トロールの日焼け止め−1
メグと食事に行った次の日。
一階でロブを待っていると玄関の扉が叩かれた音がした。扉を開けるとロブが居て、他にも亜人だと分かる人たちが大勢いる。
店に招き入れて改装のお願いをすると、ロブの指示で改装が始まった。
アレックスも自身でやれる改装をする。
休憩中にロブから作業員に混じっている路地裏の住人を紹介をされる。
アレックスは住人と挨拶を交わしていく。
挨拶が終わった後に、ロブが今日は大型の亜人を多く連れてきており、力が強い上に一度で持ち運べる量が多いので、作業が早く進むと教えてくれた。
大型の亜人たちに視線を向けると、立っている状態で天井まで距離がある。この宿屋は随分と天井が高いようだ。
それに玄関の扉も大型の亜人が屈む事なく入って来れていた。
休憩を終えて作業を再開すると、一日で厨房と食堂の間にあった壁が柱を残して無くなった。
壊すだけとはいえ凄い速さだ。
「強度的に柱は移動するか残す必要がありそうだ」
「残しても構いませんよ」
「分かった。どうにかできそうなら移動させよう」
一日目の作業は壁を壊して終わった。
二日目になると壁を作る作業や、二階の部屋の改装まで始まって行った。
更に三日目、四日目と改装作業が続いていく。
四日目の作業中にメグが訪ねてきた。
メグの用事はアレックスのようだ。
用事を聞くと、メグの祖母が錬金術師への依頼をしたいのだと言う。
ロブに事情を説明すると、改装は任せてくれて問題ないと言ってくれたので、メグの家へと向かう事にする。
メグの案内で辿り着いたのは門付きの家だった。
門をくぐって庭を通り、家の中に入ると奥にある部屋まで案内された。
メグが部屋の扉をノックした後に声をかけると、入室の許可が部屋の中から聞こえる。
メグが扉を開けて中に入っていった。続いてアレックスも部屋の中に入る。
部屋は書斎のようで大量の本があり、書斎机の前には女性が立っていた。
「私はニコル・ド・ハース。ニコルで構わない」
「アレックスです。ニコル卿かニコル様と呼べば良いでしょうか?」
「私は一応騎士だけれど、ただのニコルで構わないよ。戦時中に任命されたものだから、騎士の名前だけ残っているだけさ」
戸惑いながらも断れ無さそうだと、ニコルの言う通りに呼ぶ事にした。
そういえば確か、メグの祖父と祖母は騎士だと言っていた気がする……。
戦時中に任命されたと言っているし、ニコルはメグの祖母……?
ニコルとメグの見た目は姉妹とまではいかなくても、親子と言われても違和感が無い。
ニコルの見た目が若い事に驚く。
ただ表情のよく動くメグと違って、あまり表情が変わるような人では無いようだ。
ニコルが椅子に座るように勧めてきたので、アレックスは言われた通りに椅子に座る。メグが目の前の机に飲み物を用意してくれた。
メグに感謝を伝えて一口飲み物を飲む。
ニコルも同様に飲み物を一口飲んだ後に、依頼について話し始めた。
「路地裏に錬金術師が来るのは久しぶりだから、できれば亜人特有の問題を解決するための薬や魔道具を作って欲しい」
「作るのは構わないのですが、亜人特有ですか?」
「そうだよ。まずはトロールの日焼け止めを作ってほしい」
「トロールの日焼け止め?」
トロールが日の光に当たると石化する。なんて話があるのは聞いた事がある。
しかし改装作業をしてくれた作業員の中にトロールが居たので、石化の話が嘘だと言うことはアレックスにも分かる。
ニコルに事情を聞くと、トロールは日に焼けやすく、日焼けが酷くなると石のように黒ずんでしまうのだと教えてくれた。
しかもトロールの体質に合った日焼け止めは手に入りづらく、ギルドで依頼を出すか直接錬金術師に依頼をしているのだとニコルが言う。
アレックスは普通の日焼け止めの作り方は分かっても、トロール専用の日焼け止めの作り方など知らない。
ニコルに作り方を尋ねると、一冊の本を開いて手渡してきた。
渡された本に書かれている事を確認していく。
書かれている内容は錬金術師の分野ではあるが、ポーションのような魔法薬とは違うようだ。これなら錬金術師以外でも作れそうだ。
ニコルに錬金術師以外でも作れそうな事を尋ねると、元々はトロールが自作していた物なので、錬金術師以外でも作ることは可能だと言う。
ニコルは更に錬金術師に何故頼むのかを教えてくれた。
日焼け止めを作る工程の中には、鉱石などの普通の日焼け止めと違う物を使う必要があり、日焼け止めを作り慣れている者でも、トロールの日焼け止めは品質が安定しないのだと言う。
それ以外にも日焼け止めを作るには問題があるのだと言って、ニコルはため息をついた。
「トロールの日焼け止めに必要な素材は王都では珍しい素材なんだよ……」
「それでは私も作れませんよ?」
「物はないけれど、物がある場所は知っている。一日は泊まる必要があるけど、飛んでいけば割と近い距離だよ」
「つまり採取するところから?」
「そうだよ。お願いできるかい?」
アレックスは日焼け止めの素材集めからの依頼を受けられるか考えてみる。
まず今は店の改装中で、毎日店を開けて作業する人を店の中に入れる必要がある。
改装作業については伝えているので問題はないと思うが、現状を考えると受けるのが難しいのではないかと思えてきた。
ニコルに改装中の店の事情を説明すると、任せて貰えるなら店の開け閉めは責任を持つと言ってくれた。
今後のことを考えるとニコルの依頼は受けておいた方が良さそうだ。
「分かりました。依頼を受けます」
「そうかい、助かるよ」
ニコルが地図を取り出して、必要な素材が採取できる場所を教えてくれた。
説明を聞いてもアレックスには土地勘がないので採取場所まで辿り着けるか不安になる。
ニコルに土地勘がない事を伝えると、想定外だったのかどうするか悩み始めた。
「それなら私が行くわ」
「メグなら案内できるだろうけど、良いのかい?」
「うん」
「それならお願いしようかね」
何故かメグと一緒に採取に行く事になったようだ。
土地勘がないので助かるが、女性と二人で依頼を受けることに若干戸惑いがある。しかしギルド員であれば稀にあることかと納得する。
一人での行動では無くなったので、メグと出発時間を決めておく事にする。
今日は準備の問題もあって今すぐに出発することは不可能だと話していると、ニコルからそこまで慌てて動く必要もないと言われた。
今日はまだ準備する時間が十分にあるので、明日の朝に採取へと向かう事に決めた。
集合場所はメグの家で、店の鍵をニコルに預けて行くことなった。
予定が決まったところで帰って準備をしようと、ニコルに挨拶をして部屋から退出しようとした。
ニコルに引き止められて、急に何故かお礼を言われた。
何故お礼を言われているのか分からず戸惑っていると、メグとアネモスを助けてくれた事へのお礼だと言われた。
「アネモスは随分と危ない状態だったと聞いているよ。孫共々助けてくれたこと、本当に感謝しているよ」
「そんなに感謝される事の程では。偶然近くに居ただけですから」
「偶然居合わせてマンティコアの毒から助けられる人は滅多に居ないからね。本当にアレックスには感謝してるんだよ」
ニコルに続いてメグからも同様にお礼を言われる。アネモスは確かに毒を受けた場所を考えると、助かるか微妙なところだったかと認識を改めた。




