一度目の人生1
いつも美しいフィオナお姉様と後継者である弟のベイジルの影に隠れた存在だった。
「まるで朽き木みたい」
背は高かったが存在感が薄いせいか、メイドたちがそう悪口を言っているのを何度も聴いた。唯一の理解者である乳母のマイア夫人に泣きつたのは一度だけじゃない。
「大丈夫。マデリーン殿下の良さに気付いている方は沢山いらっしゃいますよ」
優しく温かく慈しみを感じる落ち着いた声。何とかマイア夫人のお陰で王女として立っている状態だった。実の母よりも慕っていたと思う。お母様は地味な色味と茶色の髪と黒い瞳を見て言い捨てたらしく、マイア夫人は乳飲み子の頃からずっと面倒を見てくれたのだ。酷いわ、お母様。フィオナお姉様はずっと可愛がってらっしゃったのに。
12歳の頃、マイア夫人が不慮の事故で亡くなり、一人ぼっちになってしまい、毎日泣いて泣いて、涙が枯れるまで泣いた。胸が張り裂けんばかりに嘆き悲しんだ。多分、身内の死でもこんなに泣けないと思う。それだけ、マイア夫人が私の全てだった。
そんな絶望の中、ある能力が開花した。
未来を視る力。
初めは信じてもらえなかったが、その力が本物だと分かると周囲の態度は一変した。見向きもされなかった青虫が美しい蝶に羽化し、人々から愛されるように。初めは混乱したが、段々とその異常な日常を受け入れ始める。チヤホヤされるのは、全く悪い気がしないし楽しかった。蝶として生きられる時間は短いと知らずに。
成長するにつれ、私の婚姻をどうするかがお父様やお母様、重臣たちの悩みの種になった。
王族の結婚相手は基本的に王族だ。
フィオナお姉様は隣国の友好国の王子と、ベイジルは同盟国の姫と赤子の頃に婚姻が決まっていた。二人の婚約者はどちらも美しい方で、自分は将来どんな人と結婚するのだろうと胸がドキドキしていたものだ。
本来ならば別の国の王族との婚姻を産まれた際に決める必要があったが、二人目の姫だったこともあり、美しいフィオナお姉様のように育つだろうから、急ぐ必要はないだろうと楽観視され先延ばしにされた。
ところが、周囲の予想に反して地味な容姿な上に、成長とともに伸びた背の高さは男子の平均以上となったことが仇となり、なかなか嫁ぎ先が決まらなかったので頭を抱えることになる。悲しいことに、我が国だけでなく近隣諸国では女性は男性より身長が低いほうが人気なのだ。庇護欲がそそられるらしい。あと地味で悪かったわね。
未来を視る力が発現したことで事情が変わった。その能力を国外に出したくないと国内で婚約者が何人か立てられ、最終的にカイル・シェリー公爵令息に決まった。国中の令嬢が恋してやまない金髪碧眼の美男子。畏れ多くて断りたかったが、カイル様の熱烈なアプローチに負けて婚約に応じた。それが国外へ嫁げないアピールだったなんて、恋愛初心者がわかるわけ無いでしょう。酷い。
歳の近い令嬢たちからはかなり陰口を言われたが、その度にカイル様は私を庇い、慰めてくれた。マイア夫人のように頼もしくて、半ば依存し、カイル様の言いなりになっていることに気付いていなかった。だから、恋愛初心者が分かるわけがないでしょうよ。
皆から求められ、承認欲求が満たされるために能力を乱用した。明日の天気や、舞踏会で令嬢たちが着ているドレスの色や型など、割とどうでもいい依頼もこなした。本当にどうでもいい。浮かれて馬鹿になっていたのよ、恥ずかしいわ。
能力を使うと血行が悪くなることは、王家や神殿の書物に記載があったのでジンジャーやローズマリーなどの血行を良くするハーブを処方された。さらに悪くなると瀉血を行っていたが、段々と効果がなくなり指先から徐々に肌が黒ずんでいった。
その頃には既にシェリー公爵家に嫁いでいた。能力がなくなってはいけないからと、カイル様が言ったので白い結婚であったが、周りに不審がられないように夜伽の真似事はしていた。身体の変化を知っていたのはカイル様と嫁いだときにつけてもらった侍女のグラシアだけだ。首から下が真っ黒な肌に変わると、カイル様は大きな事件や災害を聞き出し始めた。国の有事に備えるためだと勘違いして能力を無理に使い、顔から下が黒い肌に変わると、カイル様は私を国境付近の森に捨てた。
「悪いな、マディー。きみの予言は、全てグラシアの手柄にさせてもらうよ」
耳を疑ってカイル様に縋りついたが、汚物を見るような目でこちらを見ると、足蹴にされた。体と心、どちらも痛くて涙が溢れるが誰も助けてくれない。
「元々グラシアは私の婚約者だ。きみが邪魔しなければ、私たちは幸せに暮らしていたんだよ」
カイル様はそう言って悪女扱いした。でも、カイル様に腰を抱かれて勝ち誇った顔で見下していたグラシアこそ、悪女という言葉が似合う顔をしていたと今は思えるが、あの時はヒュッと息を呑むことしかできなかった。彼らは笑いながら馬車に乗り込んで去っていくが、無理に能力を使ったせいで体が上手く動かずうずくまる。猛獣だけではなく、魔獣も出ると噂の森で、自分を守る手立てもなく呆然としていると、獣の気配が近くの茂みから漂ってきた。もう駄目だと目をつぶると、ギャッと獣の悲鳴とキンと剣を鞘に納める音が聞こえ顔を上げる。
「大丈夫か?」
そこに居たのは狼の姿をした魔獣を倒したセスだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
評価、ブクマいただけると嬉しいです。