ワイバーンの革鎧−3
アレックスが店の中に入ると今日は店主のハンクさんが店番をしていないようだ。
初めてみる店員が店番をしている。
店員に挨拶をして、ワイバーンの革を受け取りに来たと伝えると、すぐに奥に下がって確認しに行ってくれた。
展示されている防具を見て待っていると、ハンクさんが奥からやって来た。
奥の部屋で話をしようと誘われたので、ハンクさんに付いていく。
以前と同じ部屋に案内され、席に座る事を勧められる。
席に座ると、店員によってすぐにお茶と茶菓子が出された。更に店員が箱を部屋の中に持ち込んだ。
ハンクさんが箱を受け取ると、机の上に置いた。
ハンクさんが箱を開けて差し出してきた。
中を覗き込むと中にはワイバーンの革が入っていた。
「触っても構いませんか?」
「ええ。アレックスさんの物ですから確認してください」
「では確認させて頂きます」
アレックスは箱の中からワイバーンの革を取り出して確認していく。
防具に使いやすいように硬めの仕上がりで、皮に付いていた細かい鱗はそのままになっている。
ワイバーンは皮も硬いのだが、それ以上に細かい鱗が硬く滑る為、剣や弓などの刃が通りにくい。
ワイバーンの鱗は、魚の鱗と違って簡単に取れるものではない。
試しに鱗が剥がれないか指先で引っ張ってみるが取れそうにない。
革の仕上がりは、最上級品と言っても過言ではない出来だ。
この上質なワイバーンの革で防具を作れば錬金術で能力を付加しなくとも、防具として鉄の鎧にも劣らない出来になるだろう。
鉄の鎧に比べて革は当然軽い上に、手入れが鉄に比べれば随分と楽だ。
ワイバーンの革を箱に戻すと、ハンクさんが声をかけてくる。
「どうでしょうか?」
「これ以上ないほどの出来です」
「それは良かった。うちが頼んでいる業者もここまで状態の良いワイバーンの革は久しぶりだと、喜んで随分と気合を入れて作業してくれた様です」
ワイバーンの生息域は王都の周辺にはないのだとハンクさんが教えてくれた。
更にハンクさんは王都にワイバーンを運び込むと、品質が落ちてしまうのだと言う。だとすると、鞣す前の皮で王都に運ばれてくる事の方が少ない筈で、それでもここまでの革に出来るのだから相当職人の腕が良いようだ。
可能ならダンジョンの魔物についても、鞣し作業をお願いしたい位だ。
鞄用は柔らかめの鞣しが良いので、防具用の固い物しか作れないなら違う職人が良いが、その点についてもハンクさんに事情を説明して聞いてみる事にした。
ハンクさんにダンジョンの魔物を手に入れた事を伝えると、ハンクさんの目が輝いたのが分かった。
売りたいわけではないと前置きした上で、鞄用の鞣し作業に付いて相談すると、ハンクさんは悩んでいる様子だ。
ハンクさんは悩み終わったのか喋り始めた。
ハンク防具店が懇意にしている業者は防具で使うような店が多く、鞄用に皮を加工できるかが分からないらしい。
作業ができるか聞いてみる事はできるが、どうするかとハンクさんが尋ねてきた。
流石に態々聞いてもらうのも悪い。
そこまでして貰うのは申し訳ないと返すと、ハンクさんは再び何かを悩んでいるのか小さく唸っている。
少ししてハンクさんは答えを出したのか話しかけてきた。
「魔物を売るつもりはないと先ほどおっしゃられましたが、錬金術の能力を付加をお願いする時に使用するのも無理でしょうか?」
「錬金術の依頼でしたら使用する事はできます」
「そうですか、それは良かった!」
ハンクさんの喜びようは想像以上の反応で驚く。
仕事の話になるので話せない可能性もあるとは思いながら、何故そこまで喜んでいるのか尋ねてみた。
ハンクさんは一瞬動きを止めたが、すぐに話し始めた。
ワイバーンの防具に付ける付加を一番良いものにしたいのだと言う。
一番良いものと言う言葉に朧げながらに思い出す。
前回店に来た時に防具を依頼していた人が、今用意出来るもので一番良い物が欲しいと言っていた気がする。
しかしハンクさんは依頼を無理やり受けさせられていた気がしたのだが、今見た喜び用は前回見た時と違う感じがする。
何故そこまで喜ぶのかと質問をすると、ハンクさんが息を呑む様な動きをする。
「無理に答える必要はないんですが、前回は嫌々依頼を受けている様に見えたので」
「ああ、そういえば。同じ場所にいらっしゃいましたね。詳しくは言えませんが、あの後に進捗を聞きにこられて、その時にお客様の事情を聞いてしまったのです」
「あの、聞いてしまったとは後悔している様にも聞こえますが?
