故郷へ−1
大鳥を慣れさせる為に、二週間ほど数日に一回トレイシーのドラゴンの姿を見せ続けた。
最初はピュセーマが統率を取らなければ大変な事になっていたが、大鳥たちは徐々に慣れていったのかトレイシーがドラゴンになっても、落ち着いているようになった。
キャサリン殿下は旅に出る準備ができたと思ったのだろう。
一週間後に王都を出る事になった。
事前にある程度準備をしていたこともあり、アレックスの準備はほとんど終わっている。
キャサリン殿下が旅立つとなれば、普通であれば王都の中から出発になるが、トレイシーが居るので今回は演習場から出発すると事前に伝えられている。
一週間後、旅の準備を終えたアレックス、メグ、トレイシーは店から出る。
店は当然臨時休業となる。ニコルに店の鍵を預けて旅の間のことはお願いした。
見送りに来てくれたニコルに挨拶をする。
「皆、気をつけて行くんだよ」
「はい。店の事お願いします」
「お祖母様行ってきます」
アレックスがピュセーマを、メグがアネモスを呼んで背中に乗る。
アレックスと一緒にトレイシーがピュセーマの背中に乗ったところで、ニコルに挨拶をして飛ぶように指示を出す。
騎士団の演習場にはすでに多くの大鳥が集まっているのが見える。
演習場に降りると、ジョシュが近づいてきた。
ジョシュが、キャサリン殿下やエリック殿下もすでに演習場まで来ていると教えてくれた。
このままトレイシーがドラゴンに戻ったら出発する事になるとも言う。
「雨も降っていないので予定通りの出発になりそうだ」
「確かに雨が降らなくてよかった」
ジョシュがキャサリン殿下がいる場所まで案内してくれた。
キャサリン殿下はキンバリーや他の騎士団の団員から話を聞きつつ、準備を進めているようだ。
キャサリン殿下にアレックスが挨拶をする。
「アレックス、トレイシーもうすぐに出発する事になります」
「分かりました」
「事前に聞いているとは思いますが、少し特殊な道順で旅をする予定です」
大鳥が通る空の道は似てくる。
今回はトレイシーが居るので、ドラゴンが飛んでいると混乱させない為に、あまり使われていない道を使う事になっている。
キャサリン殿下はトレイシーがドラゴンに戻り次第飛び立つ予定だと言う。
待っていると準備ができたのか、トレイシーにドラゴンに戻るようお願いをしている。
トレイシーがドラゴンに戻ると、騎士団の飛び立つようにとの合図が出た。
アレックスもピュセーマに乗って空に飛び立つ。
先導役を前方に、空中で隊列が出来上がっていく。
アレックスはトレイシーの近くを飛ぶように事前に話し合って決めた。何かあった時に、キャサリン殿下や騎士団が安心できるだろう。
隊列が出来上がると大鳥の飛ぶ速度が上がっていく。
大鳥が長距離を移動する場合の速度まで上がった。
大鳥の倍以上の速度で飛ぶ事ができるドラゴンのトレイシーからすると、ゆっくりとした旅になるだろう。
ドラゴンは大鳥と違って、翼で飛ぶというより魔法で飛んでいるに近い。一応翼は動いているが、速度とはあまり関係がないと以前にトレイシーから聞いた。
「トレイシー調子はどう? 久しぶりの飛行だと思うけど」
「調子はいいぞ。大鳥にここまで囲まれて飛ぶのは初めてで面白い」
「楽しめているなら良かったよ」
アレックスの近くにいたメグがキャサリン殿下がいる方向へと移動していった。
トレイシーの様子を報告しに行ったのかも知れない。
最短の道順ではないため、本来なら七日でゲラノスまで辿り着けるところを、九日掛かった。
ゲラノスに来るまでいくつもの街に立ち寄ったが、ドラゴンのトレイシーを見て大騒ぎになるのが恒例となった。
キャサリン殿下や街を統治している貴族が、なんとか騒ぎを収めるまでが毎回の流れだった。
