人生は娯楽や―ホームレス賭博編―
1
——月や。
下弦の月や。めっちゃ、綺麗な月が出とる。夜風が心地良う体を撫でてる。今日は気分が良い。博打で負けたのも、気にならんぐらい気分が良い。
さっき拾ったライターで、シケモクに火をつける。肺いっぱいに煙りを流し込み、ゆっくり吐き出した。
あんまり旨くないけど、気分は良かった。俺は鼻歌を唄いながら、月を見る。公園のベンチの冷たさを感じながら、明日を夢見る。
宿無し文無しでも命が在るなら、一発逆転を狙える。
——やれる。出来る。
絶対に勝てる。
其の為には、まずは軍資金を作らんとアカン。どないやって作るかは、まだ考えとらん。今日、食う金もないけど、飯は食ってける。
今日の夕方、師匠が廃棄の弁当を分けてくれた。師匠は墓地に囲まれた場所に在る公園のホームレスの主や。俺が此処に来て日は浅いけど、面倒を見てくれてる。
めっちゃ、良い人や。此の檀原公園には、師匠を含めて三人のホームレスがいてる。師匠はいつもコンビニで貰って来る大量の廃棄弁当を、他のホームレス達に分け与えてる。見返りは求めらん。
——皆、助け合わんとアカン。
師匠の口癖や。
けど大概、他のホームレス達は師匠におんぶに抱っこや。俺もそうや。まだ、何も返せとらん。
受けた恩は絶対に返さんとアカン。
恩も仇も倍にして返すんが俺の流儀や。だから、絶対に師匠に受けた恩は返さんとアカンねや。
「何や、兄ちゃん。まだ寝とらんのか」
ベンチで寝返りを打った拍子に目を覚ましたのか、師匠が起き上がる。懐からシケモクを取り出して火をつける。
「しっかし、兄ちゃんも変わっとるなぁ。俺等みたいな生活せんでも、男前なんやから若い姉ちゃん垂らし込んだら良ぇやないか?」
卑しい笑みを携えながら小指を上げる師匠。
「アホか。そんなみっともない事、出来るかいな!」
ヒモに成るぐらいなら、俺は賭博師になってへん。
「俺みたいなんに世話して貰ってる方が、よっぽどみっともないやろ?」
何が可笑しいのか知らんけど、師匠はゲラゲラ笑い出した。
「みっともなくないで。師匠には貸しを作ってるだけや。直ぐに倍にして返したるから、楽しみにしときや!」
師匠には、ほんまに感謝しとる。師匠がおらんかったら今頃、飢えにのたうち回ってる所や。
「ほな、楽しみにしとこか。しかし、兄ちゃん。何で賭博師になったんや?」
「俺の親父は、商売しとったんや」
「商売? 何の?」
「アパレル関係や。けど三年前、俺が高校卒業した時に自己破産したんや」
アホな親父や。
「銀行に借りた金はチャラになったけど在のアホ、闇金にまで手ぇ出しとったんや」
闇金にだけは、手ぇ出したらアカン。いつも、親父が言うとった言葉や。ほんまにアホや。
「ほな、自己破産しとっても関係ないやろ。幾ら借りとったんや?」
短くなったシケモクを指で弾く師匠。
紫煙が公園の街灯に照らされて風に流れる。
「元金は知らんけど、五百万や言うとった。ほんで闇金の追い込みに気ぃ狂うた親父は一家心中しよった」
「で。兄ちゃんは闇金の連中に、型に嵌められたんか?」
二本目のシケモクに火をつける師匠。
俺もシケモクに火をつけた。
「せや。半分ヤクザみたいな連中が仕切っとる蛸部屋に入れられて、アホみたいに肉体労働や。毎月、給料の殆どが持ってかれて、手元には五千円しか残らへん。其の残った金も、同じ部屋の連中に持ってかれてくねん」
「そら、酷いなぁ。良う出て来れたなぁ」
在の時の生活は、ほんまに地獄やったわ。けど、お陰で俺の人生は娯楽に変わったんや。
浮き沈みは在るけど、巧い事、浮き続けたら最高に楽しい人生を送れる。正に人生は娯楽や。
「必死こいて、イカサマ考えたよ。巧い事、連中を出し抜いて、巻き上げたったんや。ほんで、其の金を更に博打で増やして、自分を買い取った」
「兄ちゃん、おもろいなぁ。俺には博才ないから、無理やろな」
師匠は子供みたいに良い顔で笑ってる。多分、師匠は今の生活でも其れなりに幸せなんやろな。
俺は自由に成ってから、全国を旅して回って博打三昧や。最高に充実しとる。人間は自分が満足、出来る生き方せんと、幸せやないんやろうな。
久々に大阪に帰って来て良かった。やっぱり地元は温かいな。人の温もり——人情の街。
大阪は情に包まれとる。
けど、情だけやない。
でかい街程、どす黒いもんもようけ孕んどる。
俺は此の街の賭博師に、博打で負けて文無しになった。
受けた仇は百万倍にして返したらんと、俺の気が済まへんねや。
其の為には、軍資金がいる。
取り敢えず、今日は寝よう。
2
俺の地元、泉佐野市は大阪市外に在るいわゆる田舎町や。田舎町や言うても他の田舎の県からしたら大分、都会や。
泉佐野市から堺市までの府下を、泉州地方て言われとる。日本のワースト1に当たる柄の悪い地域や。市内の人間の多くは、泉州地方には恐がって近付きたがらん。確かに柄が悪い。ネットの書き込みで【修羅の島】とか言われとる。【修羅の島】て、男子の生存率2%な訳ないやろ。皆、逞しく生き残っとるわ。そんな【修羅の島】に住むホームレス達は基本、気の良いオッサンや。先生がニコニコしながら俺を見る。
「兄さん、此処の自販機は譲ったげるわ」
先生は檀原公園のホームレスの一人や。金を稼ぎたい言うたら、笑顔で自分のシノギを教えてくれた。
普通、自分の食いぶちが減るから、シノギを他人に教えらんもんやないのやろか。まぁ、教えてくれるなら甘える事にした。
先生のシノギは、自販機の釣銭忘れを猫ババする事や。先生曰く、特定の時間と場所に行けば特定の人間が毎回、釣銭を忘れるらしい。
