真珠織−5
キンバリーが飛び去った後、メグと店の中に戻る。
アレックスは店内を見回しながらメグに第一王女を迎えるのに、本当に出迎えるための準備をしなくて良いのかと尋ねる。
「キャサリンの出迎えは本当に気にしなくて良いわ。キャサリンはパティの店にも行った事があるから」
「パティの裁縫店に?」
「そうよ」
パティの裁縫店は天井まで服や布があった。
あの店に第一王女が行ったのか。
天井まで服や布があっても汚れている訳ではないので問題はなさそうだが、田舎から出てきたアレックスでも普通の店ではないのは分かる。アレックスの店は比べたらまだ普通だ。
比べて安心できる訳ではないが、気にしなくて良いと言った理由は分かった。
出迎えの準備ではなく、貝殻の模様を糸に写すための液体を書類に書き出して登録の準備をしよう。
紙を取り出して手順を記述していく。
貝殻を溶かす液体の作り方は既に登録がされている物だ。
液体は塩の精と呼ばれている。
溶かす液体に関しては薄める必要があるので、どの程度薄める必要があるかを記述しておく。更に貝殻によっては漬けておく時間が違うことも記述して、今のところ分かっている時間を書き込んでいく。
今回書類を詳細に作る必要があるのは、貝殻の模様を糸に写す為の液体の方になる。
転写するときによく使われる素材が、グノーシの石と呼ばれる鉱石だ。
大半グノーシの石が見つかる場合は真っ黒な事が多い。鉱山で掘り起こされた物は白い物で、白い物を手に取ると石に手の跡が写し取られる変わった石だ。
自然に落ちているグノーシの石が真っ黒な事が多いのは、既に何重にも転写されており、白い表面が真っ黒になっているのだと予想される。真っ黒の場合、グノーシの石かどうかを判断するのは、割れば中は真っ白なので分かりやすい。
物と触れただけで写しとってしまうような鉱石をどう使うかというと、白い物と混ぜ合わせれば綺麗に転写される様になる。
白として使うのがレフコースの枝と白雲母だ。
レフコースの枝は煮込むと真っ白な液体ができる。
白雲母に関しては、鍛冶屋のザックから見た目が真珠の光沢と似ている鉱石だと教わった物だ。ミスリルと似たような輝きにはならなかったが、糸を写すときに混ぜ合わせると見た目が綺麗になった。
これは本当に偶然だが、上手くいったので採用している。
模様を写すための液体を作る手順は、純水でレフコースの枝を煮込み、細かく砕いた白雲母とグノーシの石を追加する。更に少量の塩の精を追加すれば完成する。
塩の精を入れるのは、少しずつだが貝殻を溶かしているからだ。
同じ模様ばかりになってしまうし、表面を撫で続けると貝殻の色が悪くなった。
錬金術を使わなくても理論的には模様を写すための液体は作れる。白雲母とグノーシの石をかなり細かく砕く必要があり、錬金術を使った方が砕いた粒子の大きさが安定する。
大きさを揃えて砕くと言うのは、錬金術で必要とされる技術になる。
見習いの錬金術師が錬金術を練習するには丁度いい教材になりそうだ。
最後に転写をしないように安定化させる為の液体を付けて糸は完成する。
安定化させるための液体は、作り方が登録されているので手順だけ書いておく。
一気に書き切ったので伸びをする。
メグがお茶を持ってきて、机の上に置いてくれた。
「大まかにだけど、書けたかな」
「もう出来たの?」
「これから細かい数値を入れて、それから清書かな」
「そんなに早く書けるのね」
「錬金術師は間違えないために研究結果を書き込んでいるから、書くだけだったら早く終わるんだ。自分が分かるように書いているから、人が読んで分かるように書き換える手間はあるけどね」
それから何日かかけて数値を入れて、分かりやすいように登録用の論文をまとめ上げていく。
まとまった論文を清書して国へ技術を登録する用の紙がほぼ出来上がった。
完成していないのは、液体の名前を考えていなかったからだ。
メグと論文を前に名前を何にするか相談する。
「またで申し訳ないんだけど、名前の案あったりしない?」
「アレックスって名前考えるの苦手よね。ウルトラポーションの時や、店の名前もそうだったし」
「そうなんだよね。良いのが思いつかなくて」
「そのままの名前で良いと思うけど」
そのままか……。
模様を写しとる液体に関しては似たようなものがあるので、糸を中心に考えた方が良いかもしれない。
貝殻、貝、真珠、螺鈿。
貝殻と貝は綺麗な想像ができないので無しだ。
となると螺鈿か真珠となる。実際のところは螺鈿が一番近いのだが、そこは真珠と見栄を張っても良いかもしれない。
真珠糸というのはどうだろうか?
更に糸を使った物を真珠織にすれば良さそうだ。
「メグ、真珠糸って言うのはどうだろ? 螺鈿と迷ったんだけど第一王女殿下が着るなら真珠の方が分かりやすい気がして」
「螺鈿も良いけど、真珠も良いと思うわ」
「よし。真珠糸にするよ」
登録する時の名前が決まったので、名前を書き込んで最後にアレックスの署名を書き込む。
これで国の審査を通れさえすれば申請は通る事になる。
通ってくれないとアレックスは糸を作り続ける事になるので、どうか通ってくれますようにと祈っておく。
普通は産業省に持っていくのだが、急ぎなのでキンバリーが直接申請をしてくれる事になっている。
メグに書類を渡してキンバリーに届けてもらう事を頼む。
「キンバリーに渡しておくわ。キャサリンが布を気に入っていたから間に合って良かったわ」
「もう布を見たの?」
「最近は人前に出る事が増えた関係で、大量の衣装が必要みたい。同じような衣装ばかり着るのは問題だって、以前から考えていたみたいで、真珠織は変化をさせるのに丁度良いって言ってたわ」
「まだ布は完成してないけど、どうするつもりなのかな?」
「それなんだけど、パティに直接依頼が行っているみたいだから、すぐにパティから注文が来ると思う」
どうやら登録するための書類を作るのは少し遅かったようだ。
糸の注文が増える前に審査を突破してくれるのを今は祈るしかない。
メグが書類をキンバリーに持って行った次の日にはパティが店にやってきた。目的は当然アレックスが作る真珠糸で、最上級品の糸を真珠糸に加工して欲しいとの依頼だった。
事情を知っているので断る訳にもいかない。
パティから大量の糸を受け取って項垂れる。
「どうしたんだい?」
「さっきメグが技術を国に登録する為の書類をキンバリーに持って行ってくれました。糸と織物なんですが、真珠糸と真珠織にしようと思いますが、問題はありませんか?」
「名前はそれで構わないけど、アレックスも事情を知っているんだね」
「はい」
パティが笑いながら今までと違って失敗しないように布を作るから、布を作る速度は落ちるし、そこから服を作るので更に時間がかかると教えられた。
それなら国の登録が先に済む可能性が出てきた。
アレックスが大きく息を吐くと、パティに再び笑われた。
しばらく笑っていたパティが、完成させた布の一部を見せてくれた。
アレックスは布を手に取ってみる。
糸の種類を変えたからか、布に少しずつだが差があるのが分かる。一番見た目と手触りが良い布が今回頼んだ糸だとパティが言った。
アレックスから見ても織られた布は納得の出来だ。
パティに布を返そうとすると、布はアレックスの分だという。パティは糸を頼んだと言って帰って行った。
パティを見送ったアレックスは糸作りを始める。
同時に糸車を魔道具にして糸を自動で巻き取るように改造してしまう。それでも糸の量を考えると、アレックスのやらなければならない作業は多そうだ。




