招待状−1
蘭の館で夕食をご馳走になってから一週間ほどが経った。
王家からの連絡はまだないが、ランドルフさんは未だにソファーで寝続けている。
寝続けているおかげなのか、ランドルフさんの顔色は随分と良くなった。
今もランドルフさんは寝ているのか起きているのかソファーでくつろいでいる。そんなランドルフさんにトレイシーが近づくのが見えた。
「ランドルフ、メグから聞いたが、其方吸血鬼だろ。そんなに寝て休眠状態にならないのか?」
「吸血鬼のことなどよくご存知ですね。休眠しても良いくらいには疲れ切っていましたが、休眠しないように注意していますよ」
「血を飲んでそこまで疲れているのか?」
「それが私と妻のニコルは血が苦手でして」
「吸血鬼なのにか?」
「はい。美味しいと思えないんです」
アレックスが作業をしていると、同じ工房内なのでトレイシーとランドルフさんの会話が自然と聞こえてきた。
アレックスが知っている吸血鬼は亜人の中でも見た目の変化が少なく、一見しただけでは亜人だとはわからない。
吸血鬼と言うほどなので、当然吸血する事も出来るとメグから聞いている。
血を飲んだ場合は傷や疲労の回復がある。
傷はかなり回復するが、疲労回復に関してはそこまで強い効果では無いとも聞いた。
吸血の作用はポーションでも代用できるので、王都に住んでいると血を飲むことは無いともメグが言っていた。
それとたまに勘違いされるとメグが言っていたが、吸血鬼は人間の血を飲む事は普通ならしないらしい。
オーガが人を食うみたいな勘違いもあるらしいので、似たような勘違いは亜人には付きものなのだろう。
後、吸血鬼は身体能力が高い事。大怪我を負っても休眠状態で生き残る可能性があるらしい。
アレックスが作業を続ける中、トレイシーとランドルフさんの会話は続く。
「血はポーションで代用しているのか?」
「はい。今回もポーションは服用していたのですが休眠しそうでした」
「ドラゴンも休眠できるので分かるが、休眠してしまうと中々起きれないから注意が必要だな」
「そのようですね。私は幸いな事に休眠した事はありませんが、友人は戦争時の傷が元で最近まで休眠していました」
「戦争とは百年前のか。ドラゴンは下手に近づけなかったからな」
百年前の戦争は魔物を操る事で起きた戦争だった。
ドラゴンも魔物ではある為、操られる危険があると考えられていたらしい。
実際のところは操る魔法は失敗作であったし、ドラゴンを操るのは無理だったのではないかとアレックスはトレイシーから教わっている。
それでも魔物を操った国の残党は各地に生き残っていた為、失敗作以外があった場合は操られる可能性があると、ドラゴンは大きく戦いに関与はしなかったようだ。
アレックスは作業を中断して、二人にお茶でも出そうと椅子から立ち上がると、丁度玄関の扉が開いたのか鈴の音が鳴った。
お茶より先に来客の対応をする。
工房から店に出ると、店の中に居たのはジョシュだった。
「ジョシュ、久しぶり」
「アレックス久しぶりだな。今日は招待状を持ってきた」
「招待状? 呼び出したあるかもとは聞いてるけど本当に来るんだ」
「ああ。国王陛下からの招待状だ」
「国王陛下!?」
アレックスが想定していた相手は王族でもキャサリン殿下や、役職を持っている王族かと思っていた。
まさか国王陛下と話すことになるとは思っていなかった。
驚きながらもジョシュから招待状を受け取る。
招待状は横長の封筒になっており、蝋で封印されている。
封を開けて中身を取り出す。
中から取り出した紙にはアレックスの名前の下に、一ヶ月後の日付が書き込まれており、王宮に来てほしいと書き込まれていた。
最後にギルドバート・ド・オルニスと署名がされている。
アレックスは国王の名前を初めて知った。
「ジョシュ、私が国王陛下に会うの?」
「そのようだ。正直私も驚いたのだが国王陛下が直接会いたいと言っているらしい」
「トレイシーの事が関係してる?」
「私もそう思って尋ねてみたのだが、どうやらそうではないらしい。詳しい事情は会った時に話すと言われていた」
普通なら国王陛下に謁見する場合は、何回か事前に面談をするのが通常の手順だとジョシュが教えてくれた。
一ヶ月も間が空いているのは国王陛下の予定もあるが、アレックスの準備も必要だろうと時間を空けてあるとジョシュが言う。更にジョシュが招待状を持ってくるのも異例だと言う。
本来は専用の人間が居て手紙などの郵送をするらしい。
アレックスが反応に困るだろうとジョシュが持っていくようにと、国王陛下直々にお願いをされたのだと教えてくれた。
アレックスも今回の事が普通ではない対応なのは分かったが、どうすれば良いのかは分からない。
アレックスが何をどうすれば良いか困って途方に暮れていると、ジョシュが助言をするので座って話をしないかと提案してきた。
工房にランドルフさんが居るのを思い出して、一緒に話を聞いて貰おうとジョシュを工房に案内する。
「ジョシュア卿?」
「ランドルフ卿、お邪魔するよ」
「私の家ではないので気にする必要はないが、まだ結界の修復で忙しいのでは?」
「ええ。ですが、これも仕事です」
アレックスはジョシュに、ランドルフさんにも助言を貰いたいので、招待状について話しても良いかと相談する。
ジョシュが頷いてランドルフさんに説明をしてくれた。
ジョシュの説明を聞いたランドルフさんは口を開けて驚いている。
ランドルフさんが本当かとアレックスに尋ねてきたので、アレックスは招待状をランドルフさんに見せた。
「本物だ」
「どうすれば良いか分からなくて、助言を貰いたいのです」
「国王陛下に会う助言……?」
ランドルフさんも困っているのか、首を捻っている。
ランドルフさんのような騎士は普通国王陛下に会う機会は少ないので、助言をするにも機会がそうないので難しいとランドルフさんが言う。
キャサリン殿下と近い関係にあるランドルフさんは、国王陛下に謁見した回数は多い方だが、キャサリン殿下と違って会ったことのある回数は少ないと言う。
ランドルフさんは一般的な事しか助言できないと言う。
となると助言を期待できるのはジョシュという事になる。
ジョシュに国王陛下にあった回数を尋ねると、定期的に会っていると教えてくらた。
ジョシュはキャサリン殿下の婚約者なので普通の騎士とは違うという事か。
アレックスが助言をお願いすると、まずは急ぎ服を作った方がいいと言われる。それと礼儀作法は問題ないかと尋ねられる。
以前にメグから聞いた程度であれば問題はないのだが、メグにどう思うか尋ねる。
「アレクシア伯爵の子供であるアレックスなら問題ないとは思う」
「アレックスは礼儀作法を知っているのか?」
「故郷で教わっていたらしいのです」
「言われてみればマーティーも礼儀作法はある程度できたな。どこで覚えたのかと思っていたが、教わっていたのか」
礼儀作法が問題のないのなら、王宮で国王陛下に会う時の手順を覚えれば問題ないだろうと、ジョシュが言う。
それならば覚える事は少なそうだ。
ジョシュは忙しいので毎日教えには来れない。ランドルフさんも手順は知っているらしく、ランドルフさんから教わる事になった。
今一番急いで作るべきは服だと言うので、服の注文だけ先に済ませる事になった。
一ヶ月で服を作るとなると、特急料金を払う必要がありそうだが仕方がないだろう。
パティの裁縫店に頼みたいが、忙しいだろうとジョシュが紹介してくれた店で作ってもらう事になった。




