真珠織−3
ハイポーションとエリクサーについての話が終わると、キンバリーがエリクサーを国に登録してくれないかと頼んできた。
技術を国に登録すると特定の人が閲覧できる状態となり、技術を使った場合は使用料を払う必要がある。技術の登録から二百年は使用料が支払われるので、登録しても損はない制度になっている。
アレックスとしては登録するなら本物のエリクサーを作ってからと思っていた。
失敗作を登録するのが嫌なわけではないが、失敗作であるし名前がエリクサーでは仰々しすぎる。
登録する時に物の名前は当然必要となるので、何かないかとメグとキンバリーに相談する。
「確かにエリクサーには至っていないですね。しかしハイポーションは超えている」
「キンバリーの言うとおりなので、順当に行くとウルトラポーション?」
「もしくは重傷か重体でも良さそうですね」
「それも良さそうね」
メグとキンバリーの意見はどちらも良さそうだ。
更に話し合った結果ウルトラポーションが妥当なのではないかと言う話になって行った。最終的にはアレックスが名前を選んだ。名前の案を出してくれた二人に感謝した。
登録時に命名する名前が決まったので、登録をする事ができる様になった。後は登録しに行くだけなのだが、ウルトラポーションを国外に流出させては不味いとの事で、キンバリーが主導して登録をしてくれる事となった。
キンバリーは忙しい様なのに大丈夫かと心配するが、第一王女の直轄で管理するように指示を出すので問題はないと言われる。
本当に問題はないのだろうか……?
キンバリーから登録後の話として、現段階の状態でも全ての錬金術師が見れる状態になる可能性は低いと説明された。なので大々的に情報が解禁されない事になるので、使用料があまり入ってこない可能性があると言う。
登録をお願いするのに金額が少ないであろう事を謝られた。
使用料に関しては素材の難しさもあって、そう多く入ってくる事は期待していなかった。それに技術の流出は避けるべき事だとアレックスも考えているので、当然のことだと同意する。
なので使用料に関しては気にしていない事をキンバリーに伝えた。
それに錬金術師が発明した物を国に登録するのは名誉な事とされていて、錬金術師は一度は登録に挑戦する物だと父に教わっている。
アレックスも登録する事を目標の一つとしていた。
国から求められて登録するとなれば錬金術師としては最高の名誉と言える。
それに登録には名前を製作者の名前を書く。
製作者の欄に父の名前を書き込む事ができると、キンバリーに感謝した。
「確かに存命かどうかは関係がないので、可能だった筈だ」
「ええ。父も喜ぶと思います」
「父君の名前を伺っても?」
「ハインリッヒです」
「ハインリッヒ? どこかで聞いた気が?」
キンバリーは首を捻って考え込んでいる。
父の名前を貴族のキンバリーが聞いた事があると言うのは驚きだ。
ハインリッヒと言う名前はオルニス王国では珍しい名前になる。父の家系は祖父の代からオルニス王国に移り住んだらしく、父と祖父は異国風の名前になっている。
父と祖父は同じ名前で、祖父が死んだ時に名前を受け継いだと昔言っていた。
アレックスはオルニス王国風の名前だが、父から受け継ぎたかったら好きにしろと言われた事がある。
名前を受け継ぐかは迷ったが、結局受け継がない事を選んだ。
祖父も錬金術師だったらしく、父は祖父から錬金術を教わっている。
祖父は父以外の弟子も居た様だが、誰が祖父の弟子なのかは詳しく教えられなかった。
父から祖父の弟子は頼れる相手ではないと教わっており、王都に来た時アレックスは拠点を自ら作る必要があった。
父や祖父が王都でどのように活動していたか殆ど知らない為、キンバリーが父と祖父の名前を何故聞いた事があるのかが気になる。
キンバリーが思い出すのを待っていたが、思い出せなかったようだ。
「無理に思い出す必要はないんだけど、もし思い出せたら教えて欲しい」
「分かった。思い出せたら伝える」
冷めてしまったお茶を入れ直すと、キンバリーが机の上に置いたままだった布を手に取った。
片付けるのを忘れていたと謝る。
「いや、気にしていない。むしろこれが何か気になってな」
「失敗作から偶然生まれた物の試作品と言えばいいのかな?」
「失敗作?」
キンバリーに樹脂とミスリルの糸を粉にした物を混ぜ合わせた物を見せて、同様のものを作ろうとして失敗した物だと説明する。
キンバリーはアレックスが話をしている間も布から視線を外さなかった。
どうやら随分と布が気に入ったようだ。
確かに想像以上に綺麗な布となったので、キンバリーが気になるのも分かる。アレックスは平民としての感覚なので、キンバリーの様子を見ると貴族相手にも今後売れそうだと感じる。
キンバリーは椅子から立ち上がって、布を光に当ててみたり、メグを立たせて布を当ててみたりと色々と確認をしている。
気に入ったと言うより、買う前提というか、何か目的があるような行動にアレックスは戸惑う。
試作品を見ている様子ではない。
キンバリーは複数回頷いた後に、アレックスに視線を向けた。
「同じ物が欲しいのだが、用意できないか?」
「それはまだ完成していないのですが……」
「完成していない? まだ売れないのか?」
「売れないというか、まだ試作中なんです」
「この出来で?」
「はい」
実験で使った糸なので、良い糸ではないと説明する。
手元に残っていた貝殻の模様を写していない真っ白な糸をキンバリーに手渡す。
キンバリーは糸を触って頷いている。
アレックスはパティに言われるまで糸の質にまで気が回っていなかったが、キンバリーは糸を見て触っただけで分かるようだ。手元にないが今別の糸で布を織って貰っていると更に説明していく。
キンバリーが頷いている。
布を今売れない理由については納得して貰えたようだ。キンバリーの表情を見るに今は納得して貰えたが、今後については話す必要がありそうだ。
「完成したらどの程度作れる?」
「錬金術師としての負担はそうないのですが、糸を布にするために織る必要があるので、そちらは分からないです」
「そうか。錬金術だけでは完結しないのか」
「はい。量が欲しいなら、私が担当する糸に関してはそれこそ登録しますよ?」
「そうだな。糸であれば誰にでも公開はできそうだ」
キンバリーの言い方的に量が欲しそうなので、量を作るなら先に登録をしてしまった方が良さそうだ。作る量によっては作業を更に分ければ生産する量は上げられるだろう。
貝殻の汚れを取る液体と、模様を吸着させるための液体は錬金術で作る必要があるが、他は錬金術師でなくとも作業ができそうだ。
分業化する方法を考えていると、キンバリーが布を少し借りられるかと聞いてきた。
キンバリーの手元にある布を見てどうするか迷う。
何か作るには小さすぎる布なので、何に使用するか迷っていた。パティから追加で布が来る予定だし、布を貸すよりも渡してしまってもいい気はする。
資料として一部だけ切り取って、後は全てキンバリーに渡してしまう事に決めた。キンバリーに提案すると感謝された。
早速布を一部裁断する。
切り分けた布の小さい方を手元に残して、大きな方をキンバリーに手渡す。
「無理を言ってしまって申し訳ない」
「何か作るには足りない量ですし、見本として持って行ってください」
「はい。キャサリン殿下にお見せします」
「………」
予想と違う言葉に固まってしまう。
第一王女に見せるということは布を使用するのはキンバリーではない……?