——ほんまかいな。
どうにも胡散臭いけど、物は試しや思うて着いて来た。
檀原公園を少し通り過ぎた所に在る松風台と言われる高級住宅街。其の入口の坂の上に在る大きな家の前に自販機が設置されて在る。
「ほら、誰かに取られる前に釣銭あるかみてみ?」
半信半疑で釣銭口に手を突っ込んだ。
「ほんまや!」
四百円も入っとった。
「ほら、見てみぃ。入っとるやろ!」
先生はえらい誇らし気やった。
「おおきに。此れ、御礼に受け取って!」
俺は三百円を先生に差し出した。
「良ぇんか、兄さん?」
「百円、在ったら充分やで!」
博打するのに百円、在れば充分や。其れに、受けた恩は倍にして返さなアカン。此の俺、雛形双六は義理堅い。
「じゃあ、有り難く貰っとこか。おおきに」
「ほな、先生。ちょっと、行くとこ在るから俺は此れで」
「そうか。ワイは此れから、他の自販機も回らなアカンから」
笑顔で手を振る先生。
ほんまに良い人や。多分、皆、人が良過ぎるからホームレスになるんやろな。
俺は檀原公園の方に向かって歩いた。檀原公園の直ぐ側に在るバス停留所。其処が今回の賭場になる。
もう既に、カモは見付けて在る。
今から戻れば、余裕で間に合うやろ。
3
バス停留所に着いて十分ぐらいが経った。
シケモクを吸って時間を潰す。足元には、三本の吸い殻が踏み付けられてる。もうそろそろ、カモが帰って来る頃や。
三日間、此の時間帯に俺は此のベンチで時間を潰してるけど、カモは毎日、此の場所を通り過ぎてる。
今日も間違いなく此処に来る筈や。
四本目の吸い殻を踏み付ける。
——来よった。
きっちり、毟らせて貰うで。
えらい恰幅の良い中学生が、三人のヤンキーに囲まれて歩いて来る。俺の見立てでは、恰幅の良い中学生はヤンキー三人組に苛められてる。そして、金を毟られている。
「おい、智則。俺や俺や。覚えてるか?」
突然、見知らぬ男に声を掛けられて、恰幅の良い中学生は驚嘆と困惑が混じった様な表情をする。そら、そうやろうなぁ。苛めっ子に囲まれてる最中に、いきなり訳の解らんチンピラ風の俺に声を掛けられたんや。苛められっ子やったら、そらビビるわな。
「何や、智則。お前の知り合いか?」
ヤンキーの一人が困惑しながら、恰幅の良い中学生——智則に問い掛ける。ヤンキーとは言え、所詮は中坊や。ヤクザと言っても遜色のない俺の風貌にビビり捲っていた。
「知らん。こんな人、俺は全然、知らん!」
えらいテンパった感じで智則が答える。当たり前や。俺も智則の事は、顔と名前しか知らん。全くの他人やからな。
「知らんのも、無理ないな。最後に会うたんは、智則がまだ小っさい頃や。俺は智則の叔父に当たるもんや。先週、刑務所から出て来たんや」
全くのでっち上げや。四人共、普通に信じてもうてる。ヤンキー達も良ぇ感じにビビってくれとるわ。智則に至っては、放心状態や。——そろそろ、良いやろ。
「ところで、君等。智則の友達か?」
「は、はい!」
「僕等、智則君とは仲良くさせて貰ってます」
話しを振られるとは思ってなかったのか、ヤンキー達は困惑しながらも畏まる。
「そうか、そうか。お前等、智則の事を苛めたら殺すからな?」
「……は、はい!」
相当、ビビっとるな。
制服からして新池中学校の生徒みたいやけど、俺の通ってた頃はヤクザ相手でも平気で喧嘩売る奴がいてたな。此れやから、ゆとり世代はアカンのや。
「今日は君等、帰り。智則に用が在るねん」
「……わ、解りましたぁ!」
「……し、失礼します!」
三人共、そそくさと帰っていった。後に残された智則は、半泣き状態やった。
「心配せんでも、捕って食ったりせん。まぁ、此処に座り」
ベンチを叩いて促す。
警戒しながらも、智則は頭を下げてベンチの端っこに腰掛けた。
もう直ぐ、バスの来る時間や。早い処、話しをつけらんとアカン。
「実はさっきの話し全部、嘘や」
「えっ……?」
更に困惑する智則。
「三日程、此のベンチから君を見とったけど、アイツらに苛められてたやろ?」
「は、はい……」
「だから一芝居、打って追い払ってやった。此れで苛められる事はないから、安心しぃ」
智則から警戒の色が消えたけど、まだ困惑してる。
「苛めを解消したったんやから、俺のお願いも一つ聞いてやったらん?」
「お願いですか……?」
困惑が頭を引っ込めて、智則は再び警戒した様子やった。
「せや。大した事やない。俺と賭けをしようや」
「い、嫌ですよ……」
あからさまに嫌そうな表情をする。
「心配するなって。大金を賭けようって訳やない。百円や。ちなみに、俺の全財産や」
百円を見せてやる。
「百円ですか?」
智則が少し笑った。
「おう。どうや?」
「其れぐらいなら、良いですよ」
——良し、乗ってきた。
「ほな、次に来るバスを最初に降りるのは、男か女か当てよか?」
「解りました」
「良し。ほな、俺は女に賭ける」
「じゃあ、僕は男に賭けます」
良し良し。
——俺の勝ちやな。
俺は三日間、此の時間帯に此処で時間を潰した。此処から見える日常を観察しながら——。
数分後、バスが来て二人の女子高生が降りた。
二人以外、降りる客はおらん。三日間、此の二人以外にバスを降りた人間がおらんのを、予め知っていた。だから始めから、此の勝負は俺に有利に働いてるんや。
「ほな百円、貰おか」
「解りました」
智則から百円を受け取ると両腕を上げた。
「ほな、もう一勝負しよ。右と左どっちに百円、入ってる?」
智則は左手を指差す。右手を開いて見せた。
「ほな、百円」
