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水晶玉の力 後

「さっきのガラスケースのイメージは結構的を射ていてな……ポケットに煙草や携帯が入ってるだろ?」


 俺が机の前にいると確信して、未来の俺は目線を机に向け顎をしゃくる。


 素直にポケットを探ると、正しくその二つの感触と、手品用コインの感触が指先から伝わる。


「面白いことに携帯のカメラで撮れるぞ、メモに向けてやってみろよ。本来なら過去を残すものが未来を先に撮る為に使えるんだ」


 にかっと笑った目の前の俺は、ゲームの裏技を友人に教える時のような自尊心がにじみ出ていた。


「撮れない方が俺にはしっくりくるんだがなぁ……」


 水晶玉の非現実感と、携帯電話の現実感の隔たりに戸惑いながらも、素直にカメラをかざし、シャッターボタンを押す。


 ピロリンという間抜けな音と共に、撮った映像はしっかりと携帯電話に保存された。


「煙草に火付けりゃ、煙が周りを囲って、自分の保護されている空間が視覚的にわかるだろうよ。煙くなるから勧めないけどな。その上酸素は無くならないんだから俺にはガラスケースの仕組みが完全に理解できない」


 言葉の途中で煙草を取り出していた俺は、目の前の俺の忠告にすぐさまポケットに煙草をしまい込む。しかし、いま違和感を持つ単語が耳に入った。


「保護ってどういう事だ?」


「まぁ、その煙も知覚されないから、禁煙スペースでどうしても吸いたくなったらやってみれば良い。後は、そうだなぁ……そうそう当然改変された未来の確認が出来る。関数式に当てはまっていた数字を変えたことによる結果の確認だと思えばいい、その代わり、改変前はもう見れないぞ」


 目の前の俺が俺の存在をわからない事を失念していた。俺は余りにも自然に接しすぎていて、一瞬会話をしている気分になっていたのだ。


 思わぬ場面でデメリットの発見だ、こちらからの質問が一切受け付けてもらえない。一般的な対話であれば、無視をしたと思われてしまう。そんな場面に、俺は眉間に皺を寄せる。


 そんな事とはつゆ知らず、目の前の俺は他に何か伝え漏れがないかとボヤきながら、腕を組んで考え込む動作をしている。


「俺ってこの説明の時にどれくらいの時間、話を聞いてただろうか? もしかすると、過去の俺はもういないのかもしれない……」


 咄嗟に思いつかなかったのだろうか、目の前の俺が話を止め、見当違いな考えを巡らし始めている。


 そうか、これは俺にも訪れるであろう事態だ。どれほどの時間が経過しているか度々確認しなければ、過去の俺に対し情報の伝え漏れが発生してしまう。


「いや、居るぞ」


 聞こえないとは判っていても返事をしてしまうのは、人間の性だ。当然俺の声は聞こえていないのだが、目の前の俺は結局話すことに決めたようだ。


 コイツは座った自分の足元を見つめ、傍から見れば独白のように語りだす。


「あ、携帯と言えば……電波は死んでるから連絡手段はないぞ。それと……いや、そんなもんだな、時間場所、人さえ間違わなければ確実に未来が見える。これは単純明快でいて効果は絶大だ」