「ええ。普通であれば価値の高い情報ではありましたが、防具屋としては聞かなければ良かったと後悔しています。先ほどの感情を出しすぎた事も合わせて、私の失態です」
王都でこれだけの好立地で防具を専門に売っているハンクさんが後悔しているとは……。
聞いた内容は想像もつかないが、これ以上詳しくは聞かない方が良さそうだ。
ハンクさんに錬金術師として依頼を受けるのは問題ないのかと尋ねると、事情を詳しく聞かなければ問題はないと言われた。
やはり以上詳しい事は聞かない事にする。
ワイバーンの防具に錬金術で能力を付加する依頼を受ける事は、すでに積極的に受けたいとは思わなくなっている。
しかし何も聞かずに断るのもどうかとは思う。
一応、ハンクさんにどのような能力を付加したいのか尋ねる。
特別な能力は必要ないが、斬撃打撃軽減、魔法による攻撃軽減、疲労軽減、環境適用、擦れ軽減など、一般的な物を高品質で付加して欲しいとハンクさんが言う。
お願いされた内容はダンジョンの魔物を使えば十分な品質にはなる。
しかし厄介な事に巻き込まれたくはない。
ダンジョン討伐で大量の魔物が狩られた事と、今後魔物が市場に出回る事をハンクに教えた。
「それは嬉しい情報ですが、今回の依頼は急ぎでもあるので、既に素材を持っているアレックスに依頼をしたいのです」
「なるほど……」
「やはり私が話した内容が気になりますか」
「正直に言うと、その通りです」
「普通はそうでしょうな。あまり詳しくは話せませんが、防具を使用する方は身分のしっかりした方です。犯罪に使われる様な事はありません」
防具を作ったからと言って、何か罰せられる様な事は無いと保証してくれた。
ハンクさんから、迷惑はかけないので依頼を受けて欲しいと頼まれる。
アレックスは王都に引っ越してきたばかりで、王都での勝手がよく分かっていない。
厄介な依頼を受けるかどうするかをとても迷う。
最悪ジョシュを頼れば問題は解決できるかもしれないが、最初から当てにするのは違うだろう。
必要な情報が足りない事もあって慎重に行動する必要がある。
武器ではなく防具だと言う点も考えると、何かを守るための物ではある筈だ。
そう考えると、防具を作ったからと言って罰せられる可能性は少ないだろう。
迷いながらも最終的には依頼を受ける事にした。
「分かりました。依頼を受けます」
「本当に助かります」
依頼を受ける事になったアレックスは、防具のしっかりとした仕様を決めていく。
ダンジョンの魔物を使って付加するのは決まっているが、防具の製作がどこまで進んでいるか、アレックスの手持ちの素材をどの程度使うかが問題になってくる。
手持ちの素材はアレックス自身が使おうとしていた物や、友人の物を作る時に使う場合に使って欲しいと預かっている物もある。
友人の素材を使っても補充しておけば問題はないのだが、簡単に手に入る物ではないのが問題だ。




