蘭の館−4
食事を食べながらあまり喋る機会がないトレイシーに声をかけていると、メグの父であるランスさんからトレイシーとの関係を聞かれた。
「友人です」
「友人なのか?」
「はい」
「随分と仲が良さそうだと思ってね」
ドラゴンと友人である事を聞いているのかと思ったが、もしかしてトレイシーが女性であると誤解をしているかもしれないと気づいた。
「勘違いかもしれませんが、トレイシーはどちらかと言えば男ですよ。配偶者もいますし」
「え!」
アレックスとトレイシー以外の皆が驚いている。
メグまで驚いている。メグも勘違いをしていたのか。
アレックスがドラゴンは両性であるが、ツガイができた時に男女が決まるのだと説明をする。
トレイシーはツガイの相手が女性を選んだので、トレイシーは男という事になっている。
トレイシーの人型が中性的な見た目をしているのは、トレイシーの趣味だとも説明をする。ついでにアレックスの髪の毛が長いのもトレイシーの趣味だと話した。
説明をしても皆が驚いて「男?」と呟いている。
トレイシーは正確には女にもなれるのだが、アレックスはトレイシーと男女の関係になろうとは思わない。元々男だと思って接してきたので、女だと思うのは無理なのだ。
しかしランスさんが疑問を抱くのも分かる。
今はメグと一緒に女性的な化粧までしているので、余計に男には見えないだろう。
ランスさんがアレックスとトレイシーに謝ってきた。
「いや、そのすまない。誤解をしてしまった」
「今のトレイシーを見たら誤解するのも分かります」
ドラゴンと人の感覚は違う。
トレイシーは人が作るアクセサリーなどが好みなので分かっている方だが、それでも間違える事はある。
トレイシーは首を傾げた後に頷いた。
「ふむ。人だと少々女性的すぎたか?」
「トレイシー、だから真珠粉を減らした方が良いって言ったんだよ」
「おお、なるほど」
トレイシーはメグと相談して男性でも違和感の無い化粧に変えると言う。
そちらの方がアレックスとしても見ていて違和感がない。メグに協力して貰えるようお願いをした。
メグは男だったのかと驚きながら協力してくれる事になった。
男性用の化粧は難しいと思うが頑張って欲しい。
メグの母であるメーベルさんから、トレイシーのツガイの相手はどうしているのかと聞かれる。
アレックスはトレイシーと顔を合わせる。
トレイシーの相手がオルニス山に居ないのは確実だが、何処にいるかはアレックスも実はよく知らない。
理由はアレックスの母にある。
「私のツガイ相手はケリーと言うのだが、アレクシアと一緒に何処かに出かけてしまった」
「母が居なくなって一年以上経つから、ケリーもずっと帰ってきてないんだよね?」
「そうだな。ドラゴンからするとそう長い時間ではないので気にしないが、それでも暇は暇でな」
ケリーが居ない上に、友人のアレックスまで居なくなってしまったので、トレイシーは暇だったのだと言う。
ケリーは母と一緒に旅に出てしまったので、アレックスとしては申し訳なさが多少ある。母とケリーが仲が良いので、止めたところで、止められるような物ではないからだが。
仲が良いと言っても戦うような形で仲が良いのだが。
ケリーはドラゴンの中でも戦闘好きだ。そしてアレックスの母も戦闘が好きだ。
なので母とケリーは仲が良い。
母が旅に出ると言うと、ケリーも一緒にオルニス山から旅立って行ってしまった。
母はケリーの背中に乗って何処かに行った。
ドラゴンを相棒にして飛び回っている人は、オルニス王国どころか世界でも珍しいのではないだろうか。
ケリーの説明から母と旅立っている事をメーベルさんに話す。
「アレクシア伯爵はドラゴンに騎乗しているのですか?」
「はい。故郷でもドラゴンに騎乗して移動するのは母くらいですね」
