女子社員たちも、雨に負けている。
今日の俺、昼休みに社員ダイニングで頂くは、俺製弁当。テンション上がらない。
それも仕方がないこと。カミさんが連日続く雨で、バテてしまった。
晴れ間に洗濯物を干しても、干し終わってすぐに雨が降ってきたり、湿度がすごくて洗濯物を部屋に干すと、なんか霧の中にいるような気分になってしまう。
もちろんサーキュレーターは回す。が、家の窓を雨が入りにくい場所で開けて換気していたとしても、外も超湿度。
超湿度から超湿度への換気になるので、やっぱり気分は霧の中。風を送っている分、なんとか乾くけど。
「あー、体だる〜い」
俺の席から、パーテーションを隔てた後ろにいるその声は、同じ部署の宮原。きっと同僚の伊藤もいるのだろうな。いつものパターンだ。
でも仕事中、席に着いている時は、きちんとしゃっきりとしていたが……。昼休みで緊張がすこし和らいだ分、怠さが押し寄せてきたか? それならいいが、もし体調不良なら帰さなきゃ。
「ほんとでありんすよー」
あっれーっ!! 伊藤じゃない! ありんす語尾ということは、情報システム部の菊池か! 宮原とお昼ってか俺の後ろにいるの珍しいな。
「一応、オフィス内の温度が3段階に分かれて、固定の席をなくしたフリーアドレス制になって、寒さがきつい場所で仕事をすることは無くなったから、ようやくエアコン疲れから元気になってきたのにー」
「ほんと、サーバー室でもないのに、キンキンに冷えた部屋はしんどいでありんす」
「ねー。でも、今度は連日の雨続きで、エアコン切ったり弱めたらじっとり。つけたらひんやりってなったよねー」
「エアコンも万能じゃないでありんすからねぇ」
「熱中症出るよりマシだけどねー」
そうなんだよ、じっとりだし、湿度が高いと冷え冷え効果が高いのなんの!
でもきっと、冬はカラッカラになるんだぞ、これ。
「それにしても、伊藤女史はどちらへ行ってるでありんす? いつも一緒にいるような……」
「今、お弁当あっためてるよー」
あぁ、レンチンしてんのね。この席レンジから遠いから、社員ダイニング入ると、すぐレンジに向かうんだよな。そんで、ほかほかお弁当持って、席に着くのがいつものパターン。
「あぁ、宮原パイセンはサンドイッチだから、温め不要でありんすね」
「そそ。あ、イトちゃんきたきた」
「お疲れ様ー」
お、伊藤も席に着いたようだ。
「イトちゃん、なんか元気っぽいねー? あたし雨でバテバテだよー」
「菊池も雨バテしてるでありんす」
ほんと、宮原や菊池に比べて、伊藤の声は軽快に思える。俺も割と元気な方だけど。
「うん、私あんまり自律神経系、影響受けないから」
「「自律神経?」」
自律神経? それって、午前とか午後とか気圧とかのなんやらだよな。あんまよくわかってない。
「最近のお天気まんまだけど、雨が降った後すぐ晴れて、そして雨が降ってってなると、交感神経と副交感神経のスイッチが頻繁に切り替わって、疲れが出やすくなっちゃうらしいのよね」
「女史、影響受けにくいのに、詳しいでありんすな……」
菊池に同意。不調な人の方が、そういうの把握してそう。って、まさかカミさんもこれかー!
「イトちゃんよりあたしの方が、自律神経の影響受けやすいのかー」
「ってか、ここ最近の長雨で、ほとんどの人が不調になっているわ。ガッツリ出る人から軽い人まで。結構多い感じ」
ここ数日いろんな部署のヘルプに出ていた伊藤は、他の部署の人らの不調も耳にしたようだ。
「多雨疲労ってニュースで言われているわ」
「たう……? タウリンしか頭に浮かばないー」
「多い雨って書いてたうって読むみたい。最近のニュースでよく見るわ」
宮原、それ、栄養ドリンク!! むしろ今欲しい感じのやつだろうなぁ。
「自律神経って、そもそも、よくわかんないでありんふ」
菊池、喋り終わってから食え。語尾が終わる前に飯を口に運ぶな。
「私もあんまりよ。ぶっちゃけ悪くならないから、ピンとこなくて」
俺もよくわかっていない。骨と血はわかるけど、リンパとか自律神経とか、ピンとこないんだよなぁ。
「あたしも普段はこんなに、だるくならないんだけどなー」
宮原は割と元気なことが多い印象だよな。
「ってか、イトちゃんなんでそんなの知ってるの?」
「旦那よ……」
伊藤の旦那さん、俺の飲み仲間。最近は不調が続いていて、この週末予定していた飲み会の延期が起きた。
「旦那の不調の症状を調べてみたら、それが当てはまってねぇ」
伊藤の方が元気らしい。あぁそうか、具合悪い時って調べる気力もないもんな……。
「そういうのって、女性が多い印象でありんすよ」
「うんうんー。自律神経ってそんな印象だよねー」
菊池と宮原もダルめだもんなぁ。
