真珠織−1
ワイバーンの討伐に出かけてから一週間ほど経った。
店の経営も慣れてきて、店番をしながら錬金術をしているが、いつも通りにと言えるほど体に馴染んできた。
錬金術で作っている物は色々とあり、国宝と言われてしまった腕輪の製作や、空中に結界を張るための魔道具は順調に進めている。
同時進行でアクセサリーの飾りに使う、ミスリルの粉と同じような煌めきがある粉も試しているが製作は成功していない。
煌めきを貝殻で作るのは無理なのかもしれない。
そういえば、失敗だけれど綺麗にできた糸があった事を思い出す。
布にしてみても良いかもしれない。路地裏に機織りをしている職人はいないだろうか?
メグに聞いてみる事にする。
「メグ、路地裏で機織りしてくれる職人を知らない?」
「機織り?」
「糸ができたんだけど、自分で布にするのは大変だからお願いしたいんだ」
「どんな糸ができたの?」
アレックスが魔法鞄から糸を取り出して、メグに見せると綺麗と呟いた。
中々綺麗なものが出来上がったと思っていたので、同様の感想のようで良かった。
しばらく糸を見つめていたメグが機織りかと呟いて考え始めた。
メグの様子を見るに。路地裏には機織りをする職人がいないのかもしれない。
何か思い出したかのようにメグが顔を上げた。メグが裁縫店だが機織りもしてくれるかもしれないと言う。
裁縫店で機織り?
流石に服を作るのと布を作るのは違いすぎる。無理なのではないかとメグに尋ねると、店主がアラクネなのだと言う。
亜人のアラクネは蜘蛛のように糸を使う事を得意とするので、もしかしたら機織りをすることが可能であるかもしれない……?
やはり疑問が残る。
首を捻っているとメグが聞きに行こうと誘ってきた。確かに聞きに行った方が早いとアラクネの裁縫店へ向かう事になる。
路地裏の区画内の店だということで、歩いて裁縫店へと向かう。
メグの案内してくれた裁縫店は普通の店のようで、外観は特殊な形はしていない。
先にメグが店内に入ったのでアレックスも続いて店の中に入る。
外観は普通の店だったが、店内は普通と違って天井まで服や布で覆い尽くされている。
アレックスが店内の様子に圧倒されていると、天井付近から声が聞こえた。
「いらっしゃい」
「パティ久しぶり」
「もしかしてメグ?」
どうやらメグも裁縫店に来るのは久しぶりのようだ。
声の主が見えないので不思議に思っていると、アラクネが天井から降りてきた。
見た目は二十代中盤くらいだろうか。黒髪で手足の長く、身長が高めに見える。普通の見た目に見えるが、先ほど天井から降りてきた動きからすると関節数が多そうに見えた。
メグがアレックスを紹介してくれ、お互いに挨拶をした。
「アレックスと言います。路地裏で錬金術の店を出しました」
「私はパティ。裁縫店の店主だ。最近、錬金術の店ができたとは聞いてる」
「パティさん、よろしくお願いします」
「パティで構わない。私もアレックスと呼んでも良いかい?」
「はい。構いません」
挨拶が終わったところで、メグがパティに機織りができないかと質問をしている。パティができると答えると、メグがアレックスに糸を出すようにと言ってきた。
言われた通りに糸を出してメグに手渡す。
メグは糸をパティに渡して、この糸で布を織れるかと聞いている。
パティが「綺麗な糸だね」と呟いた後に糸を確認するように伸ばしたりしている。パティが頷いて、この糸なら布を織れると言う。
まさかメグの言う通り裁縫店で機織りができるとは思わなかった。
渡した糸では布を織るには量が足りないだろうと、作った糸を全て出してパティへと渡す。全てと言っても、大きな布は作れなさそうな量だ。
糸を渡し終えると、布を織って貰う料金について尋ねる。
パティが考え込んだ様子だ。
もしかしたら裁縫店なので、布を織って欲しいなどと注文されることがなく、値段が決まっていないのかもしれない。
暫くするとパティが声をかけてきた。
「報酬だけど、この糸と布を一部貰えないか?」
「糸と布ですか?」
「今まで見たことがない物だから欲しいのだが、貴重な物だったりするか?」
「いえ、私が自作した物ですし、材料もかなり安いです」
「それなら買うことができるのか?」
「注文してくれれば作ることは可能です」
糸は簡単に作ることが可能な上、元の材料となる物はかなり安価な物ばかりなので、値段を設定するときに高くなるのは、アレックスの作業代になるが短時間で作れるのでそう値段は上がらないだろう。
まだ値段は決めていないが、他の錬金術で作られた物に比べたら随分と安価にできそうだ。
仮であると説明してから糸の値段を伝えると、パティが糸を注文したいと言う。
注文量を訪ねると、かなりの量を頼まれた。
パティが注文した量は布にする前提の量に思えたので、糸の状態では綺麗だが、布にしたらどうなるか分からないと説得する。
一旦布にして、どのような出来になるか確認してから再度注文をして貰う事にした。
とりあえずは糸で使う分だけ注文が入る事になった。
注文が入った分、材料となる染色していない糸が欲しいとパティに伝えると、複数の糸を渡すので色々な太さや材質を試して欲しいとお願いされる。
確かに糸が変われば布にした時に違いが出る。
納得して複数の糸を注文するとパティが色々と糸を持って来てくれた。
「これでいくらですか?」
「今回は私から頼んでいるからお金はいらない」
「しかし……」
「気になるなら材料費から引いておいて欲しい」
「わかりました」
貰った糸についても布にするのを試して欲しいので、更に値段を割り引くことを提案すると、パティが共同で布を作ってみないかと提案してきた。
確かにいくつか試作をするなら、共同で布を作ると言うのは悪い話ではなさそうだ。最終的に糸を買ってくれるのはパティのような裁縫屋になるのだし、試作段階で意見を貰えるなら助かる。
パティと話し合って、布が完成するまで共同で試作する事になった。
布についての話し合いが終わると、メグとパティが楽しそうに会話を始めた。
久しぶりと言っていたし、色々と話すことがあるのだろう。
二人が話している間、アレックスは店内にある服や布を見学している事にする。
色とりどりの布に、かなりの数の服が吊るされている。
気になった服を手にとって確認すると、丁寧に作られているのが分かる。しかも手触りが良いので良い布を使っているようだ。
服を眺めていると、パティからメグの彼氏なのかと驚いた様子で聞かれた。
頷いて肯定すると、パティは再びメグと楽しそうに会話を始める。
路地裏で会う人からメグの彼氏かとよく言われるので、すでに有名になっていると思っていた。なのでパティに驚かれた事に逆に驚いた。
時々会話に参加しつつ服と布を眺めていると、いくつか気に入った服と布があったので買う事にした。
値段を聞くと中々の値段がしたが、元の布が良い物のようだし特別高いという訳ではなさそうだ。
錬金術でも布を使う事はあるので、多めに買っておいた。
メグとパティの話が終わったのか、メグから家に帰ろうと提案される。
アレックスは頷いて、パティにお礼を言って裁縫店を出る。
「アレックス、待たせてごめんなさい」
「気にしないで久しぶりに会ったんでしょ?」
「うん。最近忙しくて会いに来れてなかったから」
メグは第一王女の護衛依頼が来る前ほど忙しそうにはしていないが、それでもまだ基本忙しそうに動き回っている。最近は店番をしてくれている時もあるが、店番中は休憩しているようにも見えるし。