右手には百円が入ってる。予め両手に百円を握りこんどいたんや。左手の百円は、智則の意識が右手に集中している間に袖に隠した。
「もう一回です!」
お、嵌ってきだしたな。博打ってのは、負けを回収しようとすればする程、泥沼の様に嵌り込んでまう。
思った通り智則は、良いカモやった。
きっちり、毟らせて貰うで。
4
結局、智則からは九百円も毟らせて貰った。此れで俺の所持金は千円や。
予定通り今日の目標金額は達成した。後は明日、運が良ければ此の千円が更に増える。
元手が少ないから、出来るだけ確実に増やしていかんとアカン。博打するにしたって、軍資金は其れなりに必要や。其の金は働かずして稼がな賭博師とは言えん。働いて稼いだら其れはもう賭博師にとって、死を意味する様なもんや。だから、賭博師は働いたらアカン。
良く地道に生きてる奴は、コツコツと働いてそこそこの金を稼いで真面目が一番とか吐かしてる。俺から言うたら、そんなもんは糞や。
真面目に生きるのなんか、まっぴらや。俺は生きるか死ぬかの人生を謳歌したいねん。
——人生は娯楽や。
遊んで、生きて。
生きて、遊ぶ。
楽しめん様な生き方して、何が面白いねん。例えどっかでくたばっても、おもろい人生、送った方が絶対に良いやろ。
「あれ、何してまんの?」
教祖様が雨の中、ベンチの上で座禅を組んでいる。俺達の居る屋根付きのベンチと違って、教祖様の座っているベンチは野晒しや。目ぇ瞑って微動だにせん。
アホとちゃうか。
幾ら初夏とは言え、濡れた体で夜を過ごすのは辛い物がある。
「あの人は、変わり者やからなぁ。寝る時も、墓地のど真ん中らしいからな」
師匠がシケモクに火をつける。
「多分、涅槃の業をしてはるんやで」
先生も釣られてシケモクに火をつける。
「あのおっさん一体、何もんなん?」
「アダ名の通り、新興宗教の元教祖様らしいで。今も他のホームレス相手に、胡散臭い事しとるわ」
先生がアホにした様に笑った。
「其れより師匠。最近、眼帯のオッサンが、出て来たらしいで」
「眼帯のオッサン?」
誰やねん。又、妙なアダ名やな。
「あのオッサン、出て来よったんかぁ。兄ちゃん、気ぃ付けや」
「誰なん?」
「名前の通り眼帯したオッサンや。小柄で汚らしい風貌してるわ」
先生は思いっ切り自分を棚に上げて笑うた。
「いきなり『奢るんで飲みに行きませんか?』言うて、誘ってくるねん」
「ほんで、食い逃げか?」
「せや。あからさまやから、俺は引っ掛からんかったけど——」
師匠が先生を見る。
「先生、まさか?」
「悪かったなぁ。普通について行ったよ。飲んでる最中に何回も『トイレ、行きませんなぁ』言うもんやから『アンタ、ほんまに金持ってはるの?』って聞いたら、どないしたと思う?」
「さぁ……」
大体の想像はつく。
「ポケットから五円玉二枚、出しよった」
其れを聞いた途端、師匠が大笑いした。
「其の瞬間、カチンと来てな。鷲掴みにして鼻っ面どついてから顔面、机に叩き付けたったわ」
先生がニコニコしながら言う。
「直ぐ警察、来たよ。警察が眼帯のオッサン見て『又、お前か!』やて。あら、常習犯やな」
ロクなもんとちゃうな。
「まぁ、相手にせんのが一番や」
「せやなぁ。変な奴は相手にしたら、アカン!」
先生が自分に言い聞かせる様に言った。
「ところで兄ちゃん、博打の軍資金は出来そうなんか?」
「せや、兄さん。あれから、なんぼか稼げたんか?」
俺はめっちゃ、どや顔で十枚の百円玉をベンチにぶちまけた。
「ボチボチでんなぁ」
「凄いやん、兄さん」
「ほぉ〜。一日で千円、稼ぐとは大したもんや!」
二人共、驚いた様子やった。どうやら、ホームレスに取って日当千円は高給の様や。
「明日は此の金を、パチンコで増やして来る」
「止めとき、兄さん!」
「あんなもんで稼げる訳ないやろ。俺も前に二ヶ月、掛けて必死に稼いだ三万、一時間で溶かした」
二人共、パチンコで良い思いしとらんのやろなぁ。パチンコはセンスが問われる。まぁ、今回の勝負は裏技、使わせて貰うからセンスも糞もないけどな。
ギャンブルにイカサマは付き物や。
「明日は、確実に勝てるイカサマ、使うから大丈夫や!」
「イカサマって、兄さん……」
「おい、兄ちゃん。ゴトは犯罪やぞ」
博打事態が犯罪や。
てか、誰がゴトなんか使う言うたんや。
「ゴトなんか使わんでも、勝つ手が在るねん」
「ほんまかいな?」
「大体、体感器やら何やら、そんなもん仕入れる金がない。其れにイカサマっていうんは、バレらん様にするのが基本や。ゴトなんか、皆やってるから直ぐにバレてまう」
何処のホールもゴト対策はしてる。ファルコンハッキングやら、他の妙な攻略法も変則打ちに対しての対策をしてる所はしてる。
そんなまどろっこしいやり方せんでも、もっとシンプルで確実なイカサマは存在する。
まぁ、運が悪かったら失敗するやろうけどな。
5
翌朝、俺は九時にパチンコ屋に来た。
店が開くのは十時からやけど、この店では九時半に整理券を配る。そして其の整理券は先着順で配られてる。
今回の勝負の肝は、確実に目当ての台を押さえる事や。其の為には、一番に入店するのが必須条件。とろとろしとったら折角、仕掛けたイカサマも誰かに奪われてまう。
だから、俺は九時に来店した。
周りを見渡しても、俺以外は誰もおらん。今の所は予定通りやな。
煙草に火をつけた。シケモクやなくて、ちゃんとした新品の煙草や。
煙草を吸うてると店から、若い男が出て来た。
「俺のやった煙草の味はどうや?」
「最高や!」
