もてるもの、もてざるもの
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俺の幼馴染の名前は月部光という。
少女漫画に登場するヒロインと恋をするイケメンを、これでもかと組み合わせたような容姿端麗な野郎だ。
知り合ったのは俺が両親を事故で失う前───幼稚園児の頃か。
幼いながらも思ったね。なんて綺麗な奴なんだって。
身長こそ変わらないのに、アメリカ人の母親を持つハーフゆえか、金髪だったし、なんというか後光がさすような圧倒的な存在感があった。先生たちは夢中だった。劇の発表会では我が子そっち退けで母親たちが黄色い悲鳴を炸裂させたほどだ。
そんな光が小学生になると、天使のような笑顔がより冴えが増す。小学一年生の時点で女子から言い寄られ、担任の女性教諭だって夢中になっていた。
中学生になれば身長が増す。そして容姿端麗というワードがより板につく。ただ中学二年生の頃、訳あって半年くらい欠席していたので、空白の半年はなにも知らないが予想はできた。たった半年で拍車がかかったような成長を遂げていやがった。
高校生になれば、そんなものはちゃちだと思えた。もう無双の領域だ。こいつに勝てる男はいないと思ったね。
180センチを超える身長。光りを放つような笑顔。成績優秀。スポーツ万能。家柄も良し。そしてなにより光の性格が聖人レベルだった。誰も敵にならない。いや、なれない。
あれは中学二年生の頃だったか。あまりにも女子から言い寄られるので、それが面白くなかった不良たちが光を囲み私怨暴行しかけたことがあった。
だが結局は未遂で終わった。光には才能が多々ある。なんと囲まれた数秒後には、不良たちが警戒を解いて心を許し、友人になっていた。呼び出された校舎裏に気配を殺して接近してみれば、血祭りなんてとんでもないような笑顔が広がっていた。
光は友達を作るのがうまかった。それが才能。いったい誰となら仲良くなれないのだろうと思うくらい。
「視線を合わせて一分もすれば相手の長所くらい見抜けるよ」
事件後、光は俺に言った。
「それより太陽。来てくれてありがとう。心配してくれたんだよね」
うっせぇぞイケメンの煮凝りめ。そんな罵倒をしてやりたかったが、あいつの柔和な笑みに結局のところ俺も負けた。
誰も敵になれないというのは、こういうことだ。みんな光の味方になってしまう。
異性も、同性も、幼児も、老人も。
世界はまさに光のためにあり、そして光こそ世界のためにあるようだ。と何度思わされたことか。
対する俺はどうだ?
俺は選ばれなかった。こそ世界にも。誰からも。いつも。
ただそこにあるオブジェクト。動かざる石。そんな印象をいつも抱かされる。
クラスでは浮いた存在に違いない。誰からも話しかけられたこともない。地味を通り越した形骸のようだ。
多分、光が放つ後光の影響で逆光となり、顔が黒く塗り潰されたモブ的なものだろう。なんの取り柄もないし。秀でたものもない。
「ねぇ聞いてよ太陽。僕、テレビに出ることになったよ。モデルのスカウトも興味ないし、断ってたんだけど、どうしてもって頼まれちゃってさ」
ふーん。と俺は適当な返答をする。
本当に適当だ。ぶっきらぼう。………いや、ちょっと違う。悔しかった。
続けてなにか言ってたと思う。思い出せないけど。
光は中学生の時から読者モデルのスカウトが山のように来ていた。小学生の頃なんて、母親が試しに応募した子役オーディションを通過してから、劇団から馬鹿みたいな勧誘が来たと呆れて言っていた。
で、高校生になれば、今度はテレビに出演か。それは大層、絵になりそうなことだ。
こうして時間の経過に連れて、どんどん差がついていく。
それは仕方ないことだ。ある意味、もう光は俺にとって別世界の住民が次元の壁を越えて現れたと思い始めたからな。俺とは生きる場所が違うから、その業界で栄冠と繁栄を夢見る一般人が欲しくてたまらない栄光を簡単に手放してしまえる。
「祝ってくれないの?」
はいはい。おめでとうさん。いったいどこまで行くのかね。
「きみがいるところまで」
