秘密の旅行 【月夜譚No.322】
良いホテルを予約してしまった。
久し振りの旅行ということもあり、半ば浮かれ気分で予約サイトを見ていたのが原因だろう。その場のノリで予約をしたのを後になって冷静に見返したら、普段よりも値が張っていたのだ。
しかしまあ、本当に久し振りの旅行であるし、少しくらいの贅沢は許容範囲としておこう。その分、思い切り楽しめば良い。
そう思ったら、より楽しみになってきた。彼女はスキップでもしそうなほど軽い足取りでオフィスのコピー機の前に移動した。
「何か良いことありました?」
「ふふ、分かる?」
通りすがった後輩に〝良いこと〟の言及は避けて笑顔を返す。その視線の先に真剣に書類と向き合う横顔が見えて、更に頬が緩んだ。
秘密の恋というものは、緊張と嬉しさの狭間にある。時折全部公にしてしまいたい気持ちも生まれるが、今はこれが心地良い。
後で彼に何処の観光地に行こうか相談のメッセージを送っておこう。
そう密かに思いながら、吐き出されたコピー用紙をすくい取った。