そしてゲラノスも近くにドラゴンが住んでいるとはいえ、ドラゴンが街まで降りてくることは普通はない。
当然ゲラノスでも大騒ぎとなる。
しかし今まで泊まってきた街とは違いゲラノスは街の規模が大きい。混乱を収めるのが大変そうだ。
「キャサリン殿下、本当にドラゴンを連れてこられるとは……」
「マシュー、事前に連絡はしてありましたよ?」
「ゲラノスでもドラゴンは遠目にオルニス山を飛ぶのが見える程度で、ここまで近くで見る事はありません。混乱するのは当然でしょう」
キャサリン殿下と話をしているのはマシュー・ド・アティア閣下だ。
アレックスはマシュー閣下から何回か依頼を受けた事があり、知り合いではあった。
知り合いではあったが、マシュー閣下は貴族としての名前を名乗っていなかった。
メグから前回ゲラノスに行った時の話を聞いて、領主代理をしている人だと知って驚いた記憶がある。
アレックスはゲラノスの領主だが誰か知らなかったが、実は領主代理と知り合いだったのだ。
混乱を収めようと頑張っているキャサリン殿下とマシュー閣下を見ながら、ゲラノスに入る前にトレイシーを人型にすれば良かったのではないだろうかと、今更ながらに思いついた。
結界を壊さないために門の前で人型にはなっているが、門の前だと人目につく。
しかし一度違う場所で人型になるならばどこかに降りる必要が出てきそうだ。
キャサリン殿下の安全を考えると、門の前で人型になったのは仕方のない事なのかも知れない。
キャサリン殿下とマシュー閣下が混乱を収めたところで、ようやく落ち着いて話ができるようになった。
今日は遅いので、オルニス山の状況を調べるのは明日にしようと、キャサリン殿下が疲れた様子で言ってきた。
アレックスは起きると大きく伸びをする。
昨日はゲラノスの領主館に泊まった。
仕事を受けるために何回か来た事はあったが、泊まるのは流石に初めてだ。
領主館には何回か来た事があるので顔見知りの人も当然居る。
顔見知りの人から何故かアレックスに、ドラゴンは問題ないのかと心配そうな顔で質問してくる人が多かった。
友人のドラゴンだと返すと、真顔になって流石だなと言われる事が多かった。
それなら心配はないなと言って、大半の人がお礼を言って去って行った。
何回か同じことを繰り返して、流石にアレックスも不思議になった。
メグに質問をすると、アレックスがスプルギティ村の出身なのは有名なようだと教えてくれた。
更にスプルギティ村の住人であれば、ドラゴンと友人でも不思議ではないと考えそうだとメグが言う。
村でもドラゴンと友人なのはあまり居ないのだが……。
村が誤解されている気はするが、何となく理由は分かった。
昨日のことを思い出しながら朝の準備を整え終わると、部屋の扉がノックされた。
扉を開けて確認すると、侍女が立っており朝食の準備ができたと教えてくれた。
侍女に案内されてそのまま食堂へと向かう。
食堂にはまばらに人が集まっていた。
すぐにキャサリン殿下やエリック殿下が現れて朝の挨拶をする。
朝食を取りながら今日の予定を話し合う。
「アレックス、一度雪がどうなっているか調べてきて欲しいのです。お願いできますか?」
「分かりました。トレイシーも連れて行ってドラゴンとも話しておきます」
「助かります」
朝食を食べていたトレイシーも頷いている。
一緒にオルニス山に向かってくれるのだろう。
雪がどうなっているかは、事前に連絡を貰っていた村の皆が調べてはいそうだ。
キャサリン殿下や騎士団の受け入れ準備も進めているとは思うが、村の皆に聞いておいた方がいいだろう。
朝食を食べ終わったらトレイシーと村へ向かう事にする。