男の名前は久保川。此の店の主任や。
ほんで、俺の幼馴染みでも在る。
パチンコで確実に勝とうと思ったら、関係者に身内を作る事や。其れも、店側にバレらんやり方でや。昨日の夜、久保川の元を訪れて、今回の計画を説明した。今回限りと言う条件付きで、久保川は了解した。
「で、手筈は?」
「任しとけって。バッチリや。一番、右のシマ。七番台がそうや」
煙草を灰皿に押し付けて、俺は静かに笑った。
「ほな、稼がせて貰うで」
「ジャンジャン、稼いだってや!」
——パンッ。
ハイタッチの音が、鳴り響いた。
●
——十時。
いよいよ、開店や。俺は久保川に言われた台の元へ全速力で走った。
千円を入れて打ってみると、予定通り確変状態からのスタートになっていた。確変とは確率変動の略称で、文字通り大当たりがしやすくなっている。確変中でも玉が飲まれる現象が稀に見られるが、ほぼ確実に大当たりを引き当てれる。
朝のサービス台なんか、只の前日のスイッチの切り忘れなんかは知らんけど、朝イチから確変状態の台が極稀に存在する。
久保川に分け前を与える条件で、確変状態で台を置いておく様に説得したんや。故に今回の勝負に敗けはない。そして、店側にバレる可能性も殆どない。
早速、最初の大当たりを引き当てた。
大当たり図柄は3。
初当たりから確変や。
パチンコは奇数での大当たりが確変。偶数での大当たりで通常になってる。
確変で当たり続ける限りは、連チャンが続くんや。
煙草に火をつけて、勝利を噛み締めた。
●
結局、三十連チャンして、十六万二千四百円の金を稼ぐ事が出来た。
「じゃあ、分け前は約束通り、取分半分で良いな?」
「おぉ。八万も有ったら楽勝や!」
金を渡すと久保川は大事そうにポケットにしまった。
「お前、此れからどうするんや?」
「取り敢えず、適当に博打で稼ぐ。どっか良い賭場、知らん?」
「いやぁ。俺はパチンコぐらいしか、博打はせんから解らん」
「そうか。お陰で稼がして貰った。おおきに。今度、飯でも奢るわ」
「おう。楽しみにしてるわ」
久保川はそそくさと店に戻っていった。
さて、此の近くに確か胡散臭い雀荘が在ったな。もう一稼ぎして来ようか。
6
深夜、一時過ぎ。
煙草のカートンと酒とお好み焼きを手土産に、檀原公園に帰って来た。
「ただいま」
「おう、おかえり」
「兄さん、勝ったんか?」
「大勝ちや!」
手土産を置いて、二人に十万円ずつ差し出した。
「兄ちゃん、何やこれ?」
「此れまでのお礼や。取っといて」
在れから、雀荘で荒稼ぎして五十万円程、稼いだ。お陰で出禁を喰らったが、手元に約六十万の金が出来た。
二人に十万円ずつ払っても、四十万円も残る。
「兄さん、こんなに受け取れんで!」
「せや。金が欲しいから、兄ちゃんの面倒見てた訳とちゃうで」
金を突っ張ねるのは予想してたけど二人共、金は欲しい筈や。
「良ぇねんて。ほんまに只の気持ちやから、気にせんと取っといて!」
「いや、其れやったら気持ちだけで良いよ」
「兄さん、其の金は大事に置いとき!」
何や、ほんまに要らんのかいな。俺は渋々、金をしまった。
「ほな、酒と煙草とお好みは、貰ったってや」
せめて、其れぐらいは受け取って貰わんと困る。
二人共、変に遠慮してからに。恩返し出来へんやないけ。
「其れは、喜んで貰うっ!」
師匠はワンカップを、一目散に取った。
「ワイ、お好み大好きやねん!」
そら良かった。
——てか。何か知らんけど、向こうのベンチで教祖様が叫んどる。
言葉にならん様な叫び声やった。
「あれ、大丈夫なん?」
二人共、呑気にお好み焼きを突ついてる。
「たまに、あぁなるねん」
「心配せんで良ぇから、放っとき」
二人共、お好み焼きと酒に夢中で教祖様なんかどうでも良ぇ様やった。
まぁ、此の公園で叫んでる分には、誰の迷惑にもならんから良ぇか。
「しっかし、久し振りに飲む酒は回るなぁ」
「おう。最近は、お供え物に酒とか置いとらんからなぁ」
「此の前なんか、空瓶を供えてるんやから、ほんまに罰当たりな奴もおるわ」
供え物の酒飲んでるアンタ等の方が、よっぽど罰当たりやないか。
俺もワンカップを開けて、一気に飲み干した。
「おぉ〜、兄ちゃん。良ぇ飲みっぷりやなぁ!」
「兄さん、いける口やな?」
「当たり前や。チンポの毛が生える前から、飲んでるっちゅうねん!」
酒はようけ買うてある。今日は、飲むで。
「そら、おもろいなぁ!」
「兄さん、今夜は寝かせへんで!」
「ワシも混ぜろぉ!」
「うわっ。びっくりしたぁ!」
いつの間にか、教祖様が背後に来てる。
「ワシにも、酒くれ!」
「良ぇよ、飲み」
ワンカップを差し出す。
「えらい珍しいなぁ。飲み会に、参加するんかいな?」
師匠は顔を茹蛸みたいに赤くしていた。
完全に酔うとんな。
「どういう風の吹き回しでっか、教祖はん。最近、調子良ぇらしいやん?」
先生は酒強いんかして全然、酔うてないみたいやった。
「あぁ〜、アカンわ。眠となってきた」
師匠は横になった途端、鼾を掻き出した。
えらい寝るの早いな。
「君等。ワシの事、アホにしとるやろ?」
「してへん、してへん。ちょっと、変わってはるなって、思てるだけやんか!」
やっぱり先生も酔ってるんかして、いつもよりテンションが高かった。
「其らそうと。君は何で、ホームレスなんかしてるんや?」
いきなり、俺に話しを振ってくるとは思わんかった。
「ホームレスやない。俺は賭博師や!」
「ほう。君、ギャンブル強いの?」
教祖様は疑る様な視線を寄越す。
嘗められたら、アカン。
「当たり前や!」
