4 隊長の弟さん
「あなたがオリバーさん」
隊長そっくりな少年が俺を下から見ている。
なんか敵意を感じるんだけど、なぜだろうか?
隊長の弟さんがなぜか俺に会いたいってことで、非番の今日、俺は隊長の屋敷に来ている。
めっちゃ緊張していたんだが、弟さんの態度を見て緊張が解けた。
顔がめっちゃ、隊長にそっくり。
将来有望だなあ。
「さあ、ケヴィン。約束は果たしたぞ。もういいだろう?」
え?もう。
まあ、顔見せは終わり。
だけど、これでいいの?
っていうか、なぜこんなに睨まれているか、わからん。
「姉上。オリバーさんとふたりっきりしてもらってもいいですか?」
「だめだ」
はやっ。
「隊長。大丈夫です。きっとケヴィン様は俺に何か伝えたいんですよ。大丈夫。何を言われても俺は平気です」
「しかし」
「姉上。僕は酷いことを言うつもりはありません。お願いします」
「……わかった。では私は隣の部屋に行く」
隊長は不服そうだったけど、椅子から立ち上がると出ていく。
パタンと扉が閉まってから、弟さんは急に立ち上がった。
「オリバーさん。ありがとうございました!」
「え?なに?」
「姉上の未来を閉ざすところでした。あなたが姉上に色々言ってくれないと、きっと姉上は父上に何も言わなかったはずです」
えっと。結婚のことかな?
俺はとりあえず黙って聞く。
「姉上は勘違いをしているのです。父上も。父上は、姉上に兄上の代わりに騎士としての責任を負わせたことを後悔してます。僕が来年から騎士学校に入るので、いい機会に姉を重圧から解放しようと思ったのです。それで結婚なんて」
なるほど。
隊長は勘違いしてるよな。
「姉上は、きっと僕が騎士になることで、騎士である自分がいらなくなったと、思ってますよね?」
「そうです。俺にそう言ってました」
「やっぱり、何度も説明してもわかってくれないのです。僕は姉上を尊敬してます。姉上が騎士としてこれまでどんなに頑張ってきたのか知ってます。だから姉上には騎士道を全うしてほしいと思ってます。僕はこの家に男子として生まれてきたので、騎士の道を歩まないといけません。ですが、姉上の邪魔をする気はありません。むしろ、本当は僕は騎士よりも文官向きなのです」
弟さんは隊長そっくりの顔で悲しく笑う
「僕は男だから、騎士を目指すのが普通です。この家では。父上も望んでます。ですが、僕は剣を取るよりも、筆を握る方が好きです。姉上が、騎士の務めを果たしてますし、僕が騎士にならなくていいと思うのです」
弟さんはそう一気に捲し立ててから、椅子に座る。
「うーん。難しい問題ですね。とりあえず騎士学校行ってから、色々考えてもいいんじゃないかな。騎士学校は基本騎士になる奴が集まるけど、学んでみて、別の道を歩む奴も何人もいた。その時も学校はしっかり指導してくれる。嫌な道を進むことはないけど、まず知ることも大事じゃないかな」
俺の考え、とりあえず参考になるかわからんけど、伝えてみる。
文官になることを今決めることもないし、隊長のお父さんを納得させるのも難しそうだ。
「本当に文官の道を目指したきゃ、それを証明すればいい。文官の道を向いてるってことを、お父さんに」
「そうですね!僕頑張ってみます。姉上も日々父上を倒そうと頑張ってますからね。僕も頑張ります!」
えっと、倒そうと頑張ってるんだ。
隊長……。
たしか、俺と話したときはぎゃふんと言わせるという話だけだったような。
まあ、いいか。
「話しは終わったか?」
「はい」
扉を軽くたたく音がして、隊長が尋ねてきた。弟くんが答えると隊長がすぐに入ってきた。
「大丈夫か?」
「もちろんですよ」
「姉上!オリバーさん、本当にいい人ですね。これで僕も安心です」
「安心?まあ、オリバーがいい奴なことをわかってもらって嬉しいぞ」
いい奴。
褒められるのは嬉しい。
だが何か足りない気がする。
まあ、いいか。
そうして、俺の隊長の家への初訪問は終わった。
もうこんな機会はないだろうっと思っていたのだが、たびたび弟さんから呼び出されることが多くなった。
しかも騎士団長にもたまに遭遇するから、めっちゃ緊張した。
すごいいい笑顔で、夕食まで誘われることがあり、その圧に屈して俺は夕食を共にした。なんかおいしいんだろうけど、味がよくわからなくて、隊長に何度も謝られた。
いや、謝られることはないっす。
仕事、アダム副隊長からのしごき、弟さんからの呼び出し、それを日々こなしていると月日が経つのは早かった。
隊長と見合いしてから、三か月後。
隣国から王子が訪ねてきた。
これは両国の繋がりを保つためで、王子は妻を探すためにやってきた。残念ながら王族には歳が釣り合う女性がいなくて、貴族令嬢が集められ華やかな晩餐が二日間にわけて開かれることになった。
俺たち第一分隊だけでは足りなく、第二、第三から貴族子息を集め、警備をする。
俺たちは隣国の王子に敬意を示すために、礼服をまとって警備する。
礼服は息苦しい。
仕方ないと思いつつ、警備についていると王子が隊長におかしな願いを申し出た。
「ヘイゼル殿。聞くとことによると君は女性ということじゃないか。どうか、私のためにドレスを着てくれないか?」
隊長は伯爵子女だ。
隣国の王子の願いを拒否することはできない。
しかも服を着替える程度だ。
「それはいい考えね。ヨゼフ殿下。私が用意いたしましょう」
王妃がこの趣向を気に入ったみたいで、隊長は試練に立たされることになった。
可哀そう。だけど、また女装が見れるのはちょっと嬉しいかも。
しばらくして、着替えを済ませて、隊長が戻ってきた。
俺は剣を落としそうになった。
俺以外にも同じ思いの奴がいたらしく、口を開いてぽかんと隊長を見ていた。
前の女装の時も綺麗だと思ったけど、今回の隊長はまるで精霊のような美しさだった。
「なんと美しい。私の運命は君だったか」
隊長の顔が固まった。
俺も。
そんなことに気が付かないヨゼフ殿下は、隊長の手を取った。
「どうか、私と踊ってくれませんか?」
「いえ、私は」
「大丈夫です。私がリードします」
隣国の王子の誘いは断れない。
隊長はダンスが嫌いだって言っていたから……。
心配してたけど、そんな心配は吹き飛んだ。
二人のダンスはとても華麗で、その場のすべてがかすんで見えたくらい、輝いていた。
「……なんだ」
ものすごい嫌な気持ちだ。
オカシイ。
俺は踊ってる二人から顔を背けた。