1 見合いの相手が憧れの隊長だったんだが、どうすればいいのか。
俺には憧れの人がいる。
まさか、その人が俺の見合い相手なんて、そんな話があるだろうか?
隊長が男ではない。
そんな噂を聞いたことがあった。
確かに線は細いし、顔はきれいだ。
だけど、あの強さ、豪快な食べっぷり、飲みっぷり。
みんな、噂だと笑い飛ばした。
そう、俺もそうだった。
しかし、目の前にいるのは間違いなく、第一分隊の隊長であり、憧れの人に違いなかった。
髪には髪飾り、顔も化粧が施されている。
体を覆うドレスは、隊長の傷ついた腕を完全に隠し、平たかった胸はささやかながら女性らしい膨らみがあった。
腰はきゅっと絞られ、腰から下にふわりとドレスが広がっている。
「た、隊長ですよね?」
「ああ。私は間違いなく、ヘイゼルだ」
「隊長、女性だったんですか?!」
「そうか、知らなかったんだな」
隊長は少し驚いて猫のような目を大きく見開く。
その後、ふわりと笑った。
か、可愛い
だれ、これ。
え?隊長?
俺はオリバー・クオン。
第一分隊所属。二十歳。
急に縁談の話を持ち込まれる。
断ろうとしたのだが、一度だけあってくれと両親に頼まれ、お見合いに臨んだ。
まさか、相手は、俺の憧れの第一分隊長だなんて思いもしなかった。
っていうか、女性という分類にすら第一分隊長ははいっていなかったのだから。
「すまないな。私の見合いなどに付き合わされることになって」
「いえ」
隊長は女装していても話し方はやっぱり隊長で、幻を見ているのではないかと目を瞬かせてしまう。
「やはり変だよな。この格好。ひさびさにドレスなんて着たんだが、私自身も変な気分だ」
隊長は苦笑する。
いつも自信にあふれた隊長がすこし困った感じで、なんだか親近感が湧く。いつもは神々しくて近寄れない感じだから。
「隊長、似合ってますよ!というか、隊長は結婚する気なのですか?」
いや、相手は俺。いやいや、今回なぜか俺が見合い相手なんだけど。
「いや、まったく」
「だったら、なんで?!」
素っ頓狂な声が出てしまい、隊長が笑いだした。
がははという隊長らしい笑いで、格好と落差が激しい。
「そうだよな。いや、ちょっと事情があってな。お前を巻き込んでしまってすまない」
「巻き込む?いきなり縁談の話が来たんですが、もしかして」
えっと、なんかドキドキしてきたぞ。
「うん、まあ、えっと、私が指名したんだ」
「し、指名!」
隊長の見合い相手に!
驚きが先に来てしまった。
「嫌だよな。悪い。私の周り、副隊長のアダムも既婚者だし、同僚はほとんど結婚している。この間、お前が女の子を助けていたところを見てな。お前のような男なら、いい奴なんだろうと思って、お前の名を口にしてしまったんだ。すまん!」
「いえ、謝らないでください。この間って、ああ、ソフィアのことかな」
「ソフィア。あの子はそういう名前なのか?もしかして恋人だったか?それはないよな。その場合は縁談自体なさそうだし。いや、うちの両親がごり押しした場合、すまん!お前、彼女がいたのに、巻き込んでしまい、申し訳ない。私がソフィアに会って直接謝る!」
「隊長!何先走ってるんですか!ソフィアは妹の友人で、婚約者ももういるんです」
「そう、そうか。それならよかった。本当、今回はすまなかった」
隊長は深々と俺に頭をさげた。
「いや、謝罪は必要ないですよ。本当。どうせなら、この機会に色々聞いてもいいですか?」
隊長は俺のあこがれだ。
聞きたい話はいっぱいある。
「いいが、この私と話をしても面白いかどうか」
「絶対面白いですよ。絶対。色々聞かせてください!」
その日、俺は隊長が入隊した時からの話を聞かせてもらい、満足した。
いや、やっぱり隊長はすごい。
☆
「なあ、オリバー。聞いたぞ!お前、隊長と見合いしたんだってな」
どこから話が漏れたのか、翌日出勤すると同僚に絡まれた。
おしゃべり好きのベンだ。
「ああ」
嘘をつくこともないだろうと頷いたのがよくなかった。おかげで揶揄われる羽目になり、話はどんどん妙な方向へ転がっていく。
一日の終わりには俺と隊長のラブストーリーができて、仰天した。
隊長は嫌だよな。
結婚したくないっていっていたから。
でもそれならなんで?