先生は煙草に火をつけると、自信満々に此方を見た。
「兄さんは、相当な博才の持ち主や。昨日まで一円も持ってへんかったのに大金、稼いで来たんやで!」
教祖様は頭を掻きながら一瞬、逡巡したのか思い付いた様に口を開いた。
「ほな。良い賭場、教えたろか?」
「ほんまに?」
「ほんまや」
——にやり。と、笑う教祖様を見て、以外と気の良いオッサンやないかと思った。多分、こんな感じで騙されて皆、信者になるんやろうな。
まぁ、俺は信者にはならんけどな。基本的には自分以外、信じとらんから。
「但し、条件が在るねん」
ほら、来た。
大体、こう言う時は厄介な事、頼まれるパターンやねん。
誰がどう考えても、厄介な事、頼む気満々の——にやり。やったんや。其れ以外、考えられんわ。
漫画やゲームで言う処のフラグが立つ、言うやっちゃ。
多分、次にはこう言うで。
「倒して欲しい奴がおる。——やろ?」
驚く教祖様に、今度は俺が——にやり。ってしてやった。
「何で解ったんや?」
「賭博師の勘や。オッチャン、バレバレやな!」
煙草に火をつけてから、からかう様に笑ったった。
ワンカップを開けて、教祖様に差し出す。
「まぁ、飲もうや?」
博打の話しやったら、イニシアチブは俺が取らんとな。
こんなオッサン一人、手玉に取れん様やったら賭博師失格や。
「はい、カンパーイ!」
カップ同士が擦れる音が、師匠の鼾に重なった。
いつの間にか、師匠のソロから先生との二重唱に変わってる。全く、いつの間に寝たんや。
「で、相手は?」
「めっちゃ、強いで。君、ほんまに大丈夫やろうな?」
余程、相手が強いんかして、教祖様は不安そうや。
「心配せんでも、任しとき。どんな相手でも、俺が倒したる」
「相手は警察やけど、大丈夫か?」
「はぁ? 警察? ——何や、眠たなってきたなぁ」
そら、不味いわ。ポリ公に博打で勝っても、ロクな事にならんもん。前に一回、巻き上げたポリ公に逮捕され掛けた事、在る。
煙草を咥えながら、横になる。
「おいおい、頼むでほんま……」
「捕まらん様に、ちゃんと手配してくれるんやろな?」
紫煙を細く絞り出した。良い感じに酒が回り出してる。
今寝たら、気持ち良いやろなぁ。
「そら、勿論や。軍資金の方もワシが用意さして貰う」
——アカン。
ほんまに、眠たなってきた。
「ごめん。詳しい話しは明日、聞くわ。めっちゃ、眠い……」
何か、ごちゃごちゃ聞こえて来たけど、俺の意識と一緒に微睡みの中に溶けてった。
7
デミグラスソースのハンバーグ弁当やった。濃厚なデミグラスソースが、ハンバーグと良う合うてる。御飯が、めっちゃ進むわ。けど、御飯は薄べったく広げただけで、見た目程ないのが残念やな。
寝起きから、ガツガツいった。
昨日の夜、コンビニで買った鞄から缶珈琲を出して、煙草に火をつけた。
しっかし、ポリ公との博打は気が乗らんなぁ。まぁ、やったろうとは思てるねんけどな。
其れにしても、教祖様は何処に居てるんやろか。詳しい話、聞かせて貰おうと思ったんやけどな。まぁ、取り敢えず師匠の所に行ってみるか。
師匠はいつも図書館で借りた本を、市民ホールで読んでる。市民ホールは此処から歩いて、五分くらいや。一服、終わったら行こう。
「にゃあ」
師匠が可愛がっとる猫のタマが、此方を見てる。ポケットから、カルパスを出した。
「にゃあ〜!」
手ぇ出してきよった。
どうやら、欲しいみたいや。
「しゃあない、やっちゃなぁ」
あげたら、大人しく食べとる。
「さて。ほな、行くかな」
市民ホールの一階。其処のギャラリーの直ぐ傍に、ソファーが在る。師匠のお気に入りは一番、右端や。
ソファーに横になりながら、煙草を吹かしながら読書に励んでる。全館禁煙も師匠には、御構い無しや。警備員のオッサンも、普通に師匠を素通りしとる。
「教祖様って普段、何処におるん?」
早速、本題に入る。
「ん〜〜〜、解らん!」
悩んだ振りしといて、其れかい。
えらい笑うてからに。
「多分、中庄の公園やない?」
中庄か。
割りと近いな。
「何で、そんな所におるの?」
「其処のホームレス相手に宗教活動してるって、前に先生が言うてはったで」
俺も煙草に火をつけた。
師匠が携帯灰皿、差し出してきた。
「ホームレス相手にしても、儲からんのとちゃうの?」
「そんな事ないよ。ホームレスでも、再起狙って持ってる奴は持ってるで」
多分、師匠は割りと持ってる。根拠はないけど、賭博師の勘や。
「ほな教祖様は、ホームレスから巻き上げて、再起狙ってんのかな?」
「どうなんやろなぁ。最近、変な奴に目ぇ付けられてるらしいからなぁ」
もしかして、倒して欲しい奴ってそいつやろか。
まぁ、取り敢えず話聞いてからやな。
「ちょっと、出掛けてくるわ」
8
中庄の公園は、檀原公園に比べると随分と規模が小さかった。
其の小さい公園に、小汚いオッサンがようけ集まってる。多分、二十人ぐらい居てるんとちゃうかな。皆、一様に上を見上げてる。其の視線の先には、滑り台の上で演説する教祖様の姿が在った。
「信ずる者は救われる。皆、私を信じて着いて来なさい!」
歓声の声が上がった。
めっちゃ、胡散臭い光景やった。かなり、異様な光景やった。
ホームレス達が、胡散臭いホームレスを奉り上げる様は相当、滑稽な光景やった。
教祖様の演説に、どんどん熱が入る。まるでヒトラーさながらに、独善的に身振り手振りを交えて演説は続いていく。
俺は少し離れた所で、煙草でも吸うて待っとく事にした。
暫らくしたら、ホームレス達の泣き声が聞こえてきた。何を感動してるねん。