………こいつ、平然とこういうこと言うんだもんな。しかも他意もなく。
「太陽はどこに行くの?」
俺はどこにも行かない。行けない。一般人だから。
「それでいいの?」
光のように選ばれなかったから。陰で生きていくしかないから。
仕方ない。仕方ないんだ。
だから光にはこっちに来てほしくない。
俺が余計に惨めに───なんでもない。
「太陽は素晴らしいひとだ。そんな卑屈になる必要はないのに」
こいつには全部見抜かれる。
図星を突かれて怒り狂う───ことはなかった。光は俺を全力で賞賛している。こういう時の光は嘘も冗談も言わない。よく知っている。怒る気にもなれなかった。
だから俺は、一生を選ばれなかった存在として過ごし、光の活躍を見守るつもりだった。
あの事件が無ければ。
俺は地味に、モテる者たる光とは逆に、モテざる者として生きるつもりだった。
ところがある日、光の行動は、俺の平常を壊した。
突然のことだった。前触れなんてない。朝起きて、和食か洋食か選ぶ心境のように、光は選んでしまった。
俺が密かに思いを寄せていた、同じクラスの女を泣かせた。
それからがなにもかも最悪だった。光は変わってしまった。なにがあったのかは知らない。
「ああ、彼女? どうでもいいよ。え、なにがあったのかって? 誘われたからお茶して、話をして………うん。ちょっと気に入らなかった。ただそれだけだよ」
光は平然と俺の質問に答えた。
こいつはなにもわかってない。わかっているようで、わかっていないんだ。
クラスどころか学校の、世界の頂点にいるような存在の発言力を。
例えばだ。光が「こいつは不愉快だ」と特定の人物を指差して、何気なく独言るとしよう。すると周囲にいた光に陶酔し崇拝していた信者のような味方たちは、たちまち軍隊蟻のように動き出す。
光の敵はみんなの敵とスローガンを掲げ、異物を排除しようとする。最初は陰湿ないじめだが、ついには堂々とした非道を行う。
クラスや学校を敵に回したあの子は、もう学校に来れなくなった。
俺はこれまで光が異常だと思わなかったことはないが、その異常性が別のベクトルに傾いた。
だから───
「光。お前を殺す」
俺は、ついに光を刺殺しようと決めた。
モテざる俺の、ささやかな反抗。
モテる者の光にはわからないんだ。この苦しみが。
放課後、繁華街にて。恐怖と恐慌に支配された住民が、喚きながら逃げまとう。通報を受けた警察が出動し、ついには銃さえ構えた。無駄なのに。
光。なんでこうなった?
なんでお前は、こんな状況なのに。俺に殺されそうになってるのに。
対峙しながら、なんで満面の笑みを浮かべてる?
俺にはわからねぇよ。
僕の幼馴染の名前は、左近太陽という。
周囲の空気に溶け込むのがうまい。本人は誰からも気にされないことを悔しがっているけど、それは僕からすれば素晴らしい才能といえた。いや、彼の素晴らしいところはまだ他にもあるのだけどね。
彼と知り合ったのは幼稚園児の頃で、とても気が合う親友になれた。こうして高校生になってからも。
太陽は陰のある性格をしていた。とてもではないがポジティブとは言えない。そうなったのは太陽の両親が、小学生の頃に事故死してからだ。親戚の家に預けられ、暗くなってしまった性格の影響で感情が表に出なくなったのが気味悪がられた。僕からすれば、彼の思考を理解するのなんて造作もないのだけど。
体格は平均的で、成績は………まぁ、悪い方ではないとは思う。何回か教えたことがあるけど呑み込みは早かった。伸び代はあるけど、予習と復習をしないから試験で結果が出ないだけだと思う。
太陽は幼稚園児の頃からずっと一緒だ。小学校も。中学校も。高校も。とんでもない偶然と奇跡が重なった───というわけではない。太陽の学力が足りていなければ僕が補った。受験対策はもちろんばっちりで、太陽を自宅に泊まらせて合宿同然の勉強会もした。「あれは地獄だ」なんて言うけど僕は楽しかったんだけどな。
特に大変だったのが中学二年生だ。太陽は訳あって半年間欠席していた。あれを補うのは大変だった。
なんでそんなことをするのかって?