 目の前の俺は、結局意味があるのかないのか判りづらい事だけ述べ、終了の兆しを見せた。


「じゃあな、もう戻ってもいいぞ」


 それだけ言い終えると黙り込み、ぼてっとベッドの上に寝そべって大あくびをかいた。こうして明らかな終了を伝えることも大切な動作なのかもしれない。


「水晶玉、俺を戻せ」


 その言葉を待っていたかのように、辺りが白い光の世界に囲われ、今度は誰もいない俺の部屋に景色が変化していた。




「ははは! 本物だ!」


 俺は未来の俺が言った台詞を忠実に言う必要があるのだろうか。当たり障り無い様にこの言葉を吐いてみた。もしかするとこの台詞は一人目の俺の言葉だったのかもしれない。


「そうだ、今俺が横で見てるんだよな? おい、俺。この水晶玉は本物だ、絶対に貰えよ」


 横にいるであろう俺に向かい、台詞を再現する。


 俺は一人目の俺が説明した通りに、誰もいない空間に言葉をぶつくさと並べ始めた。


「あぁ、ぶつくさ言っている」


 今頃見ているであろう俺は本当は見えているんじゃないか、と疑っている頃だろう。


 実際にこちらの立場になればわかるが、本当に何も見えないし、聞こえない。何かがいるような気配すらないのだ。


 現場を第三者に見られでもしたら、いよいよ頭がおかしくなったのだと指を差される事請け合いだ。


「水晶玉に俺を戻せと命じるんだ、そうすれば現実に戻れる」


 一頻り説明を終えると、ベッドに横になって今後の事について考えを巡らしてみる。


 一人目の俺はあたかも水晶玉が万能であるような口ぶりだった。ところが、翌月の俺は水晶玉のなんたるかを解明しようとしていた。


 確かに、未来視という意味では万能であるのだろう。まだ試してはいないが、どんな場面でも見ることは可能と考えていい。


 では、何を見るか?

 

 先ほど保存しておいた画像を開き、念のため不備が発生していないか確認する。まずは、この予言通りに未来が訪れるか見てみる必要があると思った。


 株や宝くじを買うにしろ買わないにしろ、これは俺が辿る未来が翌月の俺とどう変わるのか丁度良い目安になる。


 初めに、宝くじでも見てみるか。当選発表日を確認すると、水晶玉を手に持ち、こう呟く。


「水晶玉、今から半年後。十月六日早朝、場所は……親父の横で良い」


 父は毎朝決まって新聞を読む。その横から覗き込めば宝くじの当選が確認できるだろう。 


 水晶玉が白く発光し、辺りが色のない空間に包まれた。三度目ともなれば光にも慣れてくるものだな。




 景色の変化に驚く事もないだろう、自分の部屋以外は今回が初めてだが、自宅内なので突然知らぬ土地に放り出される事はない、そう考えていたし、案の定その通りだった。


 俺が立っていたのは、自宅内で一番他者からの接触を阻める場所だった。この狭くて換気の効いた空間は、一説によると地震の際逃げ込んで生き延びる可能性の高い空間らしい。


「……よりにもよってトイレかよ」


 目と鼻の先には父親が新聞を広げながらズボンを下ろして便座に座っている。俺は、便器と向き合っている扉の前にポツンと佇んでいた。


「匂いがしないのか……」


 未来の俺が言っていた保護とは、果たしてこういった意味合いだったのか。遮断しているのは、空気と物質の二つ以外にもあるかもしれない。


 検証は後ほどにして、すぐさま父親の脇に体を滑り込ませ、広げていた新聞の隅に目を走らせた。


「番号は、違うな……このページじゃない」


 既に読んだページに書いてあるのかもしれないが、こちらから接触出来ないのだ、ページがめくれるのを待つしかない。


 パラパラと流し読みをする速度に若干慌てながら、間もなく該当の数字が目に止まった。


「一等。一、五、七、七、零、一」


 耳で一時的に数字を頭に叩き込み、すぐさま携帯電話を操作する。画像データを呼び出し、確認を開始した。その僅かなあいだに、父親はページをめくってしまっている。


 画面に映し出されている数字は、日付、株価など、とにかく種類が多い。目が滑らぬよう慎重に眺めた。


「あった、これか。一等、一、五、六、七、零、一……合っている? いや……違う、七が二つ並んでいた筈だ」


 未来が変わったのだ。


 これが果たして大きな変化なのか、数字の羅列だけを見れば一文字違うだけだと些細な変化だと決め付けるか、断定は難しい。


「水晶玉、俺を戻せ」


 先ほどから父親の一物が視界に入っていた事を、なるべく早く記憶から消すためにも、用事を終えた俺は素早く現実へと帰還した。


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