「アホらしい……」
「アホらしゅうて、悪かったな」
いつの間にか、教祖様が後ろにいてた。
「彼等には、救いが必要なんや」
「ほな、教祖様が救ったるんか?」
冗談のつもりで言うたのに、真顔で睨んできた。
何を考えてるか知らんけど、あんまり感情が読めん人や。
「そうや。俺が皆を救うんや。けど、其の為には君の力が必要や。昨日も話したけど、君に倒して貰いたい奴がおる。此処では何やから場所、変えよか」
「ほんで、何時や?」
「まぁ、そう慌てなさんな。まずは、珈琲でもどうや?」
近くに在る汚い喫茶店に連れて来られた。
教祖様はヤンキー丸出しのウェイトレスに手を上げた。気怠げな表情をしながら、ウェイトレスはお冷やを出した。
「注文は、どないしますか?」
えらい態度の悪いウェイトレスやったけど、気にせず珈琲を頼む事にした。
「アイスコーヒー」
「ワシ、ホットが良ぇな」
「あいよ。マスター、ホットとレーコー入ったでぇ!!」
えらい雑やな、ほんま。
まぁ、良ぇわ。
「あの姉ちゃん、可愛いやろ?」
教祖様が、えらい卑しい笑みを浮かべる。確かに此処のウェイトレスは、そこそこのべっぴんさんやった。
「えらい態度、悪いやんか」
「其処が又、良ぇんやないか。解ってへんなぁ」
此のオッサン、只のエロ親父やないけ。さっき感動しとった信者達が見たら、泣いてまうぞ。
ウェイトレスが無言で珈琲を置いて、其のまま立ち去っていった。
「愛想悪っ!」
「今、流行りのツンデレやな」
アホとちゃうか。
煙草に火をつけてから、珈琲に口をつける。
「ほんで、えらい不味い珈琲やな」
「せやろ? ワシも思たねん。ワシにも煙草、一本ちょうだい」
勝手に煙草を取る教祖様。ふてぶてしいオッサンやな。
「で。詳しい話、聞かせて貰おか?」
「せやったな。いや、実はな。ワシんとこのシマに、鬼瓦っちゅうポリ公がせびりに来るんや」
「其れが博打と関係、在るんか?」
「ちゃんと、最後まで聞け」
珈琲を啜る教祖様。
「ワシ等がホームレスや思うてアイツ、滅茶苦茶しよるんや。信者の事、どつきよるし、小銭は奪うし最悪なんや!」
全然、話しが見えてけぇへんな。珈琲を口に運ぶ。ほんまに、不味い珈琲やな。
「ほんで、其のポリ公は博打狂いなんや。毎日、此の辺のヤクザのシマ荒し捲って、ヤクザもえらい迷惑してるらしいんや」
成る程。
有りがちな話やな。
「そんなもん、幾らポリ公や言うても、簀巻きにして、いてもうたったら終わりやないか?」
「其れが、そう言う訳にもいかんのや」
しかめっ面で、煙草を吸う教祖様。
ほんまに胡散臭い顔しとるわ。
「何でや?」
煙りを吐き出して、続きを切り出した。
「警視総監の息子なんや」
そら、アカンわ。
そんなもんどつき回しても、ヤクザからしたら良ぇ事ないわな。ポリ公に目ぇ付けられるだけや。
「そいつの親父が根回しして、ヤクザに金払ってるんや。だから、巧い事やって博打で潰したろう思てな」
「で、どないするんや?」
「此方は大金、賭ける代わりに、ワシ等のシマにも、此の辺の賭場にも出禁にして貰うんや」
「そんなに、巧い事いくんかなぁ」
えらい考えが甘いんやないかな。
「大丈夫や。もう、此の辺のヤクザの偉いさんにも話しは付けて在る。勝負にも立ち合って貰うつもりや」
相当、金積まんと話しは進まんかったやろうに、其の辺は大したもんやな。
けど、警視総監の件はどないする気なんやろか。
「言いたい事は、解ってる。ヤクザは何よりも面子を気にするからな。警視総監の圧力が在っても、息子が勝手にやった事や言うて、言い逃れする腹積もりや」
「で、いつやるんや?」
教祖様は煙草を灰皿に押し付けて一呼吸、置いてから、口を開いた。
「今夜や。場所も決めて在る」
9
「兄ちゃん此れ、どういう事や?」
訳が解らんと言った感じの師匠。無理もない。
「兄さん。ワイ等、此処におって大丈夫なんか?」
不安そうな先生。無理もない。
「えらい迷惑、掛けてごめんな。二人には危害がいかん様にするから」
今宵、檀原公園はヤクザが見守る中、俺とポリ公との勝負の場と化した。勝手に話しが進んだんやから、しょうがない。
厳つい顔に囲まれる中、穏和な表情の老人が俺を見てる。詳しい事は知らんけど、此の辺を仕切るヤクザの偉いさんらしい。組の名前とかそんなんはどうでも良いけど、老人はヤクザ達に会長って呼ばれとった。
「君が双六君か。色々、調べさせて貰ったけど、君は中々の兵らしいな」
「買い被りですわ。此の間、負けて文無しになったばっかりですもん」
会長は楽しそうに笑ってはるわ。
穏和な表情の中に、えらいどす黒いもん隠し持ってるんやろうなぁ。
多分、起こらせたら明日の朝には、どこぞに埋められてるか沈められてるんやろうなぁ。
あ〜、恐い恐い。
割りと重い空気での博打になりそうやな。
こら、やばい。
俺好みや。おもろなってきた。
此れやから、博打は止められんのや。
——人生は娯楽や。
生きるも死ぬも、風次第の運次第や。下手したら死ぬ。流れを読んで、運を掴めば風に乗れる。
博打を打つっちゅう事は、そう言う事や。勝ってなんぼや。負けたら、何も残らへんのや。
「もう、後戻りは出来へんからな」
教祖様が耳元で囁く。
「其れと悪いけど、今回の勝負に君の両腕も賭ける事になってしもたから」
サラッと言うたな。
まぁ、其の方がスリルが在って良いけどな。何のリスクも負わんかったら、博打やない。
「勝ったら、幾らくれるねん?」
「会長を満足させたら五百万、出してくれるそうや」
俺の両腕、五百万円か。