それは僕が、太陽のことが大好きだからさ。太陽は本当に素晴らしいんだ。
僕が周囲と違う異常性を理解したのは小学生の頃からだ。誰よりも前へ。誰よりも先へ。誰よりも信頼を集めていた。例えるなら、たった一言発しただけで賞賛されるようなもの。そんなの政治家だっていない。
両親は僕に期待した。同級生も、先輩も、後輩も。大人たちだって。僕はいつでも優等生の仮面を被るしかなかった。そうすることで常に両親の期待に応えられることが嬉しかった。充実感もあった。
けど、例外が太陽だ。
「は? そりゃ確かにお前は優等生だしイケメンだし、モテるし。けどな、だからって調子乗ってんじゃねぇよ。お前は神様なんかじゃねぇ。少女漫画のヒロインと結ばれるイケメンを凝縮したような野郎だけど、俺にとっちゃお前なんてただの人間だ。顔があって手足がって、笑って泣く。ほらな? 俺となにひとつ変わらねえじゃねぇか」
自分となにも変わらない。人間なんだから個体差があるだけ。
そんなことを言ってくれるのは太陽だけだ。だから僕は素顔のままでいられる。太陽の前で仮面なんか必要なかった。ありのままでいいんだと教えてくれた。心を許せるたったひとりの親友に、僕は感謝しなかった時は一秒もない。
だから僕は太陽と一緒にいたかった。
僕は神などではない。人間なのだと改めて教えてくれた大切な親友だ。
できれば周囲にも太陽の素晴らしさを説き、理解を共有したかった。使う言葉は綺麗ではなくとも、内面がとても綺麗なんだって。
僕がなぜか不良に絡まれた時だって、大丈夫だってわかってるくせに様子を見に来てくれた。
「馬鹿か。俺がお前の心配なんかするかよ」
って言ってた時なんて、ツーンとはしていたけど顔が赤かった。あれは初めて心臓が強く脈打つ瞬間だった。
それに僕は、太陽の秘密を知っている。
誰からも相手にされない太陽が、僕ですら名も知らない大人たちと接点がある理由を。対比した僕の価値を。
僕はどうやっても、太陽と比肩することなんてできなかった。いや、同じ場所、領域にすら立てなかった。
選ばれなかったんだ。
いつしか、太陽に接していた黒いスーツの怪しい大人たちが僕に接触してきた。僕はそれで予想が確信へと変わり、結果───絶望した。
大人たちはみんな、こう言うんだ。「英雄になってくれ」と。
僕は太陽に打ち明けた。テレビに出演することとなったと。多分、太陽も意味を知った上で頷いた。
「まぁ、いいんじゃねえの? 煌びやかな世界にいるお前こそ、最適じゃん」
目を合わせずに彼は言う。それが嘘だと、僕は知っていた。
太陽は僕の影に隠れていた。
それでいて、どんどんと差が開いていく。
それは仕方ないことだ。ある意味、もう陰は僕にとって別世界の住民が次元の壁を越えて現れたと思い始めたからだ。僕とは生きる場所が違うから、その業界で栄冠と繁栄を夢見る一般人が欲しくてたまらない栄光を簡単に手放してしまえる。
僕はちょっとだけ悔しくて、意地悪な質問を投げかけた。「祝ってくれないの?」と。
「いいんだよ。これで。ったく。お前はどこまで行くのかね」
きみがいるところまで。と僕は述べた。太陽は少し驚愕し、また目を逸らす。
続けて気になったことを尋ねた。これは僕にとっての指針にもなることだ。「太陽はどこに行くの?」と。
「ここにいる。せっかく苦労して帰ってきたんだぜ?」
それは予想できた。太陽はそうするしかない。それが誰かの………僕たち以外の頼みだから。
太陽は昔から不器用で、頼まれたら断れない性格だったから。
それでいいの? と聞く。
「仕方ないだろ。俺がこの仕事を放棄すれば、他の誰かがやるしかない」
それを言える度胸が、その頃の僕にはなかった。
仕方ない。と自分に言い聞かせる姿が、まるで自分にかける呪いのようにも見えた。
諦観の境地。しかし誰にもできることじゃない。
