2 隊長の元婚約者
「オリバー。おはよう」
「おはようございます」
それから平和な日々が続いた。
いや、平和ではないが、変な噂や、拉致されない普通の日々が戻ってきた。
俺が所属する第一分隊は、王宮騎士団の中に組み込まれている。
王宮騎士団というのは、城内と城下町を護衛する兵団で、貴族だけではなく、平民からも兵士を募っている。
第一分隊は貴族のみで構成されていて、城内の警護に当たる。第二と第三は城下町の警備だ。平民が三割ほど入団している。
ちなみに俺は一応貴族である。末端の男爵子息であるが。
だからこそ、第一分隊に入ることができた。隊長には十歳の時、助けてもらったことがあって、それ以来ファンだ。俺と隊長は六歳差だから、俺を助けてくれたときは、十六歳だったんだろう。
俺はお茶会で間違って飲み物を伯爵子息様にかけてしまって、殴られそうになった。その時会場の護衛だった隊長が助け船を出してくれた。いやあ、かっこよかったなあ。隊長。
あの時、一緒にいた妹が隊長にべたぼれしてた。そういう妹ももう結婚して、家にいないが。
第一分隊に配属が決まっとき、妹がちょっとうざかったな。
懐かしい思い出だ。
「オリバー。今日はアダム達と模擬戦やるが、お前も参加するか?」
「お願いします!」
あの騒動から、隊長は俺を模擬戦に誘ってくれるようになった。なんでもアダム副隊長が俺を鍛えたいと思っているとか。
辛いけど、確実に強くなるので、俺は積極的に参加してる。
訓練はめっちゃつらいので、仲間には羨ましがられていない。
「絶対に嫉妬だ。あれは」
なんて、変な事言う奴がいるんだよな。
いったいなんだろうか?
「オリバー。行くぞ!」
「はい!」
アダム副隊長は、隊長とは真逆。
力で押すタイプだ。
俺はそれを受け流す技術を身に着けようと思っている。
アダム副隊長の馬鹿力、普通に訓練して身に着かない。
だったら、受け止めるのではなく、受け流したほうがいいに決まってる。
それのお手本は隊長だ。
隊長は気にしているが、やはり筋力が足りない。
以前は気が付かなかったが、こうして一緒に訓練してみるとわかるようになっていた。その分、俊敏さとか柔軟とかに特化しているんだよな。
あの柔らかさは異常だ。
「おら!」
「うお、」
俺の体がぶっ飛ばされる。
力を流せず、そのまま受け止めてしまい、力負けした結果だ。
「まだまだだな」
アダム副隊長は床に転がっている俺に笑いかけた。
めっちゃうれしそう。
なんか訓練っていうか、たまに痛めつけられているだけの気がするんだけど、気のせいか?
「アダム、次は私だ!」
「よし。いくぞ!」
二人の模擬戦が始まり、決着がつかぬまま三十分が経過した。
このまま、どっちの体力がなくなるまでやるんかなあと思ったら、ぶおっと音がして、剣が二人の方向へ飛んで行った。
あぶね!
二人は同時に剣を振るって、それは床に落ちた。
誰だよ、おい!
振り返ると、そこにいたのは国境騎士団長のリカルド様だった。
黒髪、黒目のなんか目が細い人だ。
背は滅茶苦茶高い。ガタイはアダム副団長より一回り小さいくらいか。
「面白そうなことしてますねぇ。僕も混ぜてくださいよ」
「リカルド、危ないじゃないか!」
「リカルド、まじでやめろよ!」
お二人は知り合いらしく、リカルド様を怒鳴りつけていた。
うん。正論。
危ないよ。まじで。俺だったら、そのまま串刺しになっていたかも。
☆
なぜか、俺はその後飲み会に連れていかれた。
いや、俺関係ないし。
「で、君は誰?」
そうですよね?
店内に到着して席についたとたん、リカルド様が聞いてきた。
「俺は第一分隊の隊員のオリバー・クオンです」
「おお、君は噂のオリバーくんね」
「噂?」
「ほら、君、ヘイゼルとお見合いしたんでしょ?このヘイゼルと」
リカルド様は笑いながら言う。
なんだよ、それ。
「このってなんすか?隊長、めっちゃ綺麗でしたよ。俺にはもったいないくらいで」
「へえ」
言い返すとリカルド様の糸のような黒い瞳が開かれた。
いや、なに?
怒ってる?
っていうか怒る理由なに?
「リカルド」
隊長がリカルド様の肩を掴むと、一気に緊張感が緩む。
また目が細くなっていた。
いったい?なんだ?
「まあまあ、オリバー。大変だぞ。俺は楽しいけどな」
「アダム副隊長?何、言ってんすか?」
ぽんぽんと背中をめっちゃ叩かれるが、アダム副隊長の言葉の意味がわからん。
それから、別に緊張するようなことはなく、俺はひたすら三人の話を聞きながら食べた。
奢りで。
ラッキー。
やっぱりすごいよな。国境騎士団。
三人に話を聞きながら国境の様子と知ると、ますます国境騎士団のすごさを思い知らされた。
平民が多く配置されているみたいだけど、強いって話を聞いたことあった。それはそうだよな。国境、敵がいつも隣合わせで、実践も多いだろう。山賊もいるらしいから、毎日戦闘だ。
リカルド様を見ていると、結構色々傷があって、そのすごさを思い知った。
☆
「じゃあ、僕はオリバー君と帰るよ。方向同じだし」
「オリバー、大丈夫か?」
隊長はめっちゃ心配そうだ。
え?なんで?
っていうか、アダム副団長がめっちゃ楽しそうなのは何?
「大丈夫ですよ。はい」
「大丈夫。ヘイゼルは何を心配しているのかな」
隊長の心配げな視線がめっちゃ気になったけど、俺はリカルド様と帰路を共にした。
俺の家から十分くらい歩いたところに、リカルド様のお屋敷はあるらしい。
知らんかったよ。
まあ、上位貴族と付き合うことなんてないから、仕方ないか。
「オリバー君。君、僕がヘイゼルの婚約者だったこと知ってる?」
「へ?」
隊長たちと別れてしばらくしてから、リカルド様が驚き発言した。
なんだ。隊長婚約者がいたのか。
幼馴染って話はさっき言っていたけど、婚約者だったのか。
「ヘイゼルの兄さんがなくなって、ヘイゼルが騎士になることになって、婚約の話はなくなった。あれは本当、嫌だったな」
「はあ」
俺は聞くことしかできない。
隊長のお兄さんがなくなった話は知ってる。だけど、まさかしていた婚約がなくなったなんて。
「僕はさ、続けたかったんだ。だけどヘイゼルが騎士になるからには結婚しないって言ってね。だから、彼女は君と見合いしたって話を聞いて、頭に来たんだ」
それは頭にくるでしょうね。
っていうか俺知らんから。そんな話。
「ヘイゼルが結婚するなら、僕とだ。君じゃない」
そんなの当然だ。
だけど、俺の口は動かなかった。
「僕がいつまでも待てる。まあ、覚えておいて」
俺の家の門まできていた。
「今日はありがとうございました」
俺は背中に冷たい視線を感じながら家の門をくぐる。
いや、これ殺気じゃないか?