漆黒髪の黒真珠
時刻は22時10分。
俺は、さくやと一緒にフェンスの前で夜空を眺めていた。
何処までも続く黒い闇に輝く星々は、小さいながらもキラキラと輝き、とてもきれいだ。
今日という日で、ここという場所でなければ、ずっと見ていたくなる程だ。
だが、だ。
「イスラ、来るの遅いな」
「だねー。言いだしっぺの癖に、忘れてたりして。念話してみる?」
そう言うと、さくやは携帯念話を取り出す。
卵のように丸く、6色くらい色があるタイプで、最近女子の間で流行っているやつだ。
こういう所に敏感なのは、やっぱり女の子なんだなーとぼんやり思っていると、さくやは手馴れた感じで卵をいじっていく。
途中。幾何学模様や可愛らしいマスコットが飛び出たりしたが、どうやらイスラに繋がったようで、早速話し始める。
「あ、イスラ?今どこー?言いだしっぺが遅刻とか、洒落にならな…はっ…?」
『…っ! …!? !!』
「いやいやいや!だったら一報くらいよこしなさいよ!二人して来ちゃったんだけど」
『~! ?? !!』
「あっ、ちょっと!?こら、勝手に切るな!もう!」
一体どんな内容かは聞こえなかったが、大体様子から予測しながらも、一応は聞いてみることにする。
何故だろう、全くいい予感がしない。
「……で?イスラなんだって?」
「それがさぁ…なんか良く分からないけど、今日はこれないっぽい…」
「うへぇー、マジかよ~」
自分でも分かるほど脱力してしまう。
別に肝試し自体に期待していた訳じゃないが、地味に家からヴァルプルギスの谷までは30分かかる。
往復すれば、1時間だ。
だというのに、このまま折り返して帰れというのか……。
激しく気だるい。
もっとも、だからと二人だけで肝試しをする気にもならない。
二人だけとか…デートでもあるまいし…。
それに、俺とさくやはあくまで幼馴染であり、そういう関係ではない。
ちらっと横目でみると、脱力気味な俺とは違いさくやは何か一人呟いていた。
「これは…好機?いやいや、ここで下手に攻めにでるのはリスキー。だけど、こんな機会は…うーん…」
明日イスラを責める方法でも考えているのか、俺の存在などどこへやら、完全に一人の世界に入ってしまっていた。
ここで現実に引き戻すのも良いが――なぜか、こういう時に話しかけたりすると、顔真っ赤にしてぶん殴ってくるんだよな。
ここは、あえて放置するに限る。
さくやが落ち着くまで暇つぶしでもしようかと自分の携帯念話をとり出しいじっりはじめる。
もっとも、大体使うのは念話の時かメール、あとはネットぐらいだが。
早速今日もネットにつなぎ、別段興味もないニュースを見始める。
「ほうほう、飼い犬についたノミを簡単にとる魔法!」
仰々しく声に出してみたが、やはり興味は沸かなかった
大体、俺の家に犬はいない。
そんな感じで時間を潰していると、不意に視界の端で何かが通り過ぎた気がした。
とっさに見てみるが、別段何がいるわけでもない。
「気のせいか?」
不審に思いつつ、再度視線を戻すと、やはり何かが動いている。
しかも右に左に、じぐざくに移動しながらこっちに来ている。
それも、かなりでかくて黒い何かだ。
不意に、今日イスラが言っていた言葉が脳裏をよぎる。
『大きさは小柄な女性程度。全体が黒く蠢く毛に囲まれ、右に左に体をゆすりながら這い出てくる――』
「は、ははっ。まさかな!怪談なんて、現実にあるわけ……」
また、何かが右から左に移動した。
別に、幽霊なんて怖くないし、怪談なんて信じてもいない。
だが、だがだ。
こうして、現実に起きてみると、あるかもしれないと思えてくる。
いや、勿論信じてはいないんだ。
だけど、だからこそ、これは俺一人で抱えるには重過ぎる現実だ。
全身冷や汗をかきつつ、一人で別世界に旅立っているさくやを呼び戻す。
「お、おい、さくや!目を覚ませ!」
「もう、ヤダとうやったら!二人目はまだはや…えっ…?」
気づくと同時に、顔面が真っ赤になるさくや。
いつものように右ストレートが繰り出されようとするが、今日はそはいかない。
慌てて腕をつかみ、一方的に話をする。
「さくや、落ち着いて聞いてくれ……」
「な、なに!?いや、その、あれはなんていうか―そう、夢!悪夢だったのよ!」
「お前は何を言ってるんだ。そんなことよりも、何かが、近づいてきてる」
「えっ?」
今度は、さくやの顔が真っ赤から蒼白に変わる。
表情が多彩なやつだ。
「じょ、じょーだんはやめてよ?しゃれになんないよ、わらえないよ」
「冗談なら良かったんだがな……」
「ちょっと、ほんとーにやめて、無理無理無理無理!私そういうの昔っからだめなんだって!」
その時だ。
いつの間にか至近距離の物陰まで近づいてきていた影が、一気にこちらに向けて近づいてくる。
一瞬、魔灯(魔力によって作られた電灯)により姿があらわになる。
それは、まさしく『大きさは小柄な女性程度。全体が黒く蠢く毛に囲まれ、右に左に体をゆすりながら這い出てくる』それであった。
そして、逃げる間も与えず俺たちの前に現れたのは、世にもおそろしい――
「すくって、ください、おねがい、しま…うぅ」
「へぇ?」
現れたのは、漆黒の髪に黒真珠のような瞳をした、泥まみれの美少女だった。
「うぅ、ねが…しま…」
「お、おい」
少女は俺の肩にすがりつくように倒れこむ。
その時、一緒に彼女の手からペンダントが滑り落ちた。
一瞬、何が起きたのか分からなくなり、俺は硬直してしまう。
しかし、さっきまで怖がっていたはずのさくやは、少し考えるしぐさをした後、静かに言った。
「とりあえず、事情が何かありそうだし、看病しましょ。私の家まで、運んでもらっていい?」
「あ、あぁ……」