僕が………僕が太陽の代わりになれたら。と何度も想像したけど、現実は非情だ。僕では決して太陽の代行をできなかった。
選ばれなかったから。なんて惨めなんだろう。僕は太陽にしてやれることがない。
僕はせめて励まそうと、彼の長所を褒めた。少しでも気持ちが楽になってくれれば、それでよかった。
「俺のことはいいから。お前こそ受験に専念しろよ。テレビの仕事も適当にしてな。人生を棒に振るんじゃねぇ」
それは、きみだって言えることなのに。
僕と太陽が一緒にいる時間は、もう終わる。僕は海外の大学の推薦を得ている。太陽は卒業後、とある企業に就職する。
僕も同じところに行きたかった。けど太陽が拒んだ。初めて否定された。
多分、そこからだ。僕のなかでなにかが壊れた。
夏が終わる頃。僕はとある女子から話を聞くことにした。
彼女も大学を受験する身。多忙なスケジュールを割いてでも、僕に接触した。そういう経験は何度もあるから断ろうとしたのだけど、話題がこれまでの経験とはまったく異なるもので、僕は初めて興味を引かれた。
太陽のことだ。
彼女のことは知っている。太陽が密かに思いを寄せていた子だ。「左近くんのこと教えてくれない? ちょっと興味があって。月部くん、いつも一緒にいるでしょ?」と上目遣いで尋ねるんだもんな。
心躍った。なんて素晴らしい子なのだろうと感心した。
こんなの初めてだった。僕以外に太陽のことを知りたいと思う子がいたなんて。
とても嬉しかった。この子の背中を押そう。太陽だって悪い気がしないはずだ。交際して、結婚して───ああ、太陽の人生は充実する。ずっとひとりで生きてきた彼の暗黒な人生に、たった一筋の光明がさすんだ。
………けど、理想と現実は違った。
───左近くんの誕生日はいつ? ふーん。五月なんだ。
───じゃあ月部くんの誕生日は? 大学は海外なんだよね。すごいよ。好きな食べ物はなに? そういえば中学の頃はモデルのスカウトが来たんだよね。好きな女の子のタイプは? 私、男の子に尽くすタイプだよ。なにか読んでる本はある? テレビのお仕事始めたんだよね。芸能人に会えたらサインもらって来てよ。普段なにしてる? 私は料理が好きなの。趣味とかある? そうそう。私ピアノ始めたんだ。かっこいいなぁ月部くんって。もうみんなのヒーローだね。あ、そうだ。これから月部くんのこと光くんって呼んでいい? 私も名前で呼んでいいよ あ、そうだ。今度の日曜日にどこかお出かけしない? 映画がいい? それとも定番の遊園地か水族館? 夜遅くまで遊ぼうよ。私、おすすめのホテル知ってるんだ。光くんにだったら、なにをされてもいいよ………え、左近くんも誘う? どうして?
不愉快だった。
このメスは、太陽を口実に僕に接近してきたゴミ虫だった。いや虫にも劣る。排泄物。芥。それよりもずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと………
汚らわしい。僕は初めて、他人に不快感を覚えた。こんな狡猾な奴がいたんだと。
いらない。こんな汚い女は、太陽に相応しくない。
ハハッ………わかってしまったんだ。太陽にもっとも必要で、価値を理解して、相応しいのは誰なのか。
この僕だ。
僕なら太陽の価値をぐっと高められる。理解してあげられるんだ。
翌日、この汚い女に制裁を加えた。簡単だ。扇動してやればいい。
僕の周りにいるみんなの前で、あの汚れた女を見ながら「あの子にデートに誘われちゃった」と苦笑しながら言えばいい。すると勝手に嫉妬した全員が、勝手に作った不可侵条約とやらに抵触したと判断し、僕が手を汚さずに罰を与える。
あの汚い女が泣き喚こうが、僕は笑うのをやめなかった。とても愉快だった。彼女は一週間もせずに不登校になった。
数日後、太陽が僕に尋ねた。なんてことしてやがる。と。
ああ………嬉しい。太陽が僕のことだけを見てくれている。
快ッッッ感ッッッ!!
