5 隣国の王子
伯爵といえども、隣国の王子の求婚を断ることができない。
この結婚は両国の平和のためでもある。
知ってる。
あの晩餐から、なんだかよく眠れない。
お二人はお似合いだった。
隊長はこの結婚大丈夫だろうか?
「オリバー!」
「はい!」
ぼんやりしていたらしく、目の前にアダム副隊長がいたことを忘れていたくらいだった。
「ああ、むかつくぜ。なんだかよう。オリバー、ちょっとヘイゼルの家にいってくれないか。これを渡してくれ」
「は?俺がですか?」
「そうだ。早くな。今すぐ」
上官の命令は絶対だ。
俺は馬に乗って隊長の屋敷へ急いだ。
手紙を門番に見せると、なぜか入るように言われ、俺は客間で待たされた。馬は厩舎で預かってくれるという事だった。
「オリバー!」
隊長が扉を開けて入ってきた。
なんだか顔色が悪くて、泣いていたのか、目が赤い。
「隊長。大丈夫ですか?」
大丈夫なわけがない。
「……私は……」
今やこの結婚は両国の問題だ。
軽々しく言葉にできない。
けど、あまりにもひどい。
隊長は結婚したくないって言ってた。
隣国の王子と結婚、それは妃になるということ。
窮屈な毎日が待っているだろう。
「隊長。……逃げませんか?」
俺はそんな言葉を口走っていた。
「オリバー……」
「隊長は今まで頑張ってきました。隊長は幸せになるべきです。この結婚は隊長を幸せにできると思いません」
隊長はきっと泣いていた。
そんな悲しい思いまでして結婚するのは酷い。
「……俺が隊長を守ります。だから逃げませんか?」
「やっと言ったな!」
「悔しいけど、認めるよ」
「オリバーさん!」
「オリバーくん」
は?
部屋の隅から沢山、人がでてきた。
っていうか、アダム副隊長、めっちゃ早くないですか?
俺より早いって異常すぎ。
リカルド様、国境から飛んできたんすか?
弟さんも。
っていうか、なぜ騎士団長まで混ざってるんですか?
隣の隊長を見ると、彼女も知らなかったらしく、呆然としていた。
「さて、当人たちの心は決まったみたいだな」
「作戦を練ろうかね。戦争はまずいから」
「僕もお手伝いします。ヨゼフ殿下の妹君は僕の文通友達なので、援護できそうです」
「私も尽力を尽くすつもりだ」
逃げるよりは全然まし。
この面子が集まれば、どうにかなりそうかも。
ちらっと隣の隊長を見ると、極上な笑顔で微笑まれた。
可愛い。
え、隊長、こんなに可愛かったっけ?
ヨゼフ殿下との結婚回避のシナリオは決まった。
四か月前、俺と隊長はお見合いしている。
その時にすでに婚約は結ばれていた。
しかし身分も離れていて、同じ分隊なので周りには黙っていた。
弟さんは、姉と姉の婚約者は愛し合っており、二人を裂くような真似はどうかやめてほしいと、ヨゼフ殿下の妹君に手紙を書いて、早馬で送った。
陛下や王妃陛下に頼み込み、この計画に乗ってくれるように伝えた。王妃から俺たちの結婚式には呼ぶこと、ドレスをデザインさせることなどを約束させられ、どうにか王族の協力も得ることはできた。
ヨゼフ殿下の妹君はかなり弟さんに協力的で、すぐにヨゼフ殿下に話をしたそうだ。
『他人のものには興味がない。お幸せに』
そんな手紙が送られてきて、ヨゼフ殿下との結婚はなくなった。
「みんな、ありがとう。感謝する!」
隊長は元気になった。
よかった。
儚い隊長も綺麗だったけど、やっぱりいつもの隊長がいい。
俺と隊長は公認の恋人同士になった。
えっと、いいのか?
俺ははっきり言って嬉しい。
隊長のことは、初めは単なる憧れの騎士だった。
だけど、一緒に過ごすようになって、いつの間にか好きになっていた。他の奴となんか結婚させたくない。
今ならリカルド様の気持ちがわかる。
リカルド様が未練たらたらそうだったけど、俺に殺気を向けるのはやめた。
強くなって、いつかリカルド様を倒したい。
「……隊長」
「オリバー。私の名前はヘイゼルだ。そう呼んでくれないか。今は」
隊長、いやヘイゼル様はとても綺麗だ。
可愛い。
俺しかこんな姿を見れないから、本当、俺って幸せ者。
「ヘイゼル様」
「オリバー」
週末はヘイゼル様の家に通うのが日常になっている。
だけど、扉は閉められない。
未婚のうちは二人っきりはだめだとか。
本当にキスとか色々したいけど、気が付けば扉の隙間から誰かが覗いていて怖い。
結婚したら二人の家に住む予定だ。
俺たちは結婚しても騎士のままだ。
隊長は騎士であることに誇りを持っている。
俺だって、騎士である隊長、ヘイゼル様を今でも目標にしている。
願わくば、ベッドの上以外でも彼女を負かせたい。
これを口走った時、口をしばらくきいてくれなかったので、もう二度とそんなこと言わないけど、俺は常にそう思っている。
(完)