中々、悪くない値段やな。
「で、相手はまだ来てないみたいやけど、どないなってるんや?」
「心配せんでも、直ぐに来る。煙草でも吸うて、待っててくれ」
まぁ、時間は幾らでも有るから、良いねんけどな。しかし、こんな場所で博打って、何する気なんやろか。煙草に火をつけながら、周りを見渡す。公園の真ん中に、アウトドア用の組み立て式の机やら椅子が並べられてる。其処に腰掛けながら、えらい身形の良いオッサンが、ウィスキーを飲んでる。
偉い人なんは間違いないやろうけど、ヤクザとは違う感じやった。
「あれ誰や?」
教祖様に聞いてみた。
「昼間に話した警視総監や。今回の勝負の立会人の一人や」
成る程なぁ。
どうやって連れて来たんか知らんけど、親父の方を丸め込んで鬼瓦を勝負に誘おうって腹積もりか。
警視総監にヤクザの会長。其れとホームレスの教祖様。何かえらい滑稽な面子やな。
「どうやら、来たみたいやぞ?」
えらいふてぶてしい面したオッサンが、ヤクザに囲まれて歩いて来た。
——鬼瓦。見覚えの在る顔やな。
まさか、こんなに早くチャンスが巡って来るとは思わんかった。受けた仇は百万倍や。
「何や。今回の相手は兄ちゃんか。此の間みたいに、文無しにしたるから覚悟しときや」
嘗めた面しとるわ。
鬼瓦は十日前に、俺を文無しにした張本人や。こら、絶対に負けられへんな。
10
「さて、面子も揃うた事やし、確認させて貰うとしよか」
会長が穏和な表情で口を開いた。
「まずは、ホームレスの教祖さん。アンタは鬼瓦を出禁にしたいんやったな?」
「はい。其の通りです」
教祖様は会長に幾ら渡したんか知らんけど、俺が負けたら丸損やな。まぁ、負ける気はせぇへんけどな。
「ほんで、負けたら鬼瓦に一千万やな。金はちゃんと持って来たんやな?」
「こちらに」
教祖様は紙袋から、札束の山を取り出した。
どないやって一千万も、用意したねん。幾ら何でも、ホームレス達の御布施で作れる額とちゃうで。
ホームレス以外にも、何か色々やってそうやな。
「ほんで、双六君。君にもリスク、背負うて貰おうと思ってな」
俺は両腕を突き出しながら言うた。
「負けたら、好きにして下さい。其の代わり、勝ったら貰うもん貰いますよ」
「良う言うた。勝ったら、五百万やろう。鬼瓦君も同じ条件を飲んで貰おか?」
「ちょっと、待って下さいよ。こんなガキとの勝負に両腕、賭けるのは納得、出来ませんわ。其れに、親父も黙ってませんで!」
鬼瓦は、背後で黙って成り行きを見守る父親を見た。父親の後ろ盾が在るから、鬼瓦は好き放題、出来るんや。警視総監の肩書は、ヤクザの世界でも効力を発揮するみたいやな。
「其の心配はいらん。お前は負けたら、勘当やし。勝負せんかっても、勘当や!」
「ちょおっ待ってくれや、親父。勘当って、どういう事や?」
「お前の様な息子はいらんねや。お前の尻拭いで、俺がどれだけ苦労させられたと思てるんや。兎に角、負けたら勘当やからな!」
願ってもない展開や。
俺が勝てば、鬼瓦は文無しどころやない。破産や。
——悲惨やな。両腕を失い。父親の後ろ盾も失う。序でに、職も失うな。
「解った。やったる。やれば良いんやろ!」
不機嫌そうに煙草に火をつけて、此方を見る。
「お前、此の間みたいにまけるぞ」
「心配せんで良ぇ。負けるのは、オッサンの方や。此の間みたいな、マグレはもうないで?」
「ふん。精々、今の内に吠えてろや、糞ガキ」
「ほな。皆、以上の条件で異論はないみたいやから、勝負成立やな。ほな、始めよか?」
会長は立ち上がると、ヤクザ達に何やら指示を出し始めた。
会長に言われるままに、ヤクザ達は俺と鬼瓦の前にカードを出した。『グー』『チョキ』『パー』『手無し』『↑』『→』『←』『↓』の八枚。
此の組み合わせから連想、出来るゲームは一つしか思い付かへんな。
多分、誰もが知る『あっち向いてホイ』や。
「皆さん、ご想像の通りや。今宵は此のカードを使って、ワシの考えた『限定あっち向いてホイ』をして貰う」
又、けったいな事を考えよるわ。
『あっち向いてホイ』で、どないやって博打するつもりや。
「基本ルールは、通常の『あっち向いてホイ』と一緒や。問題は、出せる手が制限される言う事や」
其れで『限定あっち向いてホイ』かいな。
アホらし。
「まず、勝負は三回戦で1セットとする。そして一度、振った方向には振る事が出来へん」
成る程。読み合いの勝負やな。
「そして、肝心なのは此処なんやけど『グー』『チョキ』『パー』は、金を使って落札せんと使用、出来へん。最初に使用したい手を、金額と一緒に紙に書いて提出して貰う。もしも、互いの手が被った場合は、より多い金額を書いた方が落札。同額なら、両者共に落札とする。1セットが終了する度に、提示した金額を提出して貰う」
成る程。成る程。
中々、面白そうやないか。
「因みに、所持金が0になっても、負けやからな。ほな、始めて貰おか」
11
さて、まずは所持金の確認やな。細かいのも、しっかり数えとかなな。
六十七万二千八百三円か。多分、鬼瓦は百万円以上、持ってる筈や。下手したら、二百万円は持って来てるかもしらん。
まぁ、初っぱなやし最初は様子見で、『グー』三枚に一円ずつ張る事にした。
使う金額は少ない方が良い。出来るだけ相手の所持金を削りながら、隙を窺う作戦でいこう。
鬼瓦の方も戦略が練れたんかして、紙をヤクザに提出しとる。
「ほう。こら、おもろいな。二人共、流石は賭博師やな」
会長が、にやつきながら此方を見た。
「おい、君。あんな金額で大丈夫なんか?」