だから僕はありのままを伝えた。太陽が憤るのを感じる。それさえも愛おしくなる。
太陽は、異世界とやらに転移した。で、半年で帰ってきた。
「僕が憎い? でも僕は違う。太陽のためならなんでもできる。さぁ、仕上げだよ太陽。僕を殺していい。そして始めるんだ。きみだけの、持てる者としてのサクセスストーリーをッ!」
太陽が僕に指摘した数日後。僕は高らかに彼と大衆を前に叫んだ。
通報を受けて出動した警官隊が拳銃を突きつける。わかってない。僕はそんなものじゃ死なない。
僕を殺せるのは太陽だけだ。異世界帰りの、世界で唯一魔法を使える、選ばれた彼だけだ。
太陽に異世界に転移していたと聞いたのは、失踪した半年後だった。彼が失踪して消沈していた僕の前に、いきなりエキゾチックな風体で現れて告げられた。しかも半笑いしながら宙に浮いていた。非現実的光景に唖然とした。
最初は半信半疑だったが、羽もプロペラもスラスターすら不要で空を飛ぶ姿や、他の魔法を実際に目の当たりにすると、嫌でも信じるしかなくなる。
太陽曰わく、異世界に転移したあと、必死に帰る方法を模索し、魔神を倒せば帰れると判明してから数十年かけなければならないプロセスをすべて無視し、常軌を逸する手段を総動員して魔神率いる魔人を根絶やしにし、孤立した魔神をシバキ倒したと豪語した。多分本当なのだろう。
それ以降、僕たちの周囲にも異変が起こる。モンスターが各地に出現するようになった。けどここには異世界帰りの太陽がいる。目立ちたがらない太陽は、そこらに転がっていたフルフェイスヘルメットを被り、半壊し無人となったスポーツ用品店に突入すると、黒いジャージ姿でモンスターに襲いかかった。
人間を殺そうとするモンスターを返り討ちにしていく。急襲はそれからも何度も続く。
高校生になるとある程度の対策が取れたのか、自衛隊の防衛と警察の避難誘導も迅速化して、被害も減ってくる。戦うのは太陽たったひとりだけど。
ただ、それを数年続けていくと、謎のフルフェイスヘルメットの防人は誰なのか。という話題がそこらで乱立した。子供の頃に見た特撮ドラマのような展開だ。
同時に太陽の人付き合いも変化する。黒いスーツの大人たちと付き合いがあると噂が広まった。一説によると暴力団関係とか、海外マフィアの一派だとか。
実はその大人たちこそ太陽をサポートする防衛隊の一員で、平凡でありたいという太陽の願いを優先し、陰のサポートをしていた。
「お前………なんでここにいるんだ」
僕にも隊員がアプローチを仕掛け、拠点に案内してくれた。
地下に拠点を構える日本政府直属の防衛組織。属する唯一の対化物殲滅要員、太陽はその日の戦闘を終えたばかりだったからか、衛生兵に治療され、包帯を巻かれながら目を剥いて僕を見上げた。
僕は言ったはずだ。太陽のいるところにいると。
だから、太陽に対する対抗意識と、選ばれなかった者、持てざる者の嫉妬で、フルフェイスヘルメットの正体になって欲しいという政府の要望を受け入れた。
太陽の正体を明かすわけにはいかなかった。
もし敵に人間を食う以外に、狡猾的な知恵を付けられた場合、太陽の正体がバレてしまえば、真っ先に危険が及ぶ。
そしてこれは、僕をスカウトしに来た防衛隊の宣伝課長とかいう女性が愚痴同然に言っていた。「左近くんのビジュアルってどうしても微妙で、ヒーローとして奉っても盛り上がりに欠けるんだよね。その点、月部くんなら満点よ。きっと私………ううん、みんなが満足できるヒーローになれる。その資格があるもの」だって。
ふざけているとしか思えなかった。
僕の太陽が微妙だって?
