漆黒髪の黒真珠②
謎の少女との遭遇から実に20分後、俺たちはさくやの部屋にいた。
さくやの家自体はヴァルプルギスの谷から10分程度の近場にあるが、やはり人一人抱えて歩くとそれなりに時間もかかる。
少女をさくやのベッドに寝かせて、やっと二人とも肩の力が抜けた。
一方、寝かせた少女は余程消耗しきっているのか、微動だにしない。
息はしているようだが、若干心配になる。
「にしても…この人大丈夫か…?」
「さあ?私も回復魔術についちゃからっきしだからねー。でも、息しているみたいだし、多分生きてはいると思う」
「まあ、それもそうだが、何よりさっきのアレ」
「ああ、「救って」ってやつ?んー、でも何だか事情ありそうだし、とりあえず起きるまで待ってみない?」
「それもそうだな……」
こうして、二人で少女が目覚めるのを待つことにした。
しかし、改めてみると実に妙な状況だ。
夜中に肝試しに行き、幽霊にあったかと思ったら少女だった。
そして、謎の言葉を残し倒れた彼女を連れてさくやの部屋にいる。
どこぞのアニメや小説でもあるまいし、こんな状況になるなんて昼休みには予想だにしていなかった。
さくやも同じようで、最初こそ冷静そうに見えていたが、落ち着いてみると不安なのか心なしか様子がいつもと違う。
きっと、最初は俺みたいに混乱していたに違いない。
なのに、自分ときたら…男だというのに、なんと情けないことか。
だが、だからこそ今できることをしよう。
「なあ、さくや」
「えっ、何?とうや」
さくやの視線を確認し、俺は右手を開く。
掌では三つの小さな電撃が発生し、右に左に踊っていた。
やがて三つは絡まりあい一つの弾になる。
弾は指から指へピョンピョンと跳ねて移り、まるで生き物のように動き回る。
少し驚いたような顔でさくやは見入っていた。
「へぇ!とうや、そんなことまで出来るようになったんだ!」
「ああ、ちょっと可愛いだろ?」
「他の魔術使えないのに、とうやは何でか雷電系はホントに凄いねー。どーやってんの?」
「ふふん、企業秘密」
「えー、ケチー」
「まあまあ、でも少しは元気でただろ?」
「っ!まったく、ホントとうやは…馬鹿なんだから…」
なんとかいつもの調子を取り戻したようだ。
内心安心していると、不意にさくやとは別の視線を感じ振り向くと、いつの間にか少女が目覚めていた。
「おー、目が覚めたか。大丈夫か?さっき、倒れたけど……」
「そうだよ!さっき道であったけど、覚えてる?助けてって、一体なに?」
思わず二人で質問をぶつけてしまう。
少女は目を瞬かせると、ベッドから起きてたった一言つぶやいた。
「分からない…何も…」
どうやら、何かあったのか記憶喪失らしい。
もしかしたら、専門の医師に見せたほうがいいかもしれない。
だが、だとしたら名前やパスの有無を確認しないといけない。
現在、この国はすべての個人識別をパス(個人情報を取り込んだ魔法カード)に頼っている為、それがないと医療行為は受けられないのだ。
「じゃあ、パスはあるかな?」
さくやが優しく話しかけるが、少女は理解できないのかぱちくりするばかり。
「パス…パス…?バスケの?」
「いや、球技の技じゃないんだけど……じゃあ、名前はわかるかな?」
こちらは少しは覚えているのか、しばし考えるような仕草をすると、自信なさげに呟く。
「リシ…ア…。私は、リシア?」
「いや、私たちに聞かれても困るんだけどね」
「よく分からないけど、他に覚えてることとかないのか?親の名前とか、地名とか」
「覚えている…こと…。ん~、はっ!!」
何か思い出したのか、リシア(仮)さんは黒真珠のような瞳をめいいっぱいに開き、これでもかというくらいの大声で言った。
「とりあえず、世界を救ってください!」
この時、さくやと顔を見合わせたことは、言うまでもない。