寒い日常
鳥の囁きは代わり映えのない朝を知らせてくれる。
霜風が吹ぶき、都は寒さに覆われていた。
「んー──…」
部屋中に、耳障りな音が広がる。
「今何時…?」
6:34
壁の時計の時針は、いつも通りの位置だった。
布団を退かし、倦怠感に包まれていた骨を鳴らす。
骨の音は妙に心地よかった。
「不快な音…改善出来ないものかな」
ピピピピッ、と鳴り響く音は彼によって止められる。
「物静かだ、冬ともなると一層雰囲気がある」と彼は思い、しばらくの静寂を眺めた。
「姉ちゃんの部屋散らかしすぎでしょ」
暇な時間を過ごす時、彼の目に姉の部屋が映った。物は散らばり、荒らされた跡だけが残っていた。
「これは…」
鏡の割れ、床に落ちている髪、スマホから流れ出る音楽。
彼は何も言わない。いや、“ 察して ” しまった。
「何も抱え込まなくていいんじゃない、それが姉ちゃんの選択なら……まぁ」
賢い選択もあったはずだ、とは言葉にはしなかった。
「はぁ、姉さん起きて起きて。朝」
「なぁに…ちょっとだけ寝かせてちょうだい」
「二度寝する気なの?」
「寒いし布団から出たくないの」
「学校無いから別にいいけど、そのままじゃ──」
言葉にブレーキが掛かる。 一瞬の沈黙の後、言い直すかの様に咳き込んだ。
「いいから起きて、ご飯出来てるよ」
「えぇ?ご飯何?」
「唐揚げ」
唐揚げというフレーズが聴こえてから、彼女はそっと起き上がる。
「食いしん坊だね」
「何か言った?」
「何でもない」
目を擦りながら言う。起床後の行動は彼自身とよく似ていた。
食卓に並べられた料理はどれも食欲を唆る臭いをしていた。
「いただきます」
そう言ったのは彼だけだ。そんな姉に気にもしない様子で黙々と食べ始める。
何気ない食卓のはずなのに──。
“左目”の奥に、釘を打ち込まれたような違和感が残った。
そんな日常を過ごした後、僕はスーパーに寄っている。
「いらっしゃいませ〜。列に並びのお客様はこちらのカウンターへどうぞ」
僕の関心は菓子へと移っていた。
興味本位でついつい見てしまう、美味しそうなのばっかだ。
「あの?お客様ー!」
「あぁあ、ごめんなさい!」
「袋はご利用になりますか?」
「あっハイ…あの、つけてください」
刺激の無い日常は噛めば噛むほど味がしなくなる。友達という存在を見るとやっぱり羨ましく感じるのは事実だ。
「暗くなったな、そろそろ帰らないと姉ちゃん怒るかも」
以前までは帰宅が遅れると、無言の圧で僕を突き刺してくる。あの類の怒り方は、昔の似た先生を思い出した。
自然と溜息が溢れる。何故かは分からない。
「鐘が鳴ってから一時間ぐらい経ってそうだなぁ…」
日が落ちるともなると、冬の寒さがより厳しくなり、風の冷たさに思わず瞳が潤う程だ。
家が見え始め僕は足を早める、辺りは物静かで誰も居ない。
そっとドアを開け、帰宅する。
「ただいま、姉さんごめんね。遅れちゃった」
冷えきった声で、姉ちゃんに速攻謝ろうとするが、いつものある返事がなかった。
胸の奥がざらついたが、理由を探す前に足が動いていた。
「見慣れない靴がある」
27cm、男物の靴だ。また姉ちゃんは、男性問題を起こして縮こまっているのか。
蛇口から水滴が漏れ出し、皿から水が溢れている。水道代が勿体ない、ちゃんと締めないと。
「外出する前にしっかりと締めたはずだけど…」
自分の記憶をなぞる。曖昧ではない、だけど確信が持てなかった。
「姉さん?」
二階へ上がる、今日は余程遠い道に見えてくる。階段を上がる途中、どうでもいい昔の記憶がよぎった。
姉ちゃんの部屋に入るまでは簡単だ。ただ、足を縛られるような感覚だけは、消えなかった。
「…姉さん、落ち込んでるなら僕に言ってよ」
部屋に入る寸前。
勇気が要る。躊躇いはあるが、足を踏み入れる “ 選択 ” をした瞬間だった。
「お姉ちゃ────」
───姉ちゃんの死体を見つけた。
言葉が、喉の奥で崩れた。
『本日午後 “ 6:34 ” 頃、○○市の住宅で姉弟二人が死亡しているのが見つかりました。
警察によりますと、姉は二十代、弟は十代とみられ、二人には外傷がありました。
現場には第三者が侵入した形跡も確認されており、警察は殺人事件として捜査しています。』




