魔術学校一の劣等生①
『…い…ら!』
『お…こ…!』
声がした。
朦朧とする意識の中、どこか懐かしく、それでいて煩わしい声が聞こえた。
だが、どうしてだろう? すごく懐かしいはずなのに、何故か思い出せない。
モザイクがかかったように不鮮明で、重要な部分が抜けている気がする。
「一体…誰、なんだ…?」
あまりにもどかしく、つい口に出てしまった瞬間、頭に味わい慣れている衝撃が襲う。
それと同時に、意識が現実に引き戻された。
「あれ…?俺、一体何を…?」
寝ぼけ眼をこすりつつ言うと、真正面にまったく特徴のない中年おやじの顔がでてきた。
「何が「一体何を…?」だ! 雷門寺、お前この前も俺の授業で寝てたよなぁ! あっ?」
「へっ?あ、えーと……おはようございます! 柳池先生!」
「おはようって…お前なぁ…今何時だと思ってやがる? 昼前だぞ、昼前! 寝ぼけてるんじゃない!」
柳池は顔に青筋を浮かばせつつ言ながら、歴史のテキストで再度頭を叩いてきた。
今度の方が、若干さっきより強い。
地味に痛かったため、若干目に涙がにじむ。
「いっ! くぅ~!」
「ふん! それじゃあ雷門寺、罰として今のところ読んでみろ!」
「へぇ!? あっ、でも聞いてなか……」
「あん?」
「ひぃっ」
柳池の顔が、ヤクザかマフィアではないかという位怖くなる。
まったく平々凡々な顔立ちなのに、キレると怖い…これが柳池だ…。
実際、すでに青筋がもう一本浮き出ようとしていた。
しかし俺、雷門寺 東弥は社会がすこぶる苦手だ。
どの位かというと、世界史と日本史の8割がわからないくらい苦手だ。
特に近代史が苦手で、魔術文化の開花とか意味不明。
だが、今はそんなことを言っている暇じゃない。
早く答えないと、あと3発くらい殴られそうだ。
どうしたものかと悩んでいると、不意に服を引っ張られた。
振り返ると幼馴染の十六夜 咲弥がテキストのページを示していた。
『24ページの「旧文明と新文明への転換点」だよ、とうや』
『お、さんきゅーな、さくや。恩に着る』
軽い会話をした後、俺は早速読み始める。
横で柳池が丸めたテキストを手でパンパンしている。地味に怖い。
「物質エネルギーを原資として栄えた時代を旧文化、無形エネルギーすなわち魔術エネルギーを原資として栄え始めた時代を新時代という。これらは、別用語で科学文明、魔術文明とも呼ばれ、転換点は現代より約600年前の『ヴァルプルギスの宵』により物質エネルギーが枯渇したことによる……」
ちょうど、ここでチャイムが鳴る。
柳池は時計を見て少し悩んだ後、教卓に戻りながら言った。
「雷門寺、もういいぞ。 これに懲りたら、もう居眠りなんかすんじゃねーぞ。次したら、個人課題出すからな。よし、んじゃ授業はここまで。 俺は行くから、日直黒板よろしくー」
言うが早いかやるが早いか、柳池はさっさといなくなってしまった。
とりあえず、もう読む必要は無さそうだ。
肩をなでおろしていると、さくやが話しかけてきた。
「ったく、とうやは本当に良く居眠りするよねー」
「仕方ないだろ、柳池の授業はガチで眠くなるんだからさ」
「だとしても、授業態度ぐらいちゃんとしとかないと、ヤバイんじゃない~?」
「なんだよ、それ」
「余計なお世話かもしれないけど、あんたテストからっきしじゃん」
さくやの言うとおり、実を言うと俺はテストがすこぶる苦手だ。
いや、違うか…正確には、実技を行うテストが苦手だ。
ウチの学校はテストを魔術の実技で行う場合が多々あるが、俺は魔術の才能がないのか、未だ雷撃系の魔術しか使えないのだ。
だから、実技が他の魔術だったりすると、評価は1になる。
そのせいで一部では「魔術学校一の劣等生」と呼ばれたりもしているようだが、正直俺自身としてはどーでも良いと思っていた。
できないものは、仕方ない。魔術ばかりは才能云々だしな。
だから、普段は気にしないのだが――こと、この幼馴染については言われたくはない。
「何言ってんだ。 お前だっていつも補習組じゃねぇか」
「ふん、私はその分部活とかしてるからねー。どっかの誰かさんと違って」
「へいへい、帰宅部ですいませんねー。 てか、馬鹿いってないでそろそろ昼食にすっぞ」
若干嫌味っぽく返しつつ、俺は自作の弁当をかばんから取り出す。
ここ1年、訳あって一人暮らしをしている為、衣食住は一通り自分でこなしている。
そんな俺の様子を見て、さくやも自分のカバンをごそごそとして、弁当箱を取り出した。
女性にしては少し大きめの弁当だが、本人曰く陸上部に所属している関係上、そのくらいがちょうど良いらしい。
時計を見ると、すでに昼休み開始から10分程度たっていた。
俺たちは、早速自分の弁当に手をつけることにした。