教祖様は心配そうやった。師匠と先生も、心配そうに此方を見てる。心配せんでも、此の勝負の肝は把握してる。
まずは『見』や。配られた手を見て、教祖様と先生は露骨な顔をしてる。師匠だけは、真剣な表情をしてる。
『手無し』が三枚か。
予想はしてたけど、最悪の手やな。
「ほな、まずはジャンケンからやな」
『手無し』のカードを伏せる。
鬼瓦も迷わずカードを伏せる。
「1セット目で勝負、着くんとちゃうか?」
小馬鹿にした顔で此方を見てる。
此方が『手無し』しかないのを、予想してるんとちゃうか。まぁ、教祖様と先生のリアクションで丸解りやろうしなぁ。
「いやいや。流石に其れは、どうやろう?」
俺も、余裕たっぷりに返す。
カードを捲る。
「何や。やっぱり『手無し』か。しょっぱなから、嘗めてるな?」
嘗めとんのは、どっちやろなぁ。
鬼瓦の手は予想通りの『グー』やった。
「兄さん、負けんとってや……」
「大丈夫や、先生。まだ、4分の1やからな。そう簡単には、当たらんよ」
まぁ、当てられたら運が悪かった言う事や。
俺は『↑』のカードを伏せる。
鬼瓦も迷わずカードを伏せる。
此処は長考する場面やないからな。
「びびってるんやないやろな?」
鬼瓦が挑戦的な顔をする。
「まっさかぁ。俺に勝ちたいんやったら、今がチャンスやで。そない直ぐにカード、決めて良いの?」
「ふん。生意気な糞ガキやで、ほんまに!」
鬼瓦はカードを捲る。
『→』のカードやった。
俺もカードを捲る。
「流石に当たらんなぁ。まぁ、良い。勝負は、こっからや。二戦目は、慎重に選ぶんやな」
どうやら、鬼瓦も気付いてるみたいやな。
二戦目は3分の1の戦いやない。二択の読み合いや。俺が『↑』を、鬼瓦が『→』を使えんって事は、俺が『→』を使えば負ける事はない。所謂、『安全』の手や。けど、鬼瓦が俺の『安全』を読んでたら、鬼瓦は『↑』を消化するやろう。そうなれば、三戦目に残る手は互いに『←』『↓』になる。完全な2分の1の勝負になる。そうなれば、流石にやばい。
逆に二戦目を『安全』を外して『←』か『↓』で凌ぐ事が出来れば、三戦目は『安全』で逃げ切る事が出来る。鬼瓦は其れを読んで、『←』か『↓』で当てに来たら其れは其れで、やばい。
故に二戦目は、『安全』か『安全外し』かの二択の読み合いになる。
此処は『安全外し』の『↓』や。
「どうやら、腹は決まった様やな?」
鬼瓦もカードを伏せる。
「頼むでぇ!」
先生が祈る。師匠は煙草に火をつけて只、此方を見てるだけやった。
教祖様は神妙な面持ちで、何やら念仏を唱え出した。
何やねん、其れ。
どんな博打や。
「お前等ん所は、おもろいのぉ!」
鬼瓦は腹を抱えて笑っている。
流石に鬼瓦やなくても、滑稽過ぎて笑てまうかも知らん。
けど全然、笑えんわ。
「まぁ、良ぇわ。早よ捲ってくれるか?」
俺はカードを開示する。
「何や、逃げ切りか。おもろな……」
鬼瓦の手は『安全外し』の『←』やった。
何とか、逃げ切れた。
けど、読みは外したな。
危ない所やったわ。
「二人共、中々やるなぁ。三戦目は結果が解ってるから、やる必要ないやろ」
其れまで黙って勝負の成り行きを見守ってた会長が、えらいご機嫌な感じで口を開いた。
「ほな、カードの代金、払て貰おか」
俺は三円を出した。
「俺の所持金、削ったつもりやろうけど、残念やったな」
鬼瓦は六円しか出さんかった。
一円差か。
中々、やるなぁ。
——おもろいやんけ。燃えて来た。
12
2セット目。
もっかい一円ずつ張ったる。
けど、今回は『グー』『チョキ』『パー』や。
どれか一枚でも落札したら、勝負を仕掛けられる。
配られたカードは、『手無し』が二枚と『チョキ』やった。
——って事は、鬼瓦は『グー』と『パー』か。どっちが二枚かは知らんけど、此方の攻撃の目が出て来たな。
一戦目は取り敢えず『手無し』や。仕掛けるのは、二戦目か三戦目のどっちかや。理想は三戦目の2分の1に追い込んでからやな。
「兄ちゃん、今回はチョキでも持ってるんとちゃうか?」
「さぁ、どうやろなぁ」
疑ってるな。
教祖様と先生、顔に出してないやろな。
二人共、キョトンとしとる。あんまりゲームを理解、出来てないんとちゃうやろか。
まぁ、お陰で鬼瓦の疑惑が薄まるかもしらん。
「まぁ、良いわ。俺は『グー』や」
良し良し。
予定通りや。
「何や。又、手無しかいな」
警戒の色が薄くなってる。油断してるんやろか。
——否。嘗めてるんや。
『→』を置きながら、鬼瓦を睨み付ける。
「早よしてくれる?」
「まぁ、そう焦るなよ」
鬼瓦はカードをオープンしたまま置いた。
『↓』やった。
「此処で負けたら、笑たるわ」
「そら、残念やったな」
俺もカードを開示する。
13
二戦目。
再び『手無し』を置いた。絶対、三戦目の2分の1に追い込んだる。
鬼瓦は俺を嘗めてる。だから『パー』は三戦目で出て来る。此処まで鬼瓦は、何も考えらんとジャンケンカードを出してる。俺が『手無し』しか出さんから、考える必要がないんや。
『手無し』やと思うて嘗めてるんや。だから、今回もさっきと同じく『グー』を出す。只、何となく、出すんや。でなければ、危険な『パー』はリスクの低い内に、処理してる筈や。
「どうや。持ってるなら、出してみぃ!」
鬼瓦はカードを開示する。予想通り『グー』やった。
俺もカードを開示する。
「何や又、『手無し』かいな。さっきと同じ所持金、削りか?」
鬼瓦はカードを置いた。
又、考えなしに置いた。
完全に油断し切っとる。
多




