キャサリン殿下−3
布の触り心地は想像以上に良く、絹糸かそれ以上の触り心地に思える。しかも布は光のあたり具合によって色味が綺麗に変わる。
アレックスが感心していると、布によっては真珠糸が一部分に使われている事で、柄を織り込んでいるような物まで出てきた。
どれも大変綺麗だ。
これだけの種類の布を用意したとなると、ニックの目の下にクマができるのも理解できる。相当無理をしたのではないだろうか。
キャサリン殿下も布の出来には満足しているようで、終始和かな表情をしている。
「どれも素敵な布でした。王宮でも何着か作ることになるけど、パティにも服を作って欲しいの」
「既に何着か構想を考えているの」
パティがキンバリーに魔法鞄から紙を取り出して欲しいとお願いすると、何枚かの紙が取り出された。
どうやら紙には服の構想が絵として書き込まれているようだ。
パティがキャサリン殿下に紙を見せながら説明をしている。
位置的にアレックスも紙が見えてしまうので、パティの説明を聞きながらどのような服ができるか想像できる。ドレスだったり、普段着の服だったりと、物によって真珠布の量を調整して過剰にならないよう調整しているようだ。
裁縫店の店主なだけあって感性のいい服のようだ。
アレックスも友人のドラゴンの為に将来何か注文してもいい気がしてきた。
友人のドラゴンは綺麗なものが好きなので、真珠布を使った服も気に入りそうだ。当分故郷に帰る予定はないが、一時的な帰省をする事もあるだろう。
帰る前までに注文をしておこう。
「パティ、どれも素晴らしいから、順番に作っていって貰える?」
「分かった。それじゃ順番はどうする?」
キャサリン殿下がキンバリーと相談しながら、作る順番を決めて行き、パティが言われた通りの順番を、紙に書き込んでいる。
全ての順番が決まったところで、パティが紙をキンバリーに渡して魔法鞄にしまった。
パティの横にいるニックが偶然目に入った。
ニックは虚な表情をしながら遠い目をしている。
何となく表情を見るに、どうやらニックの休みは無くなったのだろうと予想できた。頑張れニック。
「アレックス、何やら新しい物ができたと聞きましたが、どのような物なのです?」
「本来目標としていたミスリルのような煌めきを持った素材です。どのような物かは見て頂いた方が分かりやすいでしょう」
「見られる物ができたのですか?」
「はい。まだ完成ではありませんが、一定以上の品質の物はできました」
応接室に用意されていた瓶と皿をメグが取ってくれた。
瓶の中には粉が入っている。
瓶から皿の中に粉を移すと、粉が綺麗に煌めいている。粉を少量指先で取って手の甲に擦り付ける。手の甲が煌めいて見える。
粉は安全である事をキャサリン殿下に伝えて、少量手に取ってみる事を勧めた。
キャサリン殿下はアレックスと同じように少量の粉を手の甲に擦り付けた。そのまま光に当てたりして色が変わるのを楽しんでいるようだ。
メグが更に樹脂の中に粉を閉じ込めた物と、小箱を手渡してくれた。
メグから受け取った二つの物をキャサリン殿下の前に置く。
樹脂の中に粉を閉じ込めた物は、一番最初に作ろうと構想していた物だ。ミスリルの粉で作った物を隣に置いて違いを比べられるようにする。
ミスリルと今回作った粉では若干違いがあるのだが、そこまで差はないものになっている。
キャサリン殿下に差を説明した。
「確かに見比べれば若干差はありますが、比べなければ分かりません。それにどちらも綺麗です」
「はい。どちらが劣ると言った物ではありません」
キャサリン殿下が見終わった後に、パティも興味を示したようで、キャサリン殿下から許可を貰って樹脂を見ている。
パティからどのように加工できるのかと聞かれたので、アレックスが目的としていたアクセサリーの他に、服に関してはボタンなどに利用できるかもしれないと伝える。
ただ粉や樹脂の配分が決まっていないので、ボタンについては当分先になるだろうと付け加える。
何故当分先だと付け加えたかと言うと、メグの案で作った物が問題だったからだ。
メグから受け取った小箱を改めてキャサリン殿下の前に出す。
箱の中には手のひら程度の大きさの箱と、筆が何種類か入っている。
一つを手に取って開けると中には白粉が入っている。白粉には煌めく粉を入れており、肌につけると白くなると同時に光に当たると反射するようになっている。
これはアレックスが粉を被った時に綺麗だったとメグが思いついたものだ。
メグに使い方を説明してもらう。
メグが白粉を筆で取って手の甲に使うと、キャサリン殿下が目を輝かした。
「素敵!」
「でしょ! 私が考えたの」
「メグが?」
「アレックスが粉を頭から被った時にとても綺麗だったから思いついたの」
メグが白粉をキャサリン殿下に渡している。
キャサリン殿下が先ほどとは別の手の甲に白粉を付けて綺麗だと喜んでいる。メグがキャサリン殿下の顔に白粉を付けて、応接室に用意しておいた手鏡で見せると更に喜んでいる。
メグとキャサリン殿下だけではなく、パティや護衛の女性たちも白粉に注目しているようだ。視線が白粉に向いているのが分かる。
更にメグは箱からもう一つの手のひら程度の箱を取り出す。
中に入っているのは口紅で、これも白粉と同様に粉を入れてある。
メグが手の甲に試し書きをしてキャサリン殿下に見せてから、鏡を使って自分の唇に口紅を塗っている。
白粉より多めに粉を使っているからか唇が煌めいていて綺麗だ。
メグがキャサリン殿下の唇に口紅を塗ると、白粉と合わせて顔が一気に明るくなったような印象を受ける。
「これは良いですね!」
「でしょ!」
応接室にいる女性がキャサリン殿下を見ているのが分かる。
キャサリン殿下がアレックスの方を見た。
「アレックス、これはいつ完成するのです?」
「完成ですか。私は錬金術師なので、化粧品は作り方が分かるものに関しては作れますが、個人に合わせて作るほどの腕がないのです。化粧品を作る商店に粉を下ろすことになるかと」
「確かにアレックスは錬金術師ですから、化粧品は専門ではありませんね。それでは粉の完成は?」
「安定して作る方法や、綺麗に輝きを出す方法を模索しているので、もう少し時間を頂ければと思います」
「分かりました。できるのが楽しみです」
部屋に居る女性陣から視線が集まっているのが分かる。
随分と期待されているようだ。
これは真珠糸と同じことになるのではないだろうか。糸を作るのが終われば粉を作り続ける事に……?
ニックから哀れみの視線を感じる。先ほどとは逆の立場だ。
粉を作る工程を考えていると、糸と違って材料の一つであるトロールの石が王都で簡単に手に入らないことを思い出した。
キャサリン殿下に大量に作るならトロールの石がいると説明をして、メグに預けていた魔法鞄からトロールの石を取り出して貰う。採掘できる場所は分かっているが、掘り尽くしてしまえば終わりだ。
事前に採掘できる場所が他にもないか調べてもらう事にした。
トロールの石をキンバリーに預け、採掘できる場所を伝える。キンバリーが頷いて調べておくと言う。
「アレックス、ところでこの粉の名前は決まっているのですか?」
「真珠に似たような見た目なので真珠粉と名前をつけようかと思っています」
「確かに真珠に似ているような気がします」
キャサリン殿下も賛成してくれたので、真珠粉と名前が決まった。
後は安定して作れるようにするだけだ。




