怪話篇 第十五話 内定
1
「いやぁ、職が決まって良かったなぁ」
「未だわかんないよ。3人ともみんな採ってくれるとも言ってないしな」
「あれ、鈴木、そうだったけ?」
「うん、……そういや、そんな風にも受け取れるけどなぁ」
「まだ内定が決まりかけているだけでも、ましじゃないかぁ。オレなんかなぁ、……オレなんか」
「そう、沈むなよ。きっと大丈夫だ。そら、飲めよ!」
「そうさ。オレ達だって最初は酷かったんだぜ。なあ、田中よ」
「そうそう、この間の面接の時なんかよ。無茶苦茶いうんだもんな」
「そうだよ! うん、あの言い方は酷い」
「確かにそうだ。何が、それぞれに抜きん出た処もない事もないだって」
「ふん、そりゃぁそうさ。全体的に見りゃ、オレ達ゃ並だよ、並」
「そうさ、オレ達、超人じゃないもんな。大企業のお偉いさんとは違うかんね」
「おー、佐藤さん。よくぞ言ってくれました」
「おうよ、どうせオレ達ゃ、スナックトリオよ。お手軽に使われましょう」
「よーし、よし。もっと飲め。それそれ、飲め、このやろう」
「しかし、あの部長さん、妙な言い方してなかったか」
「妙って?」
「うん、妙だったな、鈴木」
「だから何が」
「田中ぁ、やっぱりおまえは並だな」
「うるさい!教えろよ」
「あの部長さんなぁ、それぞれに抜きんでた処があるって言ってくれたよな。でも、それがバラバラじゃあどうしようもないって。」
「そうさ。でも、3人とも採ってくれそうにはなかったぞ。3人とも採れなけりゃぁ、誰かが……」
「そうゆう事だなぁ」
「や、やだなぁ。みんな友達だろう。誰が落ちても怨みっこなしだぜ」
「おまえ、自分が落ちてもそう言ってられるか」
「そりゃぁ、……良い気持ちはしないけど。しようがないだろう。それに、方法がない事もないって言ってただろう、部長さんが。きっと、3人とも無事採用されるって。」
「おまえ、相変わらず楽天的なのなのなぁ」
「いいじゃないか、ささ、飲もうぜ。湿っぽいのは御免だぜ」
「おら、飲めよ垣内。ほら」
「オレなんかなあ、内定どころか、……くそう、このぜいたくもんが!」
「うわぁ、誰か垣内を押さえろ!」
「オレ達が悪かったから。な、飲めよ、ほら」
「よおし、飲むぞ!」
「てめえ、田中飲まんか」
「ギャー、止めんか。あっ、こら。それはオレのだぞ」
2
「スナックトリオ、就職決まったって?」
「おう、垣内か。それが、どうも佐藤だけパスして、田中も鈴木も駄目だった様だな」
「ここにきて解散か。あの3人、仲よかったのになぁ。あいつら、喧嘩なんかしてないだろうな?」
「不思議な事に静かでねぇ」
「嵐の前の静けさかね?」
「いや、大分会社で話し合ってたらしいから、大丈夫だろう」
「しかし、無情だよな。いくら決まってるからって、1人だけなんてねぇ」
3
「おい、鈴木見なかったか?」
「さっき通ったぞ」
「あれは田中じゃないか。後ろ姿が田中してた」
「あれ、顔は鈴木だったぞ。そういや、歩き方が佐藤してたな」
「へ? 何じゃそりゃぁ」
「おーい、垣内。スナックトリオ見なかったか」
「何だ?」
「うん、さっき佐藤が落としてった」
「この時計は田中のだよ。ほら、この大きさが佐藤に合うとでも思うかい」
「あれー。これ佐藤がしてたんだよ。あいつの腕こんなに細かったか?」
「おーい、鈴木見なかったか、鈴木」
「今度は何だよ」
「レポートだよ、レポート。もう鈴木に頼るしか、……・おっ、これこれ。後でコピー頼むよ」
「これ、佐藤のだぜ。完成させるとこまで見てた」
「この字は鈴木以外に考えられないよ。それに、佐藤はあの講義とうに諦めてて、もう出席もしてないぞ」
「じゃぁ、何で佐藤に書けるだ」
「おい、変だぞ。さっき田中と握手したら、べっとりしててよう、手の感じがまるで佐藤みたいで」
「うるせえ!何が何だか、わかんねーぞぉ。ちっと静かにしろ」
「しかし、あの3人が……」
「判ってるよ。だけど、いくら会社の欲しい人材がそうだからって、いきなり切り張りされてたまるか!」
「だって、現に」
「じゃぁ、どれが佐藤でどれが鈴木で、田中はどれなんだ? 佐藤の顔して鈴木の体格した田中の声でしゃべるヤツをなんて呼んだらいいんだ?」
「顔からして佐藤じゃないか」
「鼻は田中だったぞ」
「止めんか! いくら何でもちょっと酷い」
「垣内! おい、何処行くんだ」
「会社に掛け合って来る。人の身体を何だと思ってるんだ」
「おい、待てよ。垣内、おい」
4
「おい、垣内知らないか」
「うん、オレも捜してるんだ。あれから気になって」
「おや、あれは垣内じゃないか」
「そうだ。垣内、おーい待てよ」
「何だ?」
「あれ、鈴木なのか? なぁなぁ、オレ達垣内を捜して……」
「オレがどうかしたって?」
「田中の口」
「佐藤の鼻」
「何だ? 何か用か?」
「鈴木の……声」
「用がないなら、呼ぶなよな。オレ、今度内定が決まったんで挨拶まわりで忙しいんだ。じゃあな……ん?おまえ、なかなかいい手してるな」
eof.
初出:こむ 8号(1988年1月15日)