一万回殺しても足りないくらいだ。
僕は選ばれなかった者として、選ばれた者の影武者になった。テレビの前でで大々的にフルフェイスヘルメットを取り、この国のヒーローに君臨する。誰かのために戦い、守り、傷つく太陽ではなく、戦えない矮小であるこの僕が。
多分、その頃だ。壊れ始めた僕の頭のなかで、誰かが囁いた。
悪魔のような誘惑をする男の声だった。
誰何してみれば、呆気なく正体を述べた。なんと異世界で太陽と戦った魔神そのひとだって。次元の壁を越えて、精神体で現れると僕に注目し、憑依してたみたいだ。
魔神は僕の理解者だった。若い頃、幼馴染への劣等感があったという。それに「敵ながら英雄太陽は天晴れな武人だった」と賞賛した魔神に、僕はとても嬉しくなった。
魔神の言葉に耳を傾けると、魔神も僕の言葉に耳を傾けてくれる。
それで相互理解を深め───た、つもりなんだろうけどね。まだまだ甘い。僕の方が一枚上だ。
『な、なにをするライト!? やめよっ! なんのために我の力を貸与してやったと思っている!?』
魔神はさっきから、僕の頭のなかでギャーギャーと騒いでいた。こういうのは無視をするに限る。慣れている。
どうせ僕を懐柔して、内側から精神に潜り込んで支配するつもりだったんだろうけど、舐められたものだ。懐柔されたふりをしていたのを、魔神はいつまでも察知できなかった。逆に魔神の力を支配して、虚弱な精神を心の片隅に追いやった。
とある放課後。繁華街にて。
魔神化した僕の目の前に、要請を受けて出動した太陽が、いつものフルフェイスヘルメットとジャージ姿で現れる。
対する僕は、人間の姿を捨てていた。下半身がタコやイカと融合したみたいな姿をしていた。肌の色も変わった。そして初めて、僕の手でなにもかもを蹂躙した。太陽が来るまでの暇つぶしに。
ただし人間は極力生かした。目撃者は多ければ多い方がいい。急行した太陽に挨拶代わりに初撃でヘルメットを破壊する。これで政府が隠そうとした太陽の正体が明るみになり、僕が偽物だったと証明される。ザマァみろ。
壊れた化物は、ヒーローの手で滅ぼされるのが相応しい。
僕を止めるために殺すと宣言する太陽。ああ、なんていう目をしているんだろう。可愛いなぁ。
ねぇ、太陽。
これって異常なのかな?
僕はこんなにも太陽のことを想っているのに。
思えば僕らは、いつも違う方を見ていた。僕が右なら太陽は左。それがとても嫌だった。いつも同じ方を見ていたかった。
でもほら。いつもみたく並行せず、対面してみるとどうかな。
僕が右を見ても、太陽が左を見ても、見る方向は同じだね。ある意味で夢が叶った。
これは持てざる者たる僕の、持てる者たるきみへの挑戦。抵抗。愛憎。
嬉しいな太陽。僕は初めて誰かと喧嘩をしようとしている。記念すべき相手が太陽だなんて。
太陽は辛いかな。僕を殺すのは。
でも僕を殺す以外に手段はない。僕はもう選んでしまった。選ばれなかった者なりに、自分から掴んでしまった。
たったひとつ残念なことがあるとするなら、太陽に殺されたあとのきみを見ることができないってことくらいだ。
ささやかながら我儘を述べることが許されるならば。僕の湛える陳腐な愛憎が絶えぬように。
太陽との戦いの時間が、永遠に続けばいいのになと思う。
そうすればきっと彼は僕を見続けてくれる。
でもそれは叶わない。僕を殺して太陽はヒーローになるのだから。僕はそのためにここにいるのだから。
さぁ太陽。死合おうか。理解なんてしなくてもいいんだ。
至福の時間を進めよう。
どうかきみを好きだった僕を、心の片隅にでもいいから、いつまでも忘れないでいてくれると嬉しいな。
突発的にひらめいた短編を、ほぼ衝動のまま殴り書きしてみました。
私にとっては初めてとなる内容で、なぜかBL?路線に入ってしまうという。これがどなたかの琴線に触れる物語であれば嬉しい限りです。
今のところシリーズ化する予定はありませんが、読者の皆々様方のリアクション次第で膨らませて………みようかなとは思います。
カースト最上位と最下位にして、実は相手の方が上だったという嫉妬やら隣の芝生は青い現象が起きています。
光の心理を知った上で太陽の方を読んでみると、太陽の方が聖人なのかと思うことも。
なにか思うところがあったり、質問がございましたらお気軽に書いてくださると嬉しいです。
しかしながら、これは一日で構築し、四日で書き上げた作品なので、まだ浅い部分もございます。逆に私の方が教えられるところがあるかもしれませんので、そこも楽しみにしております。
よろしくお願いお願い申し上げます。