだが、1千万単位ではなく1人何十億単位での出資金で動いている。
多額の金額をつぎ込んでいるので本来慎重になるところだが、経営陣は手ごたえを感じており、選手の育成など失敗するリスクもあるが、育成を進める方向で会議が進んでいる。
現状上がってきている報告書には、選手たちの育成は順調と書かれており、送られてくる試合映像はプロと言ってもいい動きをしている。
あんな、山奥の空気の薄い牢獄をリフォームした環境で、10代の若い子達が必死にがんばっている姿は、老人達にとって見ていて楽しいものに映っている。
戸田橋はこのクラブチームの選手達を我が子のように捉えて、特に一人の日本人選手に目をかけていた。
彼我 大輔。
ここ数ヶ月で成長が著しく、周りの選手達にもいい影響を与えている。
クラブチームを”作れる”存在として非常に注目している。
もちろん1人の選手だけでチームを作れるわけではない。
全員が同じ目標に向かって走り続けなければ、何事も達成しない。
しかし、走り続けていればいつかは挫折、失敗を味わい立ち止まってしまうものである。
そんな中、彼のように下から這い上がり前を向く人間がいれば、必ず引きづられて走りだす。
そういう意味で”場を作れる”存在になる人材を確保できた事は、非常に僥倖だった。
だが、彼我の評価がこの間のレギュラーチームとの試合で活躍したにも関わらず、監督からの評価が今ひとつ。
彼を3軍に保留との話が出ている。
戸田橋が話をして、彼をバックアップしていくのもありなのだが、それではハングリー精神が養われない。
そこで試合をさせて、彼我の実力を測りなおすために戸田橋は日本代表U-17の選手達と試合をする事ができないかと、サッカー協会と交渉していたのである。
日程の調整などあり、返事が遅れていたが、ようやくめどが立ったと先ほどの電話に繋がる。
そして、もう一件、戸田橋は受話器を取り電話をかける。
電話にでた相手と、二言三言話をして、受話器を置く。
戸田橋は息を吐きながら、次の一手を打った事に、どう転がるのかを考えていた
監獄のクラブチーム内で日本代表U-17との試合が発表され、日程は7日間。
試合内容は3軍 対 U-17、2軍 対 U-17、レギュラーチーム 対 U-17、クラブチーム選抜 対 U-17 となった。
連続して試合するU-17疲れなどを考慮して話を進めていたのだが、どうしても7日間だけだとの話で、1年と満たない設立されたばかりのクラブチームに相手になりませんよと、話が出たので、戸田橋はそのまま了承をした。
ただし、U-17との試合はこれ一回きり。
8年間「監獄のクラブチーム」は日本代表との試合をしないことになった。
サッカー日本協会からすれば、設立されたばかりで、運営も遊びに等しいと思っているらしい。
クラブチーム運営陣はサッカー日本協会にクラブチームの試合情報もあまり公開しないし、現状がわからない、さらに運営しているのは70代~の老人達。
ド素人にサッカーを馬鹿にされてたまるかと言うことらしかった。
頭にきていたが、戸田橋は今までに培った経営のプロとしてサッカー日本協会に対応した。
筋書き通りならU-17は使い物にならなくなると、逆に心配していた。
戸田橋の秘書の女性が帰ってくると一人の老人を連れていた。
戸田橋は椅子から立ち上がり、大きく手を広げて喜びを表す。
「お久しぶりです!樋川先生もお元気そうで」
「戸田橋君も元気そうでなにより。近くを寄ってみたもんでな」
「おお、そうでしたか。まずはおかけください。」
部屋の中央に置かれた大理石のテーブルのとなりにある高級ソファに対面で腰をかけながら話を続ける。
「それより、面白いことをしていると聞いておるが?」
「どの件でしょうか?私も色々手を伸ばしすぎていて」
「サッカーじゃよ」
「先生のお耳に届いてしまいましたか」
「なぜわしに一口かません。こんな面白い事声をかけてもらえんでわしゃ寂しいの」
「まさか先生にこのような道楽の付き合いなどさせられるわけがございませんよ」
「その顔は道楽とは思っておらんじゃろ」
「さすがは先生」
戸田橋がニヤリと笑うと、樋川も大きくえくぼを作りながら笑みを浮かべる。
「先生に実はお願いしたいことがございまして」
「ドイツでのクラブチーム設立か?」
「さすがにございます」
「わかった。そっちはわしが”勝手”にやるからの」
「今の話から実はもう勝手にされてらっしゃるのでしょ?」
