リセットボタン【hack to brain】-7
此戸葉Side
わたしはスーパーの夜勤のバイトが終わり、アパートに向かって歩いていた。隣にはクラスメイトの相葉君もいる。元はと言えば、相葉君の紹介でこのバイトを始めた。わたしは彼の事が好きだけど、その思いは彼には届かない。相葉君とわたしは友達関係でそれ以上も以下もない。そんな身勝手な思いを感じていた。
以前、彼の将来の夢を尋ねたことがあった。
『私は画家になるため優秀な教師の元で教えを乞うためパリに留学しようと思う』
と、わたしには出来っこない事をさらっと言ってのけた。
もしかしたら彼もわたしの事を好きなのかもしれない。時たま、そういう素振りをすることがある。でも、今それを告げたら、彼を夢から引き止めることになるかもしれない。だから、いっそう思いを言葉に出すのが怖かった。
ふと、相葉君が私に声を掛けてきた。
『ずっと気になってたんだけどさ、此戸葉は卒業したらどうするの?』
『急に言われてもわかんないよ。わたしは卒業しても多分、今のバイトを続けると思う』
わたしには夢なんて贅沢なものなんてない。孤児院育ちのわたしにはただ生きるのが精一杯で。もしわたしに両親がいれば夢を見れたかもしれない。もし両親も将来の夢もある夢のようなそんな世界があるならって。ずっとそれを憧れてきた。
『そっか、でも夢を見るのは自由だよ。それが実現できるか出来ないかは云々としてね。
此戸葉は料理が上手いし、調理師に向いてるんじゃないかな。
もしもさ、俺と此戸葉の二人で東京に店でも立てたら面白いことになるんじゃないかな。此戸葉さんが監督で俺が助手、なんてね♪』
わたしは一呼吸置いて、相葉君にしか聞こえないくらいの静かな声で言った。
『相葉君はパリに行くんでしょ。それのチャンスはわたしのために無駄にしないで。』
『うん、それはジョークだよ』
『なら良かった』
私たちは50メートル先の公園の曲がり角でいつものように別れようとした。
『さよならー、じゃ明日もバイト先でまた』
わたしは大きく手を振って、私は右に彼は左に。
『了解~!!』
大きな声で別れの言葉を。そして再会の言葉を。
まだ彼女は知らない。彼がわたしの知らない相葉君になることも。この世界全てが作り物だと言う事を。