魔法鞄と鈴蘭のブローチ−3
回路を作るところから、彫金を完成させるのに四日ほどかかった。
彫金して凹んだ回路部分はまだ回路として機能していない。回路として機能させるために魔石から魔力が流れる物を用意する必要がある。
ミスリルの糸を粉末にした物を作り出して、硬化する樹脂に混ぜ合わせる。
樹脂は前回ジョシュの魔法鞄を作った時に、回路のコーティング剤として余ったものを流用した。
完成した樹脂を凹んだ回路部分にしっかりと押し込むようにヘラで樹脂を入れ込む。回路の面全体に樹脂を広げてしまうので、回路に樹脂が入った事を確認した後に、可能な限りヘラで綺麗にする。
樹脂が乾燥したら、表面をヤスリで削って回路以外の部分に樹脂がない状態にしていく。
最後に小型の魔石を嵌めて魔道具として機能するか確認する。
鏡の前でアレックスは髪留めを外してブローチを付ける。
「黒髪だと他の色に変えても差が分かりにくいけど、一応変わってるかな」
青色に変えてみたが、暗い色の青色に変わった程度だ。
極端に見た目を変えるなら、もっと出力を大きくする必要があり、その為には魔道具自体を大きくする必要がある。
なのでブローチの大きさ的に、今回は少し色が変わった程度が限界だろう。
魔道具として機能する事を確認できたので、最後に全体を磨いて綺麗にすれば魔道具の完成だ。
最終的にブローチを魔道具にするのは全体で六日ほどかかり、ハンクさんがブローチを取りに来るまで一週間ほど余裕がある。
磨き終わったブローチ全体を見ていると、回路に使った樹脂が綺麗な事に気づく。青い染料に細かいミスリルの金属光沢が細かく反射して煌めいている。回路を裏面にしておくのが惜しいほどの出来だ。
次に作る物を何にしようかと迷っていると、自然とブローチの回路に目がいく。
やはり綺麗に煌めいているミスリルは何かに使えそうだ。
ただミスリルは希少価値が高すぎる。金属片を使って同じような煌めきができないか調べたい。
見本としてミスリルが入った樹脂を少量固める。
金属ならば鍛冶屋が詳しいだろうと、サイクロプスのザックに目薬型のポーションを手土産に会いにいく。
「確かに綺麗だが、細かくして綺麗な金属か。鍛冶屋は削った物を気にすることは少ないからな」
「そう言われるとそうですね」
「削って出た金属で良さそうな物を見つけたら教えよう」
「ありがとうございます」
金属の粉を使うのならガラス工房の方が多いだろうと、コボルトのモリーさんに相談しに行く。
樹脂を見せると、モリーさんも似たような光沢のある金属は知らなかったが、真珠や螺鈿の光沢に似ていると言う。
確かに言われてみれば少し似ている気もする。
真珠を砕いたら高額になってしまうので、貝殻を砕いて似たような物ができないか試してみようと考える。
参考になったとお礼を言った後に帰ろうとすると、モリーさんからうまく行ったら売って欲しいと言われたので、完成したら見せに行く事を約束した。
最初は試すために少量の貝殻から始めたいのだが、貝殻を少量だと買うのが難しい。
なので中身の入った貝を買って食事として食べながら実験していく事にした。
ミスリルの代替品が見つからないままに一週間が経ってしまう。
毎日違う貝を買ってきているが、貝を食べるのに飽きてきた。
余るのを承知で貝殻を買うか、貝殻を諦めて違う物を試すか迷っていると、扉に付けた鈴が鳴った。
工房から店に行くと、ハンクさんが居た。
「いらっしゃいませ。ハンクさん、ブローチ完成してますよ」
「それは良かった」
魔法鞄から箱に入れた鈴蘭のブローチを取り出してハンクさんに見せる。
使い方はなりたい髪色を意識して魔石の魔力を稼働させるだけだと説明した後に、アクセサリーを合わせる時に使う鏡をハンクさんの前に持って来て、ブローチを魔道具として使ってみて貰う。
ハンクさんの髪は赤みがかった茶髪なのだが、魔道具を使うと赤の強い赤髪になった。
「おお! これは凄い!」
「ハンクさんが今したように元の色と似た色だと綺麗に変わります」
「以前にそのように聞いたので近い色にしてみました。それでも、ここまで変わるとは思いませんでした」
「私のように黒髪だと変わったか分かりにくいので、ハンクさんのような髪の色だと随分と見た目が変わりますね」
ハンクさんからアレックスも髪の色を変えて見せてくれないかと言われて、どうしようかと迷う。
すでに角を隠す為に魔道具を使っているので、同じような効果の魔道具は二重で効果が出るか怪しい。
同じような魔道具を使う場合は事前に使えるか調べる必要があり、調べないで使うと最悪干渉し合ってどちらも効果をなくしてしまう場合すらある。
事前にオーガである事を伝えるか非常に迷う。
メグやジョシュから驚かれるので隠した方が良いと言われているのもあって、なるべく言わないで隠してきた。
だがハンクさんは王都に来てからメグの次に知り合った人で、隠しておくのも後ろめたい気もしていたのは事実だ。
どのような反応をされるか怖くはあるが、ハンクさんにオーガである事を伝える事に決めた。
髪留めを取る前にオーガであると伝えると、ハンクさんは頷いて納得したような声を出した。
「オーガですか。王都では珍しいですな」
「あまり驚かないんですね」
「私は商人なので色々な方がお客様としてきますから。商人以外でも、王都の住人であればそこまで恐れられる事はありませんよ。意外と見かけますからね」
「そうなんですか? 知り合いから隠した方が良いと言われたんですが」
「三メートルを超える方は隠せませんからね。どうしても目に付きます。隠すべきは地方から王都に出てきた者たちにですね」
地方だと一部の亜人が山賊や盗賊などをしている場合があって、嫌われている地域もあるのだとハンクさんが教えてくれた。
亜人がそのような事をしているとは衝撃だ。
驚き言葉を発しないでいると、ハンクさんが苦笑しながら、亜人以外も山賊や盗賊をする犯罪者は居るのだから気にする必要はないと言う。
中々衝撃が抜けないでいると、ハンクさんからお茶を飲むように勧められて、一口お茶を飲むと少し落ち着いた気がする。
ハンクさんがブローチを差し出してきたので、髪留めを取って角を出す。
「立派な角ですな」
「ありがとうございます。故郷の皆は三倍以上の角なので少し恥ずかしいのですが」
「さ、三倍?」
「ええ」
「まるでスプルギティのオーガのようですな」
「あ、ハンクさんも私の故郷を知っているんですね」
「え? もしやオルニス山のスプルギティ村が出身で?」
「はい」
ハンクさんは驚いた声を上げ椅子から立ち上がる。
椅子に座らせて、何故そこまで驚いているのか不思議で尋ねると、ハンクさんは祖父が昔話でよく戦争の英雄の話を聞かせてくれたのだと教えてくれた。
どのような話なのか聞くと、ハンク防具店は戦争中に防具を作って納品しており、戦後に英雄と呼ばれる人たちにも納品していたのだと言う。その納品していた人たちの中に故郷のスプルギティ村のオーガが含まれていたらしい。
ハンクさんが教えてくれた英雄の名前の中に近所の知り合いの名前や、母の名前、治療魔法の師匠の名前があったが、大半が百年以上生きているので本人の可能性が高そうだ。
ハンクさんがひとしきり語った後に、何故か握手を求めてきたので手を差し出す。
「いや、失礼しました。小さい頃に祖父が語っていた英雄の話は楽しかったので、昔を思い出してしまいました」
「問題ありませんよ」