「やはり、わしの弟子の中でおぬしが一番好きじゃわ」
「この間は、あまり遊びに行かない私を嫌っておられたではありませんか」
「正直言うとの、わしと玉津で出資したクラブチームがドイツにあっての。おぬしのところのクラブチームと遊んでみたくなったのじゃ」
「あの玉津先生も絡んでらっしゃるのですか?!」
玉津とはあまり知られていないが、海外の企業家で、小さい国なら一国を動かせる資産を持ち合わせると言われている。
樋川も、玉津と劣らない資産を抱えていると噂になっており、日本にいることが少ない。
この二人がタッグを組みクラブチームを作ったとなると相当敵としては厄介である。
「しかし、先生」
「わしのところは全員日本人じゃよ」
ワールドカップを目指すクラブチームの設立趣旨をよく理解していると、戸田橋が頭を下げる。
「さすがにございます。しかし、選手育成はどうなさるおつもりですか?」
「それを話したら面白くないじゃろ。ま~問題ない。”順調”じゃ」
「ではいつ、試合を?」
「サッカー日本代表の小僧っ子どもを蹴散らした後で楽しもうではないか」
「その事もご存知でしたか。さっき決まったばかりの話ですが。わかりました」
うれしそうに話をした後、樋川を送る為、戸田橋と秘書が付き添い、高級外車に樋川が乗り込みそのまま走り出す。
戸田橋は隣にいる秘書に声をかける。
「判っていると思うが」
「可能な限り情報を集めておきます」
「頼む」
樋川がうれしそうにしていた所を見ると、こちらの情報はあちらに筒抜けなようだ。
後手に回ってしまって、これも試練だと戸田橋は考える。
経営は常に情報戦争であり、先に情報を手に入れ、先手を打ったほうが有利な場合も多い。
もちろん後手からじっくり攻める方法もあるが、資金が大きい樋川に対して後手を取るのは非常にリスクが高い。
情報を可能な限り集め、戦略を打ち出していかないと樋川にクラブチームを乗っ取られる可能性がある。
このクラブチームの話を樋川にしなかった理由。
彼は”やりすぎる”のである。
むしろ、現状のサッカー日本代表を考えると”やりすぎる”ほうがいいのかもしれない。
絶対的な選手育成。
テレビゲームのようにパラメータ管理など、人生において出来るわけがない。
壊れてしまう人間もいる。
しかし、豊富な資金、人材、運を金で動かせる力などを持ち合わせている樋川は、人間的な情の部分を極端に排除し、今まで成功してきた人物である。
戸田橋とは走るベクトルは同じでも、アプローチの仕方に違いがあり、非常に付き合うのが難しい人物である。
今のところ、彼が妨害をしてくることがないだろうと予測する。
このプロジェクトをつぶすなら、もう仕掛けてきているはず。
遊ぶという言葉を発したとなると、ライバルが今はほしいところなんだと戸田橋は思っていた。
しかし、こちらがライバルたる存在にならない場合は、クラブチームを取り込み自分の傘下に置くだろう。
逆にライバルとなりえる強いチームなら、彼はつぶさない。
競い合う楽しみが、何よりもの生きがいとしているからである。
彼の共同経営者、玉津も同じような人間であり、日本代表と試合をするより、かなり厳しいものになりそうだと戸田橋は思った。
だがこちらも、公で試合は早いと思っており、いい機会だと細笑む。
戸田橋は経営陣に電話をかけ、この話をすると非難的な声があがったが、樋川の名前を出すと、相手側は何もいえなくなり、試合の日程などの調整を戸田橋が行う事になった。
そんなやり取りが日本であった事は知らず、クラブチームの選手達は、日本代表との練習試合に備えて調整を行い、試合に供えていたがそれとは別の噂タイムで持ちきりだった。
ベニートと彼我が食堂でご飯をとった次の日も、一緒にご飯を食べ(もちろんアビラも一緒)少しずつだが、周りもベニートに近づき話をするようになったが、それでも彼我と話をするときと比べると硬い印象を受ける。
ベニートが彼我がレギュラーチームではないのはなぜか!と監督に問い詰めた話もあったりしたのだが、話し合いの結果、現状維持と話がつきベニートが悔しがっているということがあった。
やはりベニートは・・・。という見解が有力になりつつあるのだが、どうも最近、それも違うような気がすると話が出ている。
ベニートに手紙が来るようになったからである。
相手は女性。
この件で、どう展開されていくのか、テレビドラマを見るより面白いと持ちきりになっていた。