図書館の手紙
放課後の図書館は、いつもどこか、時間が止まっている気がする。
教室のざわめきも、グラウンドの歓声も、図書室のドアを閉めた瞬間、まるで違う世界の音になる。
蒼真はその静寂が好きだった。
誰にも話しかけられず、本のページをめくるだけで時間が流れていく。その感覚が、心のどこかを救ってくれる気がした。
この日も彼は、古びた文庫本を何冊か抱えて、いつもの席に腰を下ろす。
ふと、開いた一冊の小説の中に、違和感を覚えた。
ページの間に、何かが挟まっている。
「……え?」
取り出してみると、それは古い便箋だった。黄ばんでいて、角がわずかに折れている。
封筒も何もなく、ただ一枚の手紙だけが、ひっそりと隠れていた。
思わず目を走らせる。
『二〇一五年七月二日
蒼真くんへ
この手紙を、あなたが見つけてくれるかどうかはわかりません。
でも私は、信じています。
あなたとまた会えることを。
あの日、私は何かを忘れてしまった気がする。
思い出したいのに、どうしても思い出せないの。
でも、あなたの名前だけは、ずっと忘れられなかった。
会いたいです。
遥』
手が、自然に震えた。
――誰だ、これ。
――どうして俺の名前を……?
差出人には「遥」としか書かれていない。思い当たる人物はいない。
いたずらか? でも、この古本に挟まっていた理由は?
しかも日付はちょうど10年前――2015年。
まるで、“過去から送られてきたような手紙”だった。
「……なんだよ、これ……」
言葉にすることで、現実感を確かめたかったのかもしれない。
だが、声に出したところで、その不可解さは変わらなかった。
そのとき、図書室の奥から、カタッ、と小さな音がした。
顔を上げると、古い司書のおばあさんが、静かに彼のほうを見ていた。
その目が、どこかで何かを“知っている”ように、深く、優しく揺れていた。
その夜、蒼真は不思議な夢を見た。
知らない町。けれど懐かしい夕暮れ。
そして、そこに立っていた少女――
長い髪を風になびかせ、制服のスカートがわずかに揺れていた。
彼女は、ふとこちらを振り返ると、優しく微笑んで言った。
「……やっと、来てくれたね」
蒼真は、声も出せずにその場に立ち尽くした。
だけど、その名前だけは、自然に口からこぼれた。
「……遥……?」
少女は、確かにうなずいた。
【To be continued】