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エトワール  作者: 都望偲
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再会

「滝川エイジは、一皮むけた」と、それからの芸能界ではもっぱらの噂だった。アイドル人気は下落したものの、演技に色気が出て、各段に上手くなったと評判だった。そして、まさに実力派俳優としての階段を、一段ずつ上り始めようとしていた。

しかし、そんな滝川エイジの足を引っ張る者がいた。東雲あさりであった。東雲あさりは、滝川エイジが大人びて色気が増したのは、「自分のおかげ」だと言いふらした。そして、無責任な記事が出回り、またしても滝川エイジはスキャンダルにまみれる事になってしまった。


「オーベルジュ・シェル・エトワール」のキッチンで、吉原尚美は椅子に座り、両手で頬杖をついてぼんやりしていた。

滝川エイジがやって来て、一夜を共に星を眺めて過ごし、帰って行った。あの日から、尚美は幸福感に包まれ、仕事が上の空になってしまっていた。

本当に幸せだった…。あんなに幸せな日は、もう二度と訪れないかもしれない。私の人生の頂点に輝く一日だった。出来ることなら、あんな日が永遠に続いてほしい。でも、それはとんでもなく贅沢な望みだと思った。たった一日でも、願いが叶ったのだ。神様、ありがとうございました。尚美は、心から感謝した…。


あれから一年程が経った。尚美は、まだ夢の中にいた。もちろん、「オーベルジュ・シェル・エトワール」は順調で、料理の評判もよかったし、たまに来る宿泊客にも、概ね好評だった。尚美は、上の空でも仕事は怠りなくこなしていたのだ。

今夜もディナー客は、満足して帰っていった。尚美は、門の札を「準備中」にし、後片付けを始めた。その時、固定電話が鳴った。

「はい、『オーベルジュ・シェル・エトワール』でございます。」

「…吉原さん?」エイジの声だった。

「野呂様ですか。」尚美の胸の鼓動が高鳴った。

「ごめんなさい、遅い時間に…。」随分疲れた声で、エイジが言った。

「どうなさいました?」心から心配して、尚美が聞いた。

「あの、今から行ってもいいですか?あ、いや、駄目ですよね。何言ってんだ、僕は…。すみません…。」電話の向こうでエイジがうなだれた。

「大丈夫ですよ。待ってますから、何時でも大丈夫ですから、是非いらしてください。」尚美が言った。

尚美は、エイジが自分を頼ってきてくれた事が、心底嬉しかった。こんな時こそエイジを温かく迎え入れて、慰めてあげたかった。


深夜の二時過ぎに、エイジは到着した。

尚美は門を開けて待っていた。

そして車から降りてきたエイジを抱きかかえるようにして、館へ招き入れた。


尚美はエイジを、リビングのソファに座らせ、温かいスープを出した。

「ありがとう、吉原さん。」エイジは、美味しそうにスープを口に運んだ。

「前回と同じお部屋を用意しておきましたので、ゆっくり寛いでくださいね。」

立ち上がろうとした尚美の腕を、エイジが掴んだ。

「…吉原さん、しばらくここで、僕と一緒に座っていてもらえませんか。」

エイジが懇願する様な目で言った。

「ええ。私でよければ…。」

エイジは、尚美の手をとって、自分の膝の上に置いた。

「何故だろう。あなたといると、不思議と心が落ちつく…。」エイジが呟いた。


翌日、エイジはずっと部屋で寝ていた。

尚美は、午前中いっぱいを使って、三カ月先までいっぱいだった予約を一件ずつ謝罪しながら断った。エイジが家に滞在している以上、客に来られては困る、と思ったからである。

「実は、体調を崩しまして…検査の為に入院する事になったんです」という嘘の理由で、全ての客に謝罪し、予約をキャンセルしたのだった。

そして、後日の事になるが、キャンセルした予約客全てに自家製の焼き菓子を「お詫び」として贈った。


エイジは今回、誰にも行き先を言わずに、ここに来ていた。もう心底疲れていたのだ。今は、誰にも会わず、そっと静かに暮らしたかった。

エイジはスマホの電源を切っていた。それは、昨日東京の事務所を出る時からだった。それ以来、誰からもエイジに連絡を取る事が出来なくなってしまっていた。

「勝田さん、困ってるだろうな…。他の人達も…。」エイジはマネージャーをはじめとする多方面に迷惑をかける事が気がかりだった。だが、それでも一切の通信を断ったままだった。もう、限界だったのだ…。


それから三日が経った。エイジは静かな環境の中、尚美と生活していくうちに、次第に快活さを取り戻してきた。

「尚美さん、今夜のおかずはなあに?」

「ビーフ・ストロガノフよ。」

「わ~い、やったあ!」

エイジは子供のようにはしゃいだ。


「尚美さん、僕のせいでお客さん来なくなったんでしょ。ごめんね。」

「エイジくんのせいじゃないわよ。ちょっと、休みたくなっただけよ。私も。」

「優しいなあ、尚美さんは…。だから尚美さん、好きなんだ…。じゃあ、一緒に毎日遊ぼうね。」

「それは、駄目よ。ちゃんと真面目に暮らさなきゃ。」

「…ちぇっ、つまんないの…。」エイジはちょっと目を伏せた。


エイジと二人っきりで過ごしたそれらの日々は、尚美にとってまさに「天国の日々」だった。

毎夜、二人はテラスに出て、お茶を飲みながら星を眺めた。

真冬の星空は、ことさら美しかった。

時に二人はテラスに大きな綿布団を持ち出して、一緒に一つの布団に包まって温めあいながら空を眺めたりもした。

そんな風にしながら、広い宇宙にたった二人だけでいるような気分を味わうのは、夢のようにうっとりするものだった。

「尚美さん、僕、今が一番幸せだよ。」エイジが囁いた。

「私もよ…。」尚美は心の底からそう思った。

二人は手を取り合って空を眺めていた。


「エイジは、まだ見つからないのか?」所属事務所社長の蒔田がイライラしながら勝田を睨んだ。

「すみません。今、必死で探しているんですが…。本当にあいつ、何処に行ったんだろう…。」勝田が額の汗を拭いた。

「とにかく、一刻も早く見つけ出して連れ戻すんだ。マスコミに勘付かれないうちにな。」蒔田がタバコの煙をフーッと吐いた。

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