「ドラゴンに騎乗するなんて御伽話の話だと思っていました。本当にドラゴンに騎乗できる人がいるのですね……」
アレックスも小さい頃にトレイシーに乗せてもらった事はあるが、日常的にドラゴンに乗っているのは母くらいだろ。
ランドルフさんから、トレイシーとケリーはどうやって夫婦になったのかとトレイシーに尋ねている。
トレイシーとケリーの話は故郷では有名な話だったりする。
ケリーは今オルニス山で活動しているドラゴンでは一番強いのだが、トレイシーは戦いに興味がないので逆に下から数えた方が早い。
ケリーが怪我をして帰ってくるとトレイシーが治療していた。
面倒見の良いトレイシーが治療を続けていると、ケリーから求婚される。
「求婚された時は、私が女だと思ったんだけどね。ケリーが女側がいいと言うので私は男になった訳さ」
「普通は男側なのですか?」
「別に決まってはいないんだけど、その当時は強い方が男になることが多かった。今はケリーとアレクシアを見たからか女を選ぶ方が多いかな?」
ドラゴンの感覚は人間には難しいが、基本的にどちらになろうとも気にしないらしい。
アレックスが初めて会った時からトレイシーは男だったので、男だという意識が強いが、ドラゴンからするとどちらでも良いのかもしれない。
ドラゴンの生態なんて故郷でもあまり聞くような話ではないので、皆興味深そうにトレイシーの話を聞いている。
トレイシーの話が終わった後は、メグの幼い頃の話やアレックスの昔の話をして、夕食が終わってからも会話を楽しんだ。
アレックスは店に戻ってくると、ピュセーマとアネモスの体調を確認する。
昨日は蘭の館に泊まって今朝帰ってきた。
蘭の館での夕食でメグの祖父であるランドルフさん、メグの父であるランスさん、メグの母であるメーベルさん、そして蘭の館の女中であるブラウニーのリリーと随分と仲良くなれた。
とても楽しい時間でハース家との今後の心配はないように思えた。
ピュセーマとアネモスの体調は問題なさそうなので、一階へと戻る。
ランドルフさんはソファーを準備して店に来ると言っていた。
メグの両親はしばらく休みになったようで、蘭の館で寝ているとの事だった。
アレックスはいつも通りに真珠糸と真珠粉の製作を始めた。
メグとトレイシーは化粧品をもう一度作り直すと頑張っている。
作業を続けていると玄関の扉が開いたのか鈴の音がした。多分ランドルフさんがきたのだろう。
工房から顔を出すと、店の中にいたのはやはりランドルフさんだった。
「思ったより準備に手間取ってしまったよ」
「問題ないと思いますよ、トレイシーも作業していますから」
「それは良かった」
ランドルフさんと一緒に、工房の一角にソファーを設置した。
一応メグとトレイシーが作業している近くを選んだので、起きていればトレイシーの行動を見れるだろう。
ランドルフさんはソファーに座ると深い息を吐いた。
「これは寝てしまいそうだ」
「お祖父様、休みはどの程度あるのです?」
「二週間以上とは聞いている」
「それなら最初は寝ておいたらどうです? 私もトレイシーもしばらく同じ作業をしますよ」
ランドルフさんは悩んだ後に、トレイシーから色々と昨日の夕食で話は聞けたし、体力を回復させてからトレイシーともう一度話す事にすると言う。
そう言った後にソファーに横になると、すぐに寝息が聞こえ始めた。
あまりに早い睡眠にメグとアレックスは驚く。
メグ、アレックス、トレイシーはランドルフさんが本当に寝ているのか確認をするため、ソファーに近づく。
「本当に寝ています。お祖父様、疲れすぎです」
「寝るって言った後早かったな」
「うむ。寝るのが好きなドラゴンでもここまで早くは寝れないな」
大きな音を立てたところで起きるとは思えないが、アレックスは大きな音を立てないように作業を再開した。




