図書館−3
ジョシュと話していたエリック殿下が魔法を使ってみたいと言い始めた。
慌ててアレックスは止めに入る。
アレックスだけではなく、ジョシュや護衛をしている騎士までが慌てて止めている。
アレックスが身体能力を上げるスキルを使いこなせないと、気絶する危険があると説明をする。
「余は身体能力を上げるスキルは持っておらぬ。無理か……」
「エリック殿下、覚えてもすぐに使ってはいけません。私はそれで気絶しています」
「それは先が長そうだ」
諦めてくれるかと思ったら、どうやらまだ身体能力を上げるスキルを覚えて試してみる気のようだ。
そう簡単にはスキルは覚えられないが、どうなるか分からない。
護衛している騎士に試す場合は絶対に治療魔法師を待機させる事を伝える。
アレックスの話を聞いていた騎士が深く頷いた。
身体能力を上げるスキルを覚えたとしても、空中で足場にする結界が必要になる。
結界なら危険はないだろうと思って、エリック殿下の興味が他に移らないかと魔道具を使ってもらう事を思いつく。
護衛している騎士に魔道具について説明をして、魔道具に危険がない事を確認して貰った。
騎士から許可が出たところでエリック殿下が魔道具を触り始めた。
「結界でこのような使い方があるのか」
「結界の範囲を狭く、持続時間も短くしているので、上に乗っても壊れることはありません。力を入れすぎると壊れてしまいますが、慣れれば力加減も覚えます」
「結界の上に乗るのは不思議な気分だな」
魔道具で出した結界を触るだけだったエリック殿下は、結界の上に乗り始めた。持続時間が短いので、結界が消える前に降りるように注意する。
エリック殿下は素直に降りて、結界が消えるまで手で触れて確認していた。
結界が消えると再び魔道具で結界を出して上に乗っている。
エリック殿下には危険な移動用の魔法から気を逸らすことはできたようだ。
結界なら落ちたとしても足を挫く程度の怪我で済むだろう。
その程度であればアレックスかジョシュが治療魔法を使えばすぐに治る。心なしかエリック殿下の護衛をしている騎士の顔色もいい気がする。
一通り結界を触って満足したのか、エリック殿下が魔道具を返してきた。
「アレックス面白い魔道具だった。ありがとう」
「いえ、気に入って頂けて良かったです」
「次は魔法陣を見たいのだがお願いできないだろうか?」
ジョシュと護衛している騎士を確認すると、こうなることは予想していたのか、エリック殿下に細かく注意をしている。
絶対に魔法陣に近づかない事や、後日勝手に魔法陣を使って試さない事を約束させられている。
エリック殿下が素直に了承したところでアレックスが魔法陣を出すことになった。
アレックスはジョシュがそこまで注意するのが不安で、不意に魔法陣を触ってしまわないように、少し高い位置に魔法陣を展開した。
全力で飛び上がらなければ届かない位置に出したので、首は痛くなるかもしれないが安全が優先だ。
エリック殿下は魔法陣を見て、魔法陣の内容を書き写したいと言い始めた。
写すほどの魔法陣ではないとは思うのだが、エリック殿下写したいのなら好きにして貰って良いだろう。
許可を出すとエリック殿下は紙に魔法陣を書き写し始めた。
エリック殿下は随分と細かく書き写しているようで、背伸びをして魔法陣に近づこうとしている。
遠目に出しておいて正解だったようだ。
「アレックス、もう少し近づけられないか?」
「エリック殿下、危険なのでダメです。触れたら飛んでしまいます」
「そういえば、そうだったな」
エリック殿下はそういうと書き写すのを再開した。
近づこうとして飛ばれたら大変だと、アレックスが魔法陣について説明をしてく。
魔法陣は幾何学的な図形と文字で構築されている。
物を移動させるための魔法はかなり簡単な魔法陣なので、丸や四角などの幾何学的な図形が四つと、文字が少し書き込まれている。
魔法陣が複雑になればなるほど魔法の難易度は上がっていく。
治療魔法の魔法陣などはかなり複雑で、図形を立体的に配置して魔法陣を形成する必要がある。なので治療魔法の魔法陣は、攻撃魔法の魔法陣に比べて三倍ほど難しいと言われている。
アレックスも治療魔法が集中すれば三枚の魔法陣を使えるので、攻撃魔法などの場合は九枚の魔法陣を展開できる。
得意な魔法や、物を移動させる為の魔法は簡単な事もあって、十枚の魔法陣を展開できる。
エリック殿下に魔法陣の説明をしていると、誰かが近づいてきたようで、護衛の騎士とジョシュが誰かに声をかけているのが聞こえてきた。
ジョシュの話し方が慌てた様子がないので、アレックスはエリック殿下への魔法陣の説明に集中した。
説明が終わったところで誰が来たのか確認をする。
騎士の格好をした体の大きな男性はエリック殿下に話しかけた。
「エリック殿下、また魔法の研究ですかな?」
「そうだ。もしや報告がいってしまったか? 仕事の邪魔をしてしまったか」
「報告は来ましたが、魔法陣ではなく人が飛んでいると言うよく分からない報告でしたな」
「アレックスが飛んでいるのを誰かに見られたか」
魔法を使うのを隠していた訳ではないので誰かに見られていたようだ。
大鳥に乗って飛んでいるなら普通だが、魔法陣を出して人が飛んでいるのは普通ではないだろう。
人が飛んでいると報告がいってしまったようだ。
エリック殿下と話している騎士は、アレックスが飛んだと話を聞いても理解ができないようで困っている。
エリック殿下からアレックスにもう一度飛んで見せて欲しいと頼まれた。
断る理由もないので騎士に飛んでいるところを見てもらう事にした。再びエリック殿下から距離を取る。
魔法陣を展開して身体能力を上げて魔法陣へと飛び込む。
今回はそこまで長時間飛ばなくても良いだろう。
回数は少ないが、先ほどと同じように直線的に飛んだり、角度を変えて曲がるように飛び回る。
ある程度飛んだところで地上に降りる。
エリック殿下の近くに向かうと騎士が大きく口を開けているので、驚いているのが分かった。
騎士が興奮したようにアレックスに近いてきた。
「モイラ伯爵とアレクシア伯爵がよく使った魔法ではありませんか!」
「はい。そうですけど?」
「何故使えるのです」
「私の母がアレクシアなので」
「アレクシア伯爵のご子息で!?」
モイラおばさんが魔法の師匠だと言うと騎士は更に興奮した様子だ。
同時に何故かエリック殿下まで興奮した様子で「モイラ伯爵が師匠なのか!」と詰め寄られた。
そういえば母については説明をしたが、モイラおばさんについては説明をしていなかった気がする。
エリック殿下に魔法の師匠がモイラおばさんである事を肯定すると、とても感動しているように見える。
エリック殿下が喋るのを止めると、騎士が母とモイラおばさんは元気かと聞いてきた。
母はどこかに出かけているが、モイラおばさんは元気にしていると言うと騎士は深く頷いた。
まるで会った事があるような反応に不思議に思って、騎士に母とモイラおばさんを知っているのかと尋ねる。
「戦争中に直接挨拶をした事があります。私はオークなのです」
「戦争中の母を知っているのですか」
「ええ。先ほど見せて頂いた魔法を使って魔物の群れに飛び込むのを見た事があります」
「故郷でもモイラおばさんが母を飛ばしていました」
「その通りです。味方の近くで戦って攻撃が当たってしまったら大変だと、アレクシア伯爵は距離を取っていました」