「うん、多雨疲労、女性の方が男性の2倍って言われてるって、調べてる時に出てきたわ。女性の方が多いけど、男性もいるってことよ。宮ちゃんの旦那さんはどうなの?」
宮原の旦那は弊社人事部所属。人事部の宮原の略称で、彼はジンミヤと呼ばれている。
今はフリーアドレス制になり、各部署で固まっていた席はなくなり、エアコン温度が中程度のエリアに移った。
そのため俺の席からは見えていない。そもそも部屋が違う。もともとだが。ちなみに俺は、温度高めエリアにいる。寒さが堪えるお年頃だから。
「具合悪いって言うの、いつも通りだから、気にしてなかったー」
宮原、冷たいっ!! って言っても、過去に宮原が具合悪い時に、自分も具合悪いアピールして家事から逃げた前科がある分、宮原から心配される度合いが減っている。
が、ジンミヤも具合が良くないようだ。
「でも、名前がついたところで、原因は自然現象だからどうにもできないのよね」
伊藤、その通りだが、身も蓋もない事を言ってしまっては……。
「ねー。いつもよりスマホ早く置いて寝る、とかくらいしかできないよねー」
「なんか、このダルさと頭痛、鎮痛剤も効きにくいでありんす」
カミさんも、痛み止めがあんまり効かないって言ってたもんなぁ。早めに休んでもらって、なるべく俺が家事しているけど、俺は帰宅後しか担ってあげれない分、負担が減っているのかどうか。
「湿度が高くて、汗をかきにくくなって、体温調節もしづらいらしいわ」
「確かに、雨の日外回りしても、晴れてる日より気温低いから、汗も少ないもんねー」
パンっと手を鳴らす音が後ろから響いた。
「それでありんす!」
菊池、いきなり、なんでありんすか?
「汗をかきに行くでありんす! これ使ってください、パイセン、女史!」
こんな雨の中、そんな気分にならねーだろう。 ん? 使うってなんだ??
「なになに? 『雨の疲れを飛ばす。"菊花の湯 きくち"割引チケット』これ、菊池一族のお風呂屋グループのチケットじゃん」
あぁ、菊池の実家は銭湯経営で、親戚も系列で銭湯経営してたよな、たしか。銭湯か……いいな。
「これ、梅雨時期に結構好評だったんでありんす。岩盤浴や炭酸泉。あと菊花の湯には岩盤浴があって、氷結房もあって、クールダウンもバッチリでありんす!」
ひょうけつぼう?? ちょっと教えて、ゴーグル先生。
岩盤浴屋さんのホームページが色々出てくるな。
なになに、サウナで使う水風呂の、部屋バージョンみたいなやつか。へー、そんなのあるのか。
「残念ながら、お風呂に入れば治るってわけではないでありんすが、汗をかいて水分とって整えることと、リラックス時間を持つことで、心にゆとりができるでありんす。多分自律神経系も、落ち着きやすくなる気がするでありんす」
あー、確かに岩盤浴やサウナって、セカセカ時間に追われて入る場所じゃなく、じっくり施設に滞在するもんなぁ。いいな、それ。
確か、家の近くにあったな。
「よーし、明日休みだし丁度いいねー!」
「そうね! 気持ち的には、仕事終わったら行きたいけど、旦那も整わせなきゃだから明日だわ」
「菊池も行くでありんす……。流石にバテ度合い大きいでありんす……」
俺も後でカミさんに伝えてみよう。
そんでもって菊池に、うちの近所にある、きくち湯のパンフレット持ってるか聞いてみよ。
カミさん、ホームページより紙印刷のチラシの方が好きだし。
さて、テンション上がらない俺弁当ごちそうさま。
美味しいは美味しいんだよ。でも、カミさんのとはまるで違う。多分気持ちの問題。
——プププ
お、スマホが震えた。LINNEメッセージは娘からだ。
『パパ、お弁当ありがとう! やっぱりひとりじゃ食べきれなかった! パパ学生の頃、すごく食べてたんだね、やば』
うん、娘のリクエスト。俺が娘と同じ年の頃に食ってた弁当の再現。お袋に電話して作ったさ……。
そりゃ、茶色弁当でご飯もモリモリ。唐揚げ、生姜焼き、冷食おべんとうおかずのフライ3つに、炒めたウインナー。
そら、娘が食い切れるわけない。普段のご飯見てたらな。
もちろん、今の俺には絶対に無理だ。
『今のパパには無理です。今日の自分のお弁当でも、少しもたれました。
週末、お母さんのリフレッシュに、近くの岩盤浴があるスーパー銭湯に行こうかな、と思うんだけど。お母さんにはまだ伝えてない』
『部活ないし、あたしチビと留守番しておくから、2人で行ってきたらー? お土産、フォーチュンワンのアイスパックね』
おわ、下の子の面倒を見てくれるとは……。そしてアイスパック、これ最低でも8個入りのやつだよな。多分12個が大正解のやつ。
よし、あとでカミさんにLINNEメッセージいれよう。
少しでも良くなりますように。




