魔術学校一の劣等生③
ヴァルプルギスの谷には幽霊が住む――
それは、ここ最近まことしやかに囁かれている噂である。
ヴァルプルギスの谷は、旧文化のエネルギー枯渇により出来たとされる巨大な地割れで、ある日突然出現したとされる。
そして、イスラが話した怪談とは、次のようなもの。
とある学生が下校していたときのこと。
彼はいつものように魔術の学習書を読みながら、大層集中していたらしい。
そのせいか、彼は今自分がどこを歩いているのか、認識しておらず、気づくと行くつもりのなかったヴァルプルギスの谷についていたらしい。
しかし、ヴァルプルギスの谷は落下の危険がある為、フェンスで囲まれていて、歩いて入れるわけがない。
彼が混乱していると、不意にヴァルプルギスの谷から、小さな声が聞こえた気がした。
「…を…て」
一瞬、彼は谷の下に人でも落ちたのかと思ったが、そんなわけはないと思い直した。
なぜなら、谷は延々と続く地割れ。一度落ちたら生きているわけがない。
不気味に感じた彼は、そそくさと谷から離れようとした。
その時だ。
「せか…って…」
また、声がした。
それも、離れたはずなのにさっきよりも鮮明にである。
一気に背中を駆け上がる悪寒に、彼が振り向くと、谷から何かが出てきていた。
大きさは小柄な女性程度。全体が黒く蠢く毛に囲まれ、右に左に体をゆすりながら這い出てくる。
その姿は、まるで巨大な芋虫。ないしは毛虫であり、到底通常見るようなものではない。
おまけに明らかな腐敗臭を放ち、1m以上はなれた状態であったが、嘔吐を誘う。
内心泣き出しそうになりながらも、彼が全力で逃げ出そうとすると、肩を叩かれ、こう言われたと言う。
「スクッテヨ」
この話を話し終わると、イスラは身震いした。
よほど、怖かったのだろう。
しかし、だ。基本的に俺はこういう怪談は信じていない。
だって、仮に本当だとして、当事者となった人が他人に話すだろうか?
俺だったら、変人扱いされるか、相手にされないだろうから話さない。
だが、さくやは俺と違い心底信じたようで、微かに震えていた。
「あ、あはははは、イスラったら、やめてよ。巨大毛虫とか、しゃれになんない」
「とかいいつつ、箸を持つ手が震えてるぞ」
「そ、そんな訳ないでしょ!ほら、おかずだって、この通り簡単にー」
いや、さくや。明らかにウィンナーつまみ損ねてるからな?
ついでに冷や汗も出てきてるみたいだし――まあ、言わないけど。
「で、イスラ。その話題のどこが面白いんだ?今のところ、単なる怪談話だろ」
「ん?そ、そうか?結構女の子たちには「キャー怖いー♪」て受けたんだが」
「なんで♪なんだよ」
「まあまあ、つーか、とうやは怖がらないんだな」
「そりゃ、まあ俺は信じてないからな」
「そうかそうか」
なにやら嬉しそうにイスラは笑みを浮かべる。
前々からそうだが、イスラが嬉しそうにすると、ロクなことにならない。
今度は何を言い出すのかと思っていると、イスラは一枚の紙を取り出した。
「そこでだ。 今夜俺らで調べてみない?」
『はっ?』
「いやさぁ、実をいうと今度女の子と肝試しするつもりなんよ~。んで、下見がてら三人でいこうかなぁと」
「デートでも何でも好きにすればいいが、何故俺たちを巻き込む」
「てか、私わりと本気で行きたくないんだけど」
二人して難色を示すと、イスラは泣きそうな顔で迫ってくる。
「何でって…怖いからに決まってるじゃないか…!」
『じゃあ、行くなよ!』
「そんな冷たいこと言うなよ!俺ら友達だろ?」
『あ、うん……』
「なんでちょっと自信なさげ!?頼む!今度、何かおごるから!」
土下座でもしそうな勢いで懇願される。
別にイスラのことが嫌いという訳ではないが、二人とも痛い目にあいなれてるんだよな。
この前だって、女の子とデートに行く下見ってことで遊園地にいったが、ジェットコースター(魔力炉動力)が故障して、宙吊りになったし。
しかし、ここまでされて断るのもあれだし、仕方なく了承することにした。
「はぁ、分かったよ。ついていく」
「とうや、本気!?」
「まあ、どーせ出ないだろーしな。さくやはどーする?」
「えっ、私は…忙しいから遠慮しようかなーなんて…」
さくや、お前いつも嘘つく時、目泳ぐよな。
まあ、昔から怖がりだから仕方ないかと思っていると、イスラがさくやに耳打ちをする。
「…ら…と二人…から」
すると、どうしたことだろう。
さっきまで難色だったさくやが、一瞬迷ったあと、控えめに一言。
「わ、わかったわよ。仕方ないなぁ、私もいく」
二人の間でなにが交渉されたかは知らないが、どうやら3人で行くことになったらしい。
どーせなら人数多いほうがいいもんな。
「んで、時間と集合場所はどーすんの?」
「時間は今日の22時!集合場所はヴァルプルギスの谷のフェンス前!二人とも、懐中電灯わすれんなよ!」
『オッケー』
こうして、三人で肝試しに行くことになった。
まさか、これがあんな結果を招くとは……