っていうか聞くの忘れたな。
「お前ら、ふざけた話を広めやがったな!」
翌日副隊長が休暇から戻ってきて、第一分隊全員に召集がかかった。
それは俺と隊長の変な噂話についてだった。
「アダム。怒鳴る必要はない。だが、真実じゃないことを口にすることは許されないことだ。私とオリバーは見合いを一度しただけだ。デートなどしていないし、男女の関係などまったくない。今度この件について口にしたものは、軍法会議にかける」
ひゃ、隊長めっちゃ怒ってる。
そうだよな。
俺と噂なんて立てられたくないだろうし。
今は結婚したくなくても、いつかしたくなったら、困るだろうし。
隊長、女装綺麗だったな。
うん。
そうして噂は断ち切られた。
☆
「オリバーくんかね」
歩いていたら突然話しかけられて、拉致された。
目を開けるとそこにいたのは、王宮騎士団長。
隊長の父上様だ。
「はっ!団長!」
立ち上がり、俺は直ぐに敬礼した。
「いやいや、悪かったね。首を絞め過ぎたせいで、気を失わせてしまったようだ」
ひゃ、それやばいんじゃないんすか。
俺もしかして死ぬ直前だった?
「ところで、君はヘイゼルのことをどう思っている?」
「そ、尊敬しております」
「そうか。尊敬か」
団長は顎を触りながら俺の周りを歩く。
「異性としてはどうだ?」
「い、異性としては、ですか?」
「父上!
突然扉が開かれ、隊長が入ってきた。
そして扉を思いっきり閉めて、団長のところへ駆け寄る。それから首を絞めた。
「ええ???隊長!なにしてんすか!」
「いや、私の部下を勝手に拉致して、ふざけた尋問をしようとしていた奴を懲らしめている」
「ふざけた、尋問?これって尋問なんですか?」
「ち、ちがうぞ!ヘイゼル。放しなさい!」
さすが団長。
隊長の腕をつかんで、一気に投げ飛ばした。
思いっきり音がして、ガヤガヤと音がして兵士がなだれ込んできた。
「大丈夫ですか!」
「何事ですか?」
入ってきた兵士は五人くらいかな。
俺より全然上の階級の人ばっかりで、もう俺はその場で固まってしまった。
しかも顔は全然緊張感がなくて、興味深々という表情は見て取れる。
もしかして盗み聞きしてた?
「気にするな。ただの親子喧嘩だ。退散しろ」
「はい!」
団長の命令は絶対で、入ってきた兵士は全員敬礼すると出ていった。俺も同じように出ていこうとしたのだが、止められた。
「君は待ちたまえ」
「はい」
なんだか、俺はいたたまれないまま、その場にとどまる。
団長と隊長は怒鳴り合いをしていた。
どうやら、隊長が俺のことを好きだって思いこんでいる団長、隊長は俺のことを考えて迷惑をかけるなって言っていたな。
うん。たしかに今日はびっくりしたな。
拉致された上、尋問だもんな。
尋問とは思えなかったけど。
「父上。もうオリバーの邪魔はしないように。父上がそんなに私を結婚させていなら、適当に相手をみつければいいでしょう。私はお払い箱ですよね。女である私にこれ以上の出世は望めないし、弟がいますから」
「ヘイゼル。何を言っているんだ。私はそんなこと一つも考えていないぞ。ただ君が、」
「もういいです。話は終わりです。オリバー、戻るぞ!」
「はい!」
団長の方が隊長よりも上で、命令系統なら団長の言うことを聞くべきだ。だけど、俺の直属の上司は隊長だと、俺は隊長に続いて部屋を出た。もちろん、団長には敬礼をした。
「本当に悪かったな。私のせいでまた迷惑をかけた。すまない」
部屋を出てからしばらく歩いて、足を止めた隊長が頭を下げた。
「謝る必要は本当にないですから。びっくりしましたけど。団長と話せる機会なんて滅多にないですし。あの見事の投げもすごかったです」
「ああ、私はお前に情けない姿をみせてしまったな。やはり父、団長には敵わぬのだ。情けない」
「情けなくありません。隊長。団長は別格です。いつか超えることもできるでしょう」
「そうだな。ありがとう。オリバー」
隊長が微笑む。
それは見惚れてしまうほど、とても綺麗